第57話 異世界で厄介事に巻き込まれます⑧
第56話 異世界で厄介ごとに巻き込まれます⑧
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「まぁ、始まりはこの国の皇帝陛下からの勅命でじゃったそうだ」
「皇帝この国の?」
「そうじゃ、その皇帝陛下の勅命じゃ、その肯定陛下は200年ぶりの北方征伐を決意なされ、帝国魔導師団の副団長ティオドゥラ様がその遠征軍の軍団長に任ぜられたそうなのじゃ」
ギルド死霊秘法とヴィタリー工房の面々は静かに聞き入ってる。
「そこで起きたのが家督相続の問題での、皇帝陛下としてはそんなもんは興味の外じゃろが、まぁそういうお方じゃからな。しかし、ティツィアーノ様を後継者として話を進めていたデルーカ当主としてはこれは大問題だったんじゃ」
「大問題?」
へルガが問い返す。
「家督の相続と言うのは通常家長により任命される。今回の場合はデルーカ家の家長テオドージオ=デルーカ閣下にある訳じゃ。ただ周囲の希望と大きく乖離した者を跡継ぎにすれば、任命者も後継者も一族全体も大きく信用を失う。場合によってはお家騒動勃発で相続権を持つ者同士の殺し合いもあり得る」
「たまに笑い話で聞くような家督争いってあるんだねぇ」
ヴィルヘルミーナに苦笑いにミーカは嫌な顔をする。
「家督相続を望まなくても周囲に担ぎ上げられたりで兄弟の殺し合いの神輿に乗せられるんじゃ、笑えんよ」
「で、今回は馬鹿息子のティツィアーノと皇帝から軍団長を任せられたティオドゥラ様が争っているって事か?」
ヴィタリーが確認するが話はそう単純ではなかった。
「いやいや、当然遠征軍の軍団長に任ぜられたと言う事は、ある程度の成果が得られれば開拓地域の都市長になるじゃろうし、新たな貴族家を建てる事になろう」
「じゃあ次女のティツィアナ様か?ティオドゥラ様程じゃあねえらしいが帝国でも屈指の魔術師なんだろ?」
ヴィタリーは都市軍の副団長でこの都市最強の魔術師と名高い次女の名前を出すしミーカはゆっくり頷く。
「恐らくはな」
「恐らく?」
「候補はもう1人いてな三女のテッレルヴォ様じゃ、この娘もまた英傑でのティオドゥラ様の後を引き継いで帝都の魔導士団副団長になられた。恐らくじゃがこっちを押す者も居るだろうが、彼女は帝都におるからのぅ」
「んじゃあ領主様が娘をさっさと嫁にだしゃ丸く収まるんじゃねえのか?」
ヴィタリーが言うのは最もであるが貴族や種族としての問題も存在する。
「それがのぅ、帝都で役職についている者への人事権は、家を超え皇帝陛下の直下となる為、長女のティオドゥラ様と三女のテッレルヴォ様にゃあ、親のテオドージオ閣下も勝手に婚約を決められんし、皇帝陛下の気まぐれで他所に嫁に出された娘もいたからのぅ」
実際は縁が薄く利害も少ない他家の跡取りに恋慕していた皇帝のお気に入りの娘に縁を結んでやった訳だが、ミーカには知る由はない。
「そのお陰かまだ縁談も決めれずにおったんじゃ。人生200年と言われるエルフ種じゃからのぅ、ゆったり構えてたんじゃろうが、唐突にティオドゥラ様とティツィアナ様がデルーカにお戻りになってしもうた。都市の民草や臣下は色めきだっているんじゃよ、無能で問題ばかり起す馬鹿息子には家督を継がせたくないっての」
「はははははは、そりゃあ同感だな!」
ミーカの説明に納得いったとばかりヴィタリーが腹を抱えた。
「確かに評判悪いよねティツィアーノ」
「確かに感じ悪そうだったねティツィアーノ」
ヴィルヘルミーナが同意すればヘルガもそれに続く。
「帝国の法では上級貴族も平民相手とは言え理不尽な刃傷沙汰はご法度だ。しかし逆に平民が武器を構えればその時点で不敬罪が成立する、その場で殺されても文句は言えねえ。」
ミーカは一度溜息を付き話を続ける。
「味を閉めちまったんだろうなぁ、ティツィアーノは凡才に過ぎてのぅ。優れ過ぎた姉3人の出涸らしと陰口を叩かれた性もあったのじゃろう。そのせいか両親に甘やかされて育ったのも悪かった」
ヘルガとヴィルヘルミーナ、そしてヴィタリー工房の面々をミーカは順に眺めると話をつづける。
