第4話 異世界での生活がはじまります①
004-1-002 (編集版)
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美里薫 享年36歳、最後に彼女と呼べる相手がいたのはもう10年以上前になるだろう。そして女性のお宅訪問というのはいつ以来であろうか?
異世界に転移したらすぐ目の前にプラチナブロンドの背が高い綺麗なお姉さんとであってしまった。
言葉は通じる。月並みではあるが、これは欠かせない異世界特典の一つである。
彼女の名前はヘルガと言うらしい。人当たりの良さ気な彼女は物腰も柔らかく笑顔で美里へ話しかけてきてくれる。
予期せぬ異世界転移に混乱していた美里に対して、この地域は治安が悪く危険な地域である事と周辺には宿と呼べる物はない事を丁寧に教えてくれると、なんと今夜の宿が無いのなら今夜は彼女の部屋に泊めてくれると言うのだ。
言葉遣いは下町のお姉さんといった感じではあるが、気遣いをして精一杯丁寧に話してくれているのが伝わる。
初めて出会った男に対してこの女神の様な優しさは、怪しい事この上ない。勿論タダではないと言われたため、この世界のお金がない美里は持ち合わせがないと断ろうとしたが、金がないなら食べ物などの代物でもいいという。彼女のアパートは直ぐ目の前であり、これも何かの縁であると美里は恐る恐るお願いする事にした。
美里がこの世界に来た最初の感想は『臭い』である。
兎に角臭い、糞尿、生ゴミ、腐敗物と様々なにおいがする、本当に臭いのだ。
最初に眼にしたのは知識として知ってたインスラ型の住宅、自分が転移して来たのは古代ローマ帝国風の文明なのだろうかと思えた。
ヘルガに誘われるがまま彼女の住まうインスラの中へと導かれると中は室内灯等は無く暗い、当然である。もし古代期の文明であれば電気南下が在ろうはずはないし、そういった時代であれば余程裕福でなければ夜間に高価な油を使って明かりを灯すなんて事はありえない。
外でも感じたが屋内も糞尿臭く、衛生環境はは非常に悪いように感じた。
彼女が住むのはこのインスラの4階部分でこの建物の最上階らしい。このインスラは2階までが石造り、3階以上が木造の様で、意外にも各部屋には開閉扉が設置されている。2階まで登ると糞尿の臭いは薄れる、もしかすると1階にトイレが設置されているのだろう。
4階まで登ると4室の扉が並び、奥から二番目の扉が彼女の部屋だと言う。
色々と事情があって現在4階の住人は現在彼女1人だけであるという。事情ってなんだ?
建物自体も非常に古く石造り部分は200年以上前の建築で増築した木造部分も50~60年程経っていると教えてくれた。
部屋に入ると間口が2m弱の長細い10畳弱程度の広さでベッドが一つ、大きなキャビネットが一つ、麻袋が2つ。室内灯は当然無く窓から入る月明りが部屋を中をうっすらと照らしている。
彼女はこの部屋に半年ほど前から住んでいるらしいのだが、現代日本人から見ると殺風景で生活感は薄く女性の部屋と言うには余りにも殺風景、言うなれば物置のような印象である。考えてみれば近代文明とは違い装飾された部屋等は貴族でもなければ望むべくもないのだろう。
そしてこの部屋に入った時の一番の印象はやはり『臭い』である。
美里は潔癖と言う訳でもないのだが、臭いと言うのは衛生状態を測る大きな基準である、風呂やサウナが好きな美里としては結構抵抗も感じてしまうのだが、全く知らない土地にも拘らず屋根の下で眠れると言うのは代えがたい幸運である。
「すんません、初対面で急に泊めてもらえるとか助かります。でもいいんすか?その...男とか泊めても?」
「あはは、ちゃんとお代はいただくつもりだから気にしなくていいよ。他の連中もたまに客を引き込むことあるし問題はないよ」
ヘルガは明るい口調で軽く答えてくれる、サバサバした女性である。
聞いた所によれば大人っぽく見えた彼女の年齢は20歳、路上娼婦が生業だと言う。夜遅く人気のない時間の帰宅は珍しいらしく、普段は日が落ちる頃には帰宅しているらしいが治安の悪い地区に住んでいる為、美里の出現には肝を冷やしたと笑って語る。
彼女の容姿はパリコレモデルの様にスレンダーで背も高く顔付も整っていて男性的な印象を受けるが間違いなく美人の部類に入るであろう。
こんな美人が路上娼婦をしていると言われれば、色々な妄想が浮かび美里の美里までタチンボ状態である。日本でこれほどの美人とお楽しみとなれば何十万と毟り取られる高級店になるであろう。
