第53話 異世界で厄介事に巻き込まれます④
-第52話 異世界で厄介ごとに巻き込まれます④
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「おぉ、それだけあれば助かる!」
エーリカの嬉しそうな声がする。
「お....お安い御用じゃ、此度の分配する金子(金子)と共にラヘイネンペラヘへお持ちするとカオル殿にもそうお伝えくだされ」
なんか自分の名前が出て来た、そのうえで声の主がミーカであるというが判明し、目上の方へのあまりにもあまりな気安い態度に、日本人サラリーマン美里 薫 享年36歳は血の気が引いてしまう。
「えっと、ミーカさん!お早うございます、すいませんウチのが馴れ馴れしい態度をとってしまいました。ちゃんと後で言い聞かせますので」
見事な90度のお辞儀を披露する。
「何を申されるかカオル殿!こちらこそ美しい奥方が気楽に接していただけたと舞い上がっておりました」
嘘である、ミーカは歩いている所に突然両側から凄い力で肩に手をまわされ・・・
「置い爺さん魔鉱石持ってないか?」
とドルビーサラウンドで脅迫されていたのだ、既に数滴漏らしている。
しかも躊躇している間にエーリカには顎髭を引っ張られ、ヴィルヘルミーナには優しく喉仏をつままれていた。否と言えば死ぬんだと明確に意識していたのだ。
ミーカの心の中では美里が居合わせてくれた事に心の底から安堵したのだが・・・・・・
ミーカは辛うじて振り返ることが出来たもののヴィルヘルミーナは差し置いてもエーリカの腕力から逃れられるはずがなく拘束されたままである。
「主様!実は....!」
「カオル殿!!魔鉱石をお探しとか!!!それなりの量を『融通』出来ますぞ!」
そう、ミーカはこのままであれば本当にカツアゲに合う所だったのだ。
「チッ!」
エーリカが小さく舌打ちをする。
現在ギルド魔石土竜は今回の怪物氾濫で得た莫大な利益が有る。
そして事前調査により魔鉱石をソコソコ保有している事を既にエーリカは把握していた。
魔石土竜は、怪物氾濫の際に名前貸しだけで回収を行った集団であり、十分すぎる利益の恩恵を与えている。
エーリカ達は美里に知られれば正当な対価を払うと言いかねないと考え、先手を打って無償提供をさせようとしていたのだ。
「ミーカさん凄い助かります、急ぎで必要だったんすよ。代金て今回の分け前から引いてもらって足りますか?」
「足りるどころかそれでもまだ大金をお渡しできますぞ、また面白い話があれば是非是非お誘いくだされ、魔石土竜一同、良き友人として喜んで協力させていただきますぞ」
「まじすか、凄い助かります。これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「な~にワシとカオル殿はもう友人....いやぁ親友じゃからの!」
「チッ!」エーリカが再び小さく舌打ちをした。
老獪なミーカは既に美里の人間性を見抜き、こういったタイミングで言質を取ってしまえば自分の舞台に乗せることが出来き、この横暴且つ凶暴な嫁(と思っている)凶暴な女達からの安全を確保する腹積もりなのである。
「恐れ入ります、デルーカではあまり知り合いも居ないのでミーカさんの様な大物にそういっていただけると嬉しいです」
美里から言質を取った、ミーカの大勝利である。
「出来れば急ぎで必要なのですが何とかなりそうでしょうか?」
「ならばすぐに用意させましょう、どちらお持ちすれば良いかな?