「あとはこの都市の人間の多くが知るようにティツィアーノは挑発する事で煽り既成事実を作っては平民から全てもう奪った、女も金も命ものぅ。器ではないんじゃよ、それを臣下も平民も3人の姉も知っておる。今やあ奴に家督を継がせたいと思っておるのは亡くなった奥方の遺言を守りたいテオドージオ閣下のみだろうよ」
「もう積んでるのでは?」
オリガの言うとおりである。
「テオドージオ閣下がそうと言えばティツィアーノ様が家督を継ぐだろうが、そうなりゃあこの都市は大きく価値を失う。都市の価値が落ちれば皇帝陛下の不敬を買いデルーカ家は上級の貴族位と都市長権をを剥奪されよう、いや....強制的に3姉妹の誰かに挿げ替えられるか?」
ミーカは髭を撫で言取りごとの様に思案を始めた。
「そうか、もしやティオドゥラ様がカオル様を気にかけていた。優れた魔導師なら自分のモノにするか、出来なければ消すかと短絡に過ぎる結論を出したのか?」
ミーカがあまりに愚かな行動をとっているのではと気づいた。
「この都市の滅亡を望んでいるようだな」
エーリカの冷たいし取りごとが部屋に響く。
「エーリカさん、東区の住人を殺したらカオルはブチ切れるよ?」
ヘルガの言うと売りである。東区を滅ぼせば美里の投資がすべて水の泡なのだ。
「さて我が主様はどのような裁定を下されるのだろうか、次の連絡を楽しみに待つとしよう」
オリガが何時もながらの悪い笑み浮かべる。
◆
ラヘイネンペラヘのアジトの前では騒ぎが沈静化し、ざわめきが広がっていた。都市長の息子、自称都市長の後継者のティツィアーノが剣を抜き振りあげた途端にストンと落ちる様に尻餅をついたのだ。
「ぷっ」
「くすくす」
「ださっ」
ティツィアーノの見っともない姿は剣と振り上げた時にバランスを崩して倒れた様に見えていたのだろう、直前の勢いもあり余りにも余りな醜態に、観衆は笑いにこらえるのに必死であった。
しかし堪えきれなかったのであろう、護衛の1人が噴き出すと周囲の観衆も大笑いしはじめ方々から
「次期領主さまは剣を振り上げたが軒が重くてすっ転んだ」
「次期領主さまは魔法もへたっぴらしいが剣はまるで駄目だ」
「次期領主さまがイキリ上げて剣を抜いたら勢いあまって尻餅ついた」
等々と口々に話が伝播していく。
当のティツィアーノは以外にも冷静であり外野の声ではなく尻餅をついた理由を考えた。
彼も姉に劣るとは言え領主一族のエルフである、霊体に衝撃を受けたという事実を理解している。
しかも真後ろからである。
そして眼の前の美里だけは何の驚きもなくティツィアーノを見下ろしているのだ。
当然その実態は、無暗な殺生を良しとしない美里が不可視化した骸骨死霊を使い、両足を軽く撫でただけであるが並みの人間であればそれでも卒倒する程に霊体体にダメージが入る。
その気になれば生命吸収や魔力吸収と言った効果を付与する事も出来たのだが、一度目は警告として『撫でる』だけで済ませていた。
ティツィアーノには薄らとだが理解が出来た。
先日の迷宮の氾濫直後に姉であるティオドゥラがこの男を探していると知った時、配下を使い美里の素性を調べた。
昨日には東区の更に外周、東壁街区のスラムでも最も貧しいとされている悪所では有名な男で、東区を縄張りにするラヘイネンペラヘの関係者だと突き止め、ギルド死霊秘法の頭目である事も判明した。
そしてあの怪物氾濫の日には帝都の魔導士団元大隊長のミーカの率いる、ギルド魔石土竜とも行動を共にしていたという。
そのラヘイネンペラヘの周辺、悪所と呼ばれる場所は著しく治安が悪く、都市軍兵も余程のことが無ければ介入しない様な場所であった。
しかし、美里の情報を得ると同時にこの数日悪所が急激に姿を変え、ラヘイネンペラヘが治安回復と街の再開発を進めていると言う。
そして、ヒュム族の魔術師であり貴族出身と噂もあった。
そこで彼は一つの仮説を立てる。美里と言う男は最近突然、都市デルーカの悪所へ現れた。
もしかすると帝都では有名な冒険者か下級の貴族あがりの魔術師で、姉である三女テッレルヴォが都市長の後継争いの為に送り込んできた間者ではないのか?若しくは実力者ゆえに美里がこの街に居る事を知り、長女ティオドゥラが探していたのではないのだろうか?