「えっとすんません、さっきも言ったけど俺、今このへんで使えるお金持ってなくて...」
お金はないので流石に、エッチは望めない、しかし泊めてもらうにも礼は必要である。先ほども代物払いで良いと言われてはいるが、小心者の美里はついつい念を押してしまう。
「食べ物とか何か代わりの物でいいって、旅してたなら何かしらあるんだろ?」
ヘルガは笑顔である、何が楽しいのだろうか?何か怖いお兄さんが出てきて身ぐるみ剥がされたりしないかとついつい不安になるってしまう。
彼女に何かの思惑があるのかは推し量れないのだが、昨日買ったばかりのキャンプ用品の中にはインスタントコーヒーやら酒肴の缶詰やらが入っている、それで満足してくれるとありがたい。
「大したものはないよ」
と答えたが、彼女には特に不満そうな素振りはなく、それ処か口元が緩んでいるようにも見えた。
なに?身ぐるみはがれちゃったりする?怖いお兄さんが出てこない事を心から祈るばかりだ。だが彼女にはそういった怪しい素振りも無ければ、不思議と美里は彼女に対して警戒心がまったく湧いてこなかった。
「ミサト?だったっけ、この町に来たばかりみたいだけど、あれ魔法だろ?あんな魔法初めて見たよ。不思議な格好だけどだいぶ実力のある魔術師様みたいだね」
美里の不安そうな様子を見て気を利かせたのか、ヘルガは明るい口調で話題を振ってくる。
「いや、そんな大したもんでは....」
「謙遜しなくてもいいさ、こう見えてもアタシだって色々見てきてるんだ、着ている服も持っている荷物もどれも上物じゃないか、貴族様だって言われても驚かないよ」
彼女なりの見解を語りつつ。ヘルガは内開きの扉の前にキャビンを移動させ、その上に荷物が入った袋を置く。
「ああ、こんな部屋には閂かんぬきとか上等なのはないからね、寝る時は悪い奴が入ってこないようにね」
不安そうな美里の様子に彼女は朗らかに理由を説明してくれた。扉の前に物を置き扉は開かないようにする。これなら怖いお兄さんが入ってくる事は無さそうだが逃げる事も出来ないのではないだろうか?
就寝準備を整えると彼女はベッドの縁に座るとその横をポンポンと叩き、美里へ隣に座る様促す。少し離れて座ったのだが、ヘルガは美里に触れる距離まで膝を寄せてくる。
距離がバグっている!
流石は娼婦と言うべきか、男慣れしているのだろう。そして流石は20歳、月明かりに照らされた幼さが残る笑顔が物凄く可愛く感じてしまった。売春婦でなければ本気で彼女にしたいと思ったであろう。
だが久しぶりの女の子との接近に美里の心臓は跳ねあがりエッチな想像が頭を駆け巡る。正直支払う現金があったなら今すぐ財布ごと支払っていただろう。
ふいにヘルガが美里の顔を覗き込む。そんな彼女の顔をみるとキラキラした目で美里を見つめていた、エッチな目で・・・…はなく何か期待を込めた視線である。
そこでああ食べ物かと理解し、美里はバックパックからアウトドア用に購入したランプ型LEDライトを取り出し点灯する。
「え!?」
ヘルガは目を丸くして固まる。
「あーLEDライトっす、魔法のランタン?みたいなもんだよ」
美里は説明が面倒でだいぶ説明を端折り適当な理由を付けると、アウトドア用のミニテーブルと椅子を組み立てていく。
「ミサトはやっぱり凄い魔術師だったんだね!すごい明るいね!明かりの魔法や魔道具は何度も見たけど、こんな、こんな、こーんなに明るいのは見たことが無いよ!」
ヘルガが子供のようにはしゃぐ。感情表現豊かなヘルガが滅茶苦茶に可愛いと思ってしまう。
話を聞けば、この世界にランタン型の魔道具は存在していたがヘルガには高価すぎて触れる機会はなかったらしい。それに魔法が使えないと魔道具を使用することは出来ないという。そして何より彼女を驚かせたのは性能の高い物でもここまでの明るさは見た事が無いと言う。
魔道具も基本的に効果や効力は、魔道具その物の性能に加えて使用者の魔力量が大きく影響するらしい。その為なのかヘルガは美里がかなり強力な魔術師なのだろうと考えている様である。
5段階調光なのでもっと明るくできるのだが、今回がやめた方がよさそうだと考え真ん中の3段階の明るさに留めてミニテーブルの上へランプを置く。それを彼女は楽しそうに眺めて他の荷物を見ながら色々な質問をしてくるのだが、あまり美里の素性を探る様子まではない。プロ娼婦としての距離感なのだろうか、転移したばかりでこの世界の状況が見えない美里にはありがたい。
テンションがあがっているのかヘルガは色々な話をしてくれた。