「魔石土竜の魔鉱石を保管している倉庫であれば北地区の鍛冶屋の裏手の一戸建の中でしたね、今から『私』とオリガで取りにまいりましょう。その足でヴィタリーの工房へ持っていきますので今日は他の者と買い物でも行かれると宜しいかと思います」
エーリカの悪い笑顔に対し、なんでそんな事まで知っているのかと言う恐怖でミーカは血の気が引いていく。
ミーカは魔石土竜の保管所まで、道すがらエーリカとオリガと一緒である事に寿命が1歩で1日は縮むのではないかと心で涙を流す。
ちなみにミーカが一人で歩いていたわけではない、エーリカに肩をつかまれたのを見た魔石土竜のメンバーは、ミーカの命を早々に諦めて恐ろしいほど迅速にその場を離れていたのである。
◆
「カオルは人がいいねぇ、あんな奴等からはしこたまブン捕ってやればいいんだ!」
「そんな優し所がカオルの良い所なんだよ」
ヴィルヘルミーナは物騒な事を言うが、ヘルガはニコニコとしている。
美里もエーリカの横暴な態度の理由はしっかり理解していた、だがらと言ってユスリタカリは良くない。
「折角だから、一度インスラに戻ってから買い物でも行こうか?」
「「「賛成」」」「ワン」
「あ、クロはお留守番ね」
美里の一言にクロは思いのほかショックを受けていたが、流石に商業区へは連れていけないのだ。
インスラへの帰りがてら、今日は何を買おうか、どこに行こうかと話をすればヘルガは初日に見て回った市場とアーケード商店へ行きたいと言う為、みんなで向かう事にした。
考えて見れば婚約はしたがヴィルヘルミーナとはデートもしていなかったのでいい機会である。
人となりをちゃんと知る前にでアレヨアレヨの間に決まってしまった関係である訳だ、この機会に色々と話をするのも良いだろう。
それを察したのかクロアはクロエの身の回り品をそろえる為に別に回りたい場所が有ると申し出たため美里はソレを了承した。
本当に良く出来た女性である…というか既に美里本人以外の認識では2番嫁の認定済みらしいのだが。
解げせぬ。
◆
ヘルガとヴィルヘルミーナを伴い市場へ来ると、ヘルガがソワソワし始めた。
「カオル!腸詰食べたい!」とウッキウキである。
つい先ほど迄迷宮に入れずにヴィルヘルミーナと2人で愚痴っていたのだが、相方のヴィルヘルミーナも山ワサビがタップリ乗った物が食べたいとウッキウキである。
目辛しくもないだろうにと美里が言えば
「娼婦がこんな所で飯が食えるわけがないだろう、多分3年は食べてないよ」
と笑いながら腸詰を食べた屋台へ走っていく。
またやってしまった、常識の差と言うのが中々埋まら無い。
この世界での困窮と言うのは現代日本のソレとは一線を画しているのだ、前世であれば重大なハラスメント事案である。
しかし不思議と彼女達は嫌な顔一つしていない。
それは上手に隠しているのではなく、それほどまでに彼女たちが置かれていた状況は過酷であり、この世界ではありふれた話なのであろう。
そして、いま何不自由なく好きな物が食べれると言う事が過去の辛い記憶を吹き飛ばす程に嬉しいのである。
貧困から脱出し、夢のような時間が彼女たちに訪れているというであろう。
考え方ひとつで受け取り方も感じ方も大きく変わるものだ。
そう思うと少し頑張れば食事も寝床も簡単に確保できる日本と言うのは本当に恵まれていたと言える。
チョットした贅沢が出来ないと世界を恨む日本人、かたや毎日ご飯を食べれると感動する異世界人。本当の幸せはどちらなのだろうかと不思議な気持ちになってしまう。
とは言えこの世界の食事にも慣れてくると、あの屋台の腸詰の鹿麦パン巻きは、かなり美味い部類だと言う事は間違いない。
美里の住むインスラから遠い事や昼時から開店の為、食べる機会が少なく今回食べるのは2度目になる。
目的の屋台に到着すると人数分の腸詰の鹿麦パン巻きを注文すると焼きあがるまでにヴィルヘルミーナが果実水を買いに行ってくれた。
焼きあがる頃には3ℓは入る壺に果実水を1つ買ってきた、飲みまわすと言う事なのであろうか?