魔石土竜と共に迷宮の制圧をしていたというのだ、下層の怪物も大量に倒している為その時に得た魔石や魔水晶も大量に持っているかもしれない。
ならば上級貴族の権威を以て財産を収穫を巻き上げ自陣に取り込むか、従わなければ姉に気づかれる前に収穫を巻き上げた後に始末すればいいと。
『人は見たいものしか見ないし、人は自分の望むものをのみを信じる。』
彼の中の世界はこの北方都市デルーカだけであり、彼が欲しい者は富と次期当主の座だけである。
彼の思考の出発点も、終着点もそこに帰結し、愚かな者ほど自分は正しい答えに行きついたと気付いてしまうと検証もなく結論付けてしまう、いわゆる確証バイアスと言う物である。
美里が帝都の間者で在ればよかったであろう。
美里が帝都の冒険者であればよかったのであろう。
美里がこの世界の住人であればよかったのであろう。
美里が人間であればよかったのだろう。
彼が相続争いに生き残る道もあったのかもしれない、彼は理解できない相手が存在する事を理解できない、何よりも自分が愚かである事を理解できていないのだ。
美里の中では、二つの選択肢があった。
一つ目はこのままティツィアーノの命を奪いアンデット化して使役する事だが、それをするには観衆が多すぎる。
魔法のある世界、死霊術が知られていない世界でも催眠術や洗脳の魔法とかで何かしたと疑われかねない。
2つ目はこのまま無言でこの都市を逃げ出す事であるが、ただ逃げる事には心の中にモヤッとしたものが残った。
ちょっとでも仕返しはしたい。
しかし美里が悩む間に都市軍兵がティツィアーノを助け起こしている、逃げるなら今だと思ったその時だった。
商業区方面から騎馬の集団が迫り何かを叫んでいる。
「あ.......これ絶対アカンやつだ!骸骨死霊カモン!」
美里が叫ぶと彼の周囲を守っていた骸骨の死霊達が我先にと美里を取り囲むとふわりと体が浮き始める。
「ジュワ!」
美里は両手を挙げ空高く浮かぶ。
そこへなんとクロが美里を囲む骸骨死霊をすり抜け美里へ飛びついてきてしまった。
然し来たものは仕方がないとしっかりと抱き一緒に空を飛び壁の外まで脱出をしてしまう。
壁外直ぐには壁を中心に粗末な建物が並びスラムが形成されていた。
更にスラムを抜けると岩場の多い草原を抜け森林地帯へ入っていく。
「クロ~お前は折角ラヘイネンペラで仕事してたのによかったのか?」
「わん!」
「そうか~、でも仲間も置いてきちゃったぞ~いいのか~」
「わん!」
正直何を言ってるかわからないが、残した13頭の犬達はクロエだけでは無くヘリュ達の言う事も聞くようになっていた為、問題はないと判断した。
やがて約束の湖らしき場所へたどり着く。