彼女は半年前までは冒険者だったらしく、同じ村出身の女性3人でパーティーを組み約2年前に一攫千金を夢見てこの都市デルーカの地下迷宮ダンジョンを目指しやって来たという。
しかし半年前に仲間の一人が迷宮内で虫型の怪物に食い殺され、もう一人の仲間もその時に大きな怪我を負ってしまったのだが、神殿や治療院で治療を受けようにも治療費が払えず、そのまま帰らぬ人となったという。
どうやら回復術を使える術師は希少な職であるらしく、それらの技能を持った者は危険な冒険は行わず、街中で高額な治療費を請求する治療院を開くのが一般的らしい。
回復術を使える神官が居る神殿へ依頼する場合も高額なお布施を請求されるらしい。たとえ治療費が払えずに死んだとしても、それは日常茶飯事だからと気にもされる事はないと言う、ちゃんと金を払える客は後からでも幾らでもやって来るのだとか。
『ケチな背教者め!出て行け!』というやつだ。
やれやれ怖い話である。美里としてはせっかくやって来た異世界である、迷宮にはとても興味があるが危険を冒してまで入りたいとは思わない。となればここは知識チートで大金持ちを目指すかとも考えたが、この世界で役立つ専門知識は持ち合わせていないことを考えると急に不安になってきてしまう。
1人残された彼女は冒険者を続けるのか悩んだ物の、男性とパーティーを組む事を嫌い女性の冒険者を探したと言う。しかし女性の冒険者そのものが希少な為、知り合いの居ないこの街で新たな仲間を見つける事が出来ず、そのうちに所持金も底が尽くと冒険者を続ける事を断念したそうだ。
その後は色々と職を探したのだが、他所者で後見人がなく元冒険者の大女に得られる仕事は無く、街角で立つようになったと少し悲しそうに教えてくれた。
他にも彼女はこの世界について色々教えてくれた。平民や貴族階級、自由民等々色々話を聞いていると現代日本とは違う異世界の文化に適応できるのだろうかと不安を募らせる。
色々話す中で美里はヘルガが貧困階級にも拘らず聡明で非常に善良な人間の印象を持つ。異世界に来て最初に出会ったのがヘルガであったのは幸運と言える、もしかすればこれは神の思し召しなのかもしれない。
話をするうちに彼女はチラチラと荷物を見ている事に気づき、まだ宿代を渡していない事に気づいた美里はバックパックを開き、キャンプ用品店で購入したオツマミ缶詰を取り出す。
どうやら初めて見たらしい缶詰に目を丸くしているヘルガがちょっとかわいい。
幾つかある中で、外国人にも喜んでもらえそうな『豚の角煮』を取り出すとパキリと感を開いて見せる。
温めてはいないのだが、それでもフワリと広がる甘じょっぱい『豚の角煮』の臭いはヘルガの鼻腔に触れるとその胃を強く刺激したのだろう。半開きなった唇の端から涎が光る。
少しドキリとしつつ、美里は『燻製サーモン』とキャンプ用カトラリーセットを一緒に彼女に渡すと遠慮なく食べるよう勧めた。
ヘルガはソレらを受け取ると『豚の角煮』缶へ鼻を寄せ、深呼吸するかのようにその香りを堪能し始める。珍しい匂いなので警戒しているのかと思えば、どうやら美味しそうな香りに感動し打ち震えている様であった。
ヘルガは『豚の角煮』の香りを堪能すると、小さなフォークを使い『豚の角煮』を口くちに頬る。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ヘルガは初めて口にする『豚の角煮』を舌の上に重ねた途端、口腔内にあふれる唾液の放流を感じる。そして直ぐに舌の上に広がる甘みと旨味に感動する。そしてその感動の収まる隙を与えないように直ぐにやって来た風味と塩味、それらの味の調和に今まで感じた事のない喜びがヘルガの全身に沸き上がる。
だが本当の感動はその後にやって来る。今まで経験をした事がない食感だ。唾液の中で自然に蕩けてゆく豚脂、歯を立て無くてもホロリと崩れていく肉の食感に興奮したのか目を見開きその身を震わせ、咀嚼を忘れ一瞬その身を悶えさせる。
「ん!ん!ん!!!!!!!!」
暫くすると手足をバタつかせ始め、初めて食べた『豚の角煮』の美味しさに飛び跳ねて感激を表す。
美里は美味しい物を食べて喜ぶ女の子と言うのが、とても可愛いと言う事を知ってしまう。ついつい別のオツマミ缶、『香草燻製サーモンのオイル漬缶』を開きヘルガへと進めてしまった。
ヘルガが目を見開き喜ぶ姿に、美里はほっこりした感情を覚えた。差し出された『香草燻製サーモンのオイル漬缶』を受け取ると又してもその香りを堪能れば、再び体を悶えさせる。
ヘルガめちゃ可愛い!