腸詰を手にすると前回は健康ながらも病み明けだったため胃袋が小さく食べきれなかったが、今日は丸々1本をペロリと食べきれてしまうだろう。
食べ歩きながら市場の露店を見て歩くが、都市で目に出来る野菜はとても種類が少ない。
見た所、葉物はロメインレタスの様な物が数種類、拭きの様な野菜と蕪カブの様な根菜が数種類だけである。
食料品は殆ど果物や木の実、乾物豆、何種類かの麦等、様々な形の大きいパンやチーズ、ドライフルーツのような加工食品が並ぶ。
そう、殆どが乾物や長期保存の利きそうな加工品なのである。
デルーカは内陸部らしく魚類は見当たら無かったが、乾物を売るエリアには魚醤ガルムやオリーブオイル、香辛料、乾燥ハーブやお茶も積まれていた。
しかし魚醤ガルムとオリーブオイルの種類だけはかなり多かっく日本で言えば醤油と考えれば理由は納得できる。
正直、前回は詳細に見て回らず判らなかったが、大都市らしく物の量はあるがとにかく食品の種類は極端に少なく、聞いた話では、問題の第一は物流に問題にある。
帝国北の端に位置する都市デルーカは魔石産業と薬草採取により潤ってはいるが、帝国内では辺境の中の辺境、自都市内での農産業の地盤があまり強くない様だ。
生鮮食品を運ぶには時間と労力がかかるが、冷凍保存輸送やトラック等の大量輸送方法が確立されていない世界では豊かな全ての都市でバランスよく豊かな食卓と言うのは困難であるようだ。
美味しく選択肢の多い食事に慣れた現代人として食糧事情の改善は、下水の次に取り掛かりたい問題である。
その後は市場を一通り見て歩いた後、は以前ヘルガと入ったアーケードの古着屋で3人の服得御買えばヘルガもヴィルヘルミーナもとても嬉しそうに買った服を抱きしめながら美里へ礼を言う。
ケチって古着屋だったのを公開する程に2人が喜んでくれたことが気恥ずかしいが、古着と言うのが当然な世界で質の良い物が手に入ると言うのも貧困な時期を味わった人間とすればそれほど嬉しいのだろう。
護りたいこの笑顔。
一休みする為に以前もヘルガとは言った喫茶店にてお茶をする事にするが、美里は此処で恐ろしい事を知ってしまった
「この店は他確かに美味いんだがちょっと高いんだ、カオルと出会わなければ2度と来れなかったよ」
うんうん、確かに高い、高いけどデートにケチる訳にはいかない、美里はヘルガ達を幸せにすると決めているのだ。
「うわっ!このお菓子美味しい....アタシ、カオルの女になって今最高に感謝してるよ...」
ヴィルヘルミーナもヘルガ並みに安く感謝してくれるので楽でいい、もういっそ太ってもいいから毎日お腹いっぱいにすれば無理に迷宮に入らずに済むかもしれない。
肝心のお菓子はオレンジ色の豆を練った物を焼いて砂糖でコーティングしたお菓子なんだが少し高級な栗金団の様な味である、確かに美味い。
「魔鉱石が手に入るのはいいけど、迷宮に暫くは入れないのが腹立たしいね!」
ヴィルヘルミーナは昨晩から楽しみにしていただけに非常に残念そうである。
やはり甘い物だけでは満足はしてもらえない様である。
「告示も無しで突然ていうのが変だね」
ヘルガが3つ目の可視をほおばりヴィルヘルミーナに意見を求める。
「確かにな、冒険者が暴れ出すって思わないのかね?」
話を振られたヴィルヘルミーナも呆れている。
「下層に入れないのは安全地帯作るからって納得も行くけど、ティツィアーノ様の封鎖てのは何なのかね、下手すりゃ冒険者が暴動を起こすだろうに」
ヘルガの疑問に答えるヴィルヘルミーナだが言っている内容が不穏である。
「暴動と顔来ちゃうの?」
「最近は聞かないけど昔はよくあったらしいよ。冒険者はその日暮らしも多いし生活が懸かっているからね」
考えて見れば命懸けの職業なのだ、気の荒い者もいれば、その日の食べ物にもありつけぬ生活困窮者等も居るだろうし、必然的に短絡的な暴力に訴える者が出やすいのかもしれない。
「だけど迷宮の収穫がこの都市の主産業なんでしょ?封鎖してもんだいはないのかな?」
「「しらない」」
ヘルガもヴィルヘルミーナも歳の経済には関心が無いらしい。
「魔術師カオル!!」
突然大きな声で美里を呼びつける声が聞こえた。
後ろからの声に、美里が振り返りかえると、其処にはこの都市の貴族であり魔導師のティオドゥラと5人の軽装備の護衛兵士が立っていた。
これは厄介ごとの予感しかしない。