そこそこお高い缶詰ではあるが、たかが缶詰でこれ程に感動して悶える美女の姿はデスマーチの日々で疲弊し心の揺らぎを失いかけていた美里の心の中に喜びというものを思い出させた。
ヘルガが『香草燻製サーモンのオイル漬』を一口頬張ると再び悶え始める。そんな彼女の姿を眺めるエロい視線を感じたのかヘルガがピタリと動きを止めて美里を見つめている。
「ミサトはたべないの?」
コテリと首を傾げてヘルガは美里が食事を摂らない事をきにする。
いかん、変態っぽかったかと焦りを覚えたがどうやら美里が食べない事を気にしてくれていたらしい。気の付くいい子である。だが『バーガークイーン』のハンバーガーがお腹の中に残っているようで美里は空腹感が無いのだ。食事済みである事を告げるとヘルガが再びオツマミ缶を頬張る。
美味し食べ物を頬張り気を良くしたヘルガは更に口を滑らかにする。
そこで美里はリスクを承知の上で、この国の貨幣や法律、宗教等の神経質な情報について踏み込んだ質問してみたのだが、ヘルガは怪しむ様子もなく知っている情報をモグモグしながら説明してくれた。
この国の貨幣、イース帝国での通貨は『デナリス』と呼ばれているらしく最小貨幣の銅貨から順に説明してくれる。
銅貨10枚で大銅貨1枚
大銅貨10枚で銀貨1枚
銀貨10枚で大銀貨1枚
大銀貨10枚で金貨1枚
金貨10枚で大金貨1枚
大金貨10枚で白金貨1枚
ということらしい。
硬貨には呼び名があり、一般的にはデナリスと言う通貨名は使わず買い物では硬貨の名前でするらしく
銅貨
大銅貨
銀貨
大銀貨
金貨
大金貨
白金貨
~何枚とするらしいが、覚えきれない・・・自動翻訳でなんとなく理解が出来たのだが、こういう物は生活の中で覚えるしかないのであろう。
一般的に金貨から上の通貨は、平民の間では使用する事が稀らしく、悪所では安全上持ち歩くのもお勧めできないと言われた。そりゃあスラム街で金貨を持ち歩いていると判れば追剥待ったなしであろう。
ヘルガも狩りや採取で得た物を換金する際は、大銀貨以下の貨幣で受け取るようにしているらしく金貨で受け取る冒険者は少ないと言う。そしてヘルガには大金貨や白金貨等にお目にかかる機会はいままでなかったとの事である。
ついでに貧民街の住人が入る様な店や屋台では大銀貨でも釣銭が無いと怒られる事もあるようだ。
次に金銭的な感覚を確認すると屋台のパンみたいなものが大銅貨1枚程だと言うので、治安が担保されていない土地で売られるパンを仮に大銅貨(1$/150円)と仮定すれば、金貨1枚は($1000/¥150000)程度の価値と仮定できるのだが、そんな高額通貨を持ち歩くのはスラム街でなくても危険極まりない。
そこで生活に必要な金銭感覚を知らねばならないと、物価の様な物を聞いてみた。
平民の一回の食事の目安は大銅貨2~5枚。
木賃宿の宿泊が一晩大銅貨3~枚/日。
安宿なら一晩は銀貨2~5枚/日。
まともな宿の宿泊であれば一晩で銀貨5~8枚/日。
ヘルガの家の家賃は月で銀貨8枚/月と結構安い。
一般的な庶民が住むインスラの家賃は月で大銀貨5~10枚、つまり金貨1枚。
ちなみにヘルガの春の値段は相手を見て決めているらしく、通常はなんと銀貨2~5枚の激安セールである。娼館で買うなら最低大銀貨5枚からというのでこの世界でも安いかもしれない。
ただヘルガの様な路上娼婦には細なサービスが在るべくもなく、路地裏で簡素に出し入れして一回出すだけの非常に淡白な作業らしい。
淡白な作業だとしても、こんな若い美女が相手をしてくれるのであれば足繁く通うであろう。いや必ず通おうと決めた。しかしヘルガが自分の仕事の話まで説明してきたのは俺に対しての営業だろうか?銀貨何枚だろう?
だが激安娼婦とは言えこのインスラの家賃はかなり安い、1日で稼げてしまいそうな金額である。ならばヘルガも金銭的にはもう少し綺麗な部屋が借りられるんではないかと聞いてみた。
「毎日客が見つかる訳でもないし、雨が降れば仕事にならない。食事だって一日一回取れない時もある。それに年を取れば客に見向きもされなくなって売値がどんどん下がっていくから無駄遣いも出来ない。それ以前に貧民街のスラム以外じゃあ路上娼婦に部屋は貸してくれないよ」
という悲しい現実を笑って話してきたが、聞いた自分も辛くなってしまった。
「それにほら、アタシは女らしさが足りなくてね、稼ぎはよくないんだよ」
といいつつ、かなり薄い胸板をたたく。
控えめに言って絶壁である。むしろ盆地胸と言っても過言ではないが、それを口にすれば今夜の宿を失いそうなので口にはしない。
ヘルガ曰く、貧民街以外に住むとなれば都市行政から居住税や人頭税という税金が取られてしまうので底辺層の住人には良い部屋に住む事に良い事は少ないそうだ。
基本、貧民街のインスラ増築部分に住む人間の管理が難しく税徴収は結果的には見逃されている、というより戸籍制度のような物はあるらしいのだが管理しきれていない為、抜け道になるらしい。
話を聞く中で大銅貨1枚が大体$1程度の価値とあたりをつけたが社会事情が違う物価実際の価値は自分の目で確かめなければ判らないだろう。
近代と違い文明レベルが低く輸送手段が乏しい世界では、あらゆる物価はその土地の立地や季節で大きく変動する筈である、この都市は周辺の森で獣肉や茸、木の実や山菜が豊富に取れるため安価で購入できるが、小麦などの穀物類は遠方からの輸送が必要な為、ヘルガが生まれ育った穀倉地帯の都市周辺と比べると価格が3倍程に跳ね上がる。
ついでに言えば地域や季節で食べられる食品も大きく変わる事に気づいた美里は、さっそく日本へ帰りたくなってしまった。
法令に関してはヘルガの知識では細部の情報が曖昧だったものの、現代人から見ても理解できる部分も多く、当面の生活には問題はなさそうである、ただ人の命は軽いようなので気を付けたい。
次に面倒なのは、役人や貴族等の特権階級の横暴は見逃されてしまうという話である。貴族や役人には近づかない方がよさそうである、このへんはファンタジーあるあるだ。
この都市では殆ど見ないがが神聖イース帝国にも州によっては奴隷制があるらしい。くわばらくわばらである。
神聖イース帝国は100年以上続く現皇帝でもあるエルフが興した国家で、貴族の大半もエルフが占めており、エルフ至上の意識が根強く、エルフは平民でも貴族パトリキを相手にしている程度に気を付けなければならないという。
とは言え幸いこの都市にはエルフの平民は希少なので出会う機会はほぼないらしいのだが、逆に言えばエルフを見たら貴族の可能性が高いと言う事であるのでエルフ族危険は変わらない。
宗教は多神教らしく、主神を必須信仰としたうえで好きな神を好きな様に好きなだけ信仰してよいとの事だ。細かい決まりも幾つかあるが、その幾つかの基本ルールを守ればかなり寛容だという。ちなみにヘルガは主神の信徒と言う体で殆ど祈ってはいないと言う話だった。
後は一夫多妻で有ればこの国も楽しそうだと笑って話すと、なんと神殿に寄進して婚姻認可を受ければ、何人でも娶めとることが許されるらしい。
この一夫多妻制度にも面倒なルールがあり、先ずは人頭税率が高くなる。次に民間ルールになるのだが妻の扱いは平等でなければならず、不当に差別や不平等を行う事はNG。そして2人目以降を娶る際は必ず姉嫁(先に婚姻した嫁をそう呼ぶらしい)全員の許可が必要である。
また嫁に許可なく浮気をした場合には嫁と嫁の擁護者からリンチを受け、浮気相手共々体中の毛を剃落とされる事が暗に認められ、行政府も事情を察すると殺しでもしない限りは黙認してくれるというとんでもルールだ。
マジ怖い。
しかし、前世でもモテた事がない美里には浮気どころか嫁が出来る事もない、つまり美里に死角はない!
基本的な事は聞けた、次は本命であるファンタジー部分について知りたい。先ずは魔法、魔法について知りたいのだが、彼女は美里を魔術師だと思っている、変な質問をすると無用のな疑いを持たれかねない、しかし聞くなら今しかない!
深く考える事を得意としない美里は考える。どうせ自分は頭良くないのだからいっそ聞いてしまえ......と思った時に本当に基本的な事を思い出す。
「死霊秘法」
思い出した途端、つい口に出してしまった。途端『ポン』と小さな音がしたかと思うと美里の正面中空にタブレットPCが現れる。
「マジだ...」
ヘルガが思わず呟いてしまった美里の顔を不思議そうに覗き込む、どうやらヘルガにはタブレットPCは見えていない様である。
「どうしたの?」
美里はヘルガの言葉に反応せず、恐る恐る目の前のタブレット画面に触れる。そこにはちゃんと触れた感覚があった。
「マジだ...」
少し触ってみたがタブレットの設定、カメラ、音楽、写真、ステータス、電子書籍と名前が表示された見慣れたアイコンが並んでいる。
画面の左上には時刻表示、右上には充電表示と横に100%と表示されている。
時刻表示が気になり設定からカレンダーを確認すると現地世界の暦になっていた。そして驚く事に1日は24時間で1年が365日である事が解った。
何故分かったかと言えば年号が皇歴424年、6月3日と表示され、カレンダーを見ると12の月があったのだ。
美里の真剣な様子にヘルガが可愛く首を傾げ話しかけて来たが、画面に集中したい美里は新しいツマミ缶を開きヘルガに渡すと、ヘルガは想像以上に喜び新しオツマミ缶に夢中になり美里の奇行を忘れてしまう。
今度は電子書籍のアイコンをクリックすると生前に購入していた書籍一覧が表示され既にダウンロード済みの書籍がA-Z順で3000冊以上が並んでいる。無料なので購入した本や、買ったものの見ていない書籍も結構ある。音楽や動画も同様で暇潰しにはよさそうだとサプライズに小さく感謝する。
こう見ると生前にいろんな本や音楽を買ったものだと感心しつつ、アプリが見当たらず動画サイトが見られないのが少々きつい、書籍も新規購入もできない様でありことで美里は落胆する。
再び電子書籍を開き直し、表示設定からジャンル検索表示に変更する。
ジャンルの中に『魔導書』という見覚えのない項目を見つけた。確か魔法の本という意味だったろうかと考えつつ、魔導書をタップすると中には購入した記憶が無い名前の書籍が並び、基礎魔法の書、精霊魔法の書、錬金術の書等々があり、その中に異世界転生のチートとして神様から頂いた死霊秘法を見つけタップする。
死霊秘法は表紙から見た事もない文字や記号で記されていたのだが不思議と内容が読み取れる。これが異世界特典の翻訳機能の影響だろうか。
死霊秘法を開き、ページをフリックし次々にページを捲めくる。
魂魄、霊体、死霊、死体、等々の死霊術らしい名前の項目がある、それぞれ見たことのない文字や図形、イラストが書き込まれている。途中でフリックせずとも必要な情報を思い描けば必要なページが開くことが分かった。
ブックマーク機能や個別のメモ追記機能まで付いている。
非常に便利である。
「便利だな...」と呟くと「どうしたの?」とヘルガが首を傾げ美里の顔をのぞき込む。
ヘルガはすこし汗臭いのだが、暫く女性と縁がなかった美里は、造形のいいプラチナブロンドの美女の可愛い仕草に少し興奮を覚え座ったまま起ちあがりそうになる。
「あぁ、魔法だよ、魔法の事を考えてた」美里は照れながら、死霊召喚項目で見つけた初級の召喚術、アンダーラインがひかれた文字をタップする。
美里とヘルガの目の前に霊魂が現れると、ヘルガが目を丸くし硬直する。
「ミ...ミサトの魔法かい?」
ヘルガは息を飲み驚きの表情で問いかける。
美里はパチンと指をはじくと霊魂が消失する。
「カッコいいだろ?」
本当は念じれば消えるのだが、なんとなくカッコイイのでやった、後悔はない。
「凄い!凄いよ!無詠唱魔法なんて初めて見たよ…ミサトは本当にすごい魔術師様なんだね!」とヘルガは憧憬の眼差しで美里を見つめた。
「無詠唱は内緒で頼むな」
初めて見たよとの感想にこれは少々危険かもしれないと思い、他言無用を付け加えるとヘルガは満面の笑みで何度も頷く。
大まかに死霊秘法の使い方を理解した美里は、大きな欠伸を一つすると詳細は明日に行う事を決めそっとタブレットを閉じる。念じれば閉じるのだから便利なものだ。
時間の感覚は解らないが、タブレットには22:05の表示、電灯などが存在しないこの世界では完全に深夜であろう。
ヘルガは食べ終わった空のツマミ缶の中に残った汁を指でこすげ取り、最後の一滴迄残すまいと指をしゃぶっている。
空き缶がピッカピカになるほど堪能したヘルガは、美里の様子に気づくと口元をふき取りベッドに横たわる。
「こんなに美味しいものを食べさせてもらったしね、こっちもサービスしとくよ♡」
宿泊費としてはツマミ缶は払い過ぎだったのだろうか、かなりの高級品と思われたらしく追加サービスがいただける様だ、ここは遠慮なく頂きたい。
美里薫 享年36歳、異世界に転移して初めての熱い戦いが幕を開ける。
(`・ω・´)キリッ!!
◆
翌朝、ベッドに横たわるヘルガの姿は昨晩繰り広げられた激しい戦闘の消耗著しく、昼近い時間に至るも、時折痙攣を繰り返しては変な唸り声をあげ自力で起きあがる事が出来ずにいた。
目は覚めているが、覚めているのだが自力で動く事は出来ないでいる。
心配した美里が起こそうかと体に触れば「ひゃん!」と変な声をあげ、今はまだ触らないでほしいと怯えた目で涙ながらに懇願され、どうする事も出来ずにいた。
結論から言えば美里の夜の戦闘力はこの世界では正にチート級であった。
どうやらこの世界での夜の戦いの多くは行為中に女性は男性から酷く乱暴的に扱われる事が一般的であり、男性が一方的に満足する為に行われるのが常識であった。
路上娼婦のヘルガにとって路上娼婦稼業は過酷な環境であったであろう。
文明レベルを考えれば現代日本の常識とは大きく違い、女性の置かれた環境は良くない事も想像に難くない。彼女いない歴10年を超えた美里ではあるが、根本的に優しく無害な男であり、人に気を使える性格でもある。
かえって気を使い過ぎる性格の為、年齢を重ねる毎に新しい人間関係を作ることを望まなくなったのだが、彼女は要らなくても性欲は有る。
現代社会に於いて性的な情報は手軽な方法で簡単に手に入る。生前の美里もインターネットから入る無限の情報を楽しんでいた。
そして女性へ施すテクニックに関しても同様であった。
話を戻すと現代の価値観と知識を持つ美里薫は、女性の扱いに関してこの異世界の誰よりも高い知識と良識そして技術を身に着けていた。
ヘルガはそんな事を想像も出来る筈がなく、世界最強クラスの男に戦いを挑んでしまったのだ。
美里は衛生環境の悪いこの世界でせめてとウェットティッシュで互いの体を噴き上げた。
ヘルガが汚物扱いされたと勘違いしない様に、体のデリケートな部分に触れるのでと自らの手や足や茸も入念に拭きあげ、爪まで切り、優しさからの行為である事をさりげなく伝える。
不思議な事に汗臭さがあるもののヘルガの体は臭くはなかった。ヘルガの中の迷宮入口に薄く広がる茂みの臭いは覚悟していたのだが水浴びでもしたかのような香りで、なかなかに清潔な子なのだろうと美里はヘルガの価値を一段階繰り上げる。
続いてこっそりと愛用のコロンを自分に吹きかけると、彼女を寝かせハンドクリームを使い彼女の全身へ優しく、そして念入りなマッサージを施し、ヘルガの肌や筋肉をリラックスさていく。
最初は何事かと思ったヘルガも特殊な趣味と言うより美里の気遣いと気づき受け入れる、この判断が元冒険者ヘルガ、彼女の致命的な敗因となる。
そのマッサージと言う名の愛撫は少しずつ、少しずつ彼女の大事な部分に近づき、やがて性的な行為へと変わってゆく。
【自主規制】
彼女が未知の園へ踏み込んでしまったと知った時には、既に彼女には抗えぬ快楽の世界へと飲み込まれていたのだ。
【自主規制】
その頃にはヘルガの目は完全に正気を失っていた。
彼女ヘルガは男が嫌いである、正確には男との性的な行為が嫌いであり人間が嫌いという訳でもないのだが、男と行為をするという事は気持ち悪さと痛みしか感じることが出来ないでいたのだ。
ヘルガの20年の人生で男性へ恋心を抱いたり、付き合うと言った経験は一切ない。それは男性との行為を心から嫌悪しているからに相違ない。路上娼婦しているのは生活の為、この仕事は止むに止まれず、せざるを得ないからであり、決して望んでの事ではない。
ヘルガは、美里に体を許す時、生まれて初めて口にした『オツマミ缶』と言うとんでもなく美味しい食べ物を5缶も食べさせてもらった、彼女の中で『高級な美味しい食べ物をお腹一杯に食べられた』と言う事は、多少乱暴にされても貰った対価から見れば許容の範囲であると考えていた。
男性との行為を嫌悪しつつも、誠実な彼女にとって宿泊させる対価には『貰い過ぎ』だったからである。
路上に立つ時も、尻やら顔やらを叩き首を絞めるような男もこの世界には多いのだが、『男との行為』とはそういうものだと、覚悟は十分にあった。
彼女ヘルガは娼婦にならざるを得なくなったその時から、対等の人間、真っ当な女としては見てもらえない現実をも受け入れている。
そして多くの客と同じように、美里もそうであろうとも考えていた。
何より美里の身なりは珍妙にも見えたが、ドレもコレもが明らかな高級品。物腰は柔らかいが、身形や言葉遣いから間違いなく貴族か上級の市民権を持っているとみていた。
しかも稀に見る強力な魔術師の様子。そんな人間が貧民街の悪所に住む路上娼婦なんぞ人間とすら考えていない可能性も考え、非常に惨めな気持ちでもあった。
こんな優し気な男も当然の事乍ら選民思想は持っているであろう。
ヘルガの目に美里は想像を超えるような富裕層に見えていた、生きるために是非お近づきになりたい、もしかすると気に入ってもらえて毎日ご飯が食べれる生活が出来るかもしれない、そんな下心があった。
今日は大銀貨を何十枚か払わなければ見合わぬと言える程の食べ物をおなか一杯に食べれたのだ、大怪我でもしなければドンとこいと覚悟していた結果は生粋の貧民層である自分には到底想像ができる内容ではなかった。
商売女の自分を蔑む訳でもなく、体を優しく丁寧に拭き上げ、お貴族様が使うような練り香水、実際はただのハンドクリームなのだがソレを体の隅々まで優しく塗り広げる。
まるで貴族のお嬢様を扱うかのように丁寧に丁寧に体の隅々をほぐしてくれた。
しかも女性の体に触れるのだからと見た事の無い道具で爪を綺麗に切り気を遣う。
ヘルガの脳はこの時点で既に思考の限界を突破してしまったのだが、これはまだ序の口だったのだ。
時には惨めな売春婦の自分に優しい言葉や気を遣う言葉をかけ、時折耳元でヘルガを褒め称える言葉を謳い、お姫様に生まれるとこんな扱いを受けられる物なんだろうかなんて変な妄想も浮かぶ。
ヘルガは生れてはじめて女としての扱いを受けていた。
美里の指先も唇も舌もヘルガの肌を優しく這い回り、常に丁寧に、そして決して傷つけない気遣いと安心感を感じさせてくれた。
気付いた時には、生れて初めて男との行為に興奮し体全体が喜びを感じていた。意識せず嬌声を上げ続け、初めての事態に恐怖すら感じたが、それは直ぐに抗えないほど大きな快楽の波にかき消されていった。
ヘルガの知る男と言う生き物は、ただただ乱暴で傲慢な生き物の筈だった。
彼女が初めてを迎えたのはまだ10歳に満たない少女である。
村の徴税役人から殴られ、押し倒され、蹴られ、罵られ、その幼い花を散らした。
記憶に残るのは強い恐怖と深い悲しみ、そして殴られた痛みと貫かれた痛み、幾日も消えなかった恐怖と痛みと悔しさの記憶。以来、男は女を人間として見ていないのだろうと理解した。
その後もヘルガと出会った男達は皆大差はなかった。
娼婦の道に落ちた今でも、彼女は男との交わりを決して好きではない、むしろ今まで以上に嫌悪している。
・・・・・・筈だった・・・・・昨晩までは。
昼時も過ぎ、ヘルガもやっと自力で体を起こす事が出来るようにはなったが、思考は今だ明瞭ならず頭も体もフワフワする。
まだ下腹部が温かい、ジンジンする。生れて初めて男に幸せを感じてしまった、それと同時にもう他の男に抱かれたくはないなんて気持ち迄が生まれていた。
生れてはじめての不思議な感情である。
その時、突然ヘルガの鼻孔を刺激する香ばしく鮮烈な香りがヘルガの意識を少しだけはっきりし始める。
「コーヒー飲む?」
美里はペットボトルの水とサンプルでもらった固形燃料を使い湯を沸かし、粉ミルクと砂糖を入れた暖かいインスタントコーヒーを、彼女に勧める。
勧められたコーヒーという飲み物は味も香りも鮮烈で、ヘルガは再び美里から幸福を贈られた。
「えっと、昨日はすまん。俺も久しぶりだったのとヘルガの反応が可愛くてちょっとやりすぎてしまった」と告げると、ベットに残る彼女ヘルガから幾度も放たれた粗相の跡を横目でチラ見しつつ謝罪する。
ヘルガは顔を真っ赤染め、無言でコーヒーを啜すすりつつ、体と頭の状態異常『フワフワ』が再び体中に広がる事を認識し美里から目が離せなくなっていた。
「お腹すいちゃったんだけど、なにか食事を取れるところを教えてくれない?」
「え...あぁうん.......でも、そのアタシが知っている店って上品なトコじゃないよ?」
「変な食物でなければいいよ、荷物を見たら少しだけ現金もあったし、今日はヘルガの好きな物を御馳走するよ?」
「え?ほんと?ほんとに?じゃあ市場で食べたいものが有るんだけどいいかな?」
「遠慮はいらないよ」
礼を言いたいのはヘルガの方であったのだが、状態異常が付与されたヘルガはただ頷く事しか出来ない、そして今は美里から離れたくない気持ちが強かった。
実は彼女ヘルガが寝ている間に美里は自分の荷物を整理していた、そして自分が死んだ時に所有していた荷物が一緒に転移されてきたのは解るが、なぜか財布の中身はすべて現地通貨に換金されていたのだ。
この都市では基本的に自宅調理という習慣が少なく屋台か食堂で食事をとるのが一般的の為、ヘルガに美味しい店を紹介してほしいと頼んだのだ。
ヘルガは快諾し出かける準備を始めるが、なんともタドタドしい。
汗と粗相で少し臭う、美里がウェットティッシュで拭いてあげようとするとヘルガは目を見開き自分でするとウェットティッシュを奪い取る。昨晩はあれほど大胆に服を脱いでいたのに、今日は後ろを向き極力体が見られない様にしていた。
美里自身も体を拭き始めていると、突然タブレットPCのメール着信音がした。タブレットを開き画面を確認すると、メールアイコンが増えている事に気づく。タップして開くと、知らないアドレスからのメールが受信されていた。
宛名を見ると『白靖佐久比売』となっている、知らない宛名だ。
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表題:「異世界転生の手配に関する不都合をお掛けいたしました件」
本文:〇月〇日 異世界転生手配に関する対応不備についてのお詫び
先日の供物大変ありがたく頂戴いたしました。
まことに勝手ながら、その際に余命幾許もなくお亡くなりになる事を知り、供物への感謝の気持ちを込めて勝手ながらも、大神へ願い奉り、次なる生を楽しく安らかに送っていただける様にお手配させていただいておりました。
大神より破格の温情を賜り、美里薫様が余命を全うされたのちに、新たな世界で転生のできる様、転生先の神族ご担当者と手配を進めておりましたが、弊社担当の確認不足と不手際により、余命消化前に対応の上で「転生」ではなく「転移」というお望みとはかけ離れた対応になってしまったとの報告を受けました。
諸事情にて異世界へ直接お伺いしお詫びをさせて頂く事叶わず、失礼かとは存じましたがメールで深くお詫びを申し上げたく存じます。
詳細情報は弊社システムエラーにより、こちらの世界では美里様の現状を確認すること叶わず、転生先の神族担当者様と連絡を取り、現状の確認を行いましたが、ます喜ばしい事に転移後のお体には病巣がなく、恐らくは病知らずで不老不死の半神となられているようです。
また担当神様のご恩情で幾つかの加護を付与いただけたとの事でございます。現地世界で神殿などに訪問されることがあれば、先方への御挨拶などお願いいたします。
続きまして一部の所持品の持ち込みと前世で残されていた資産を現地通貨へ換金し送金することが可能となりましたため、お送りいたしました。バックの中に私の神力を籠めた茶巾袋がございますのでお使いくださいませ。
ハンバーガーセットに付いていた小さな4つの人形は現地召喚術で使用する場合に非常に強力な媒体となるそうですので霊力が安定致しましたら是非ご活用ください。
霊力、そちらの世界では、魔力と呼ばれる力も半神化の影響で、膨大な量が備わっていると伺いましたが、お体が慣れるまでは魂へ大きく負担がかかると思われ、力の使用は段階を踏み徐々に慣らしてゆく必要がある旨を御留意ください。
今回に限り現地神族様のご厚意にて、原則干渉禁止の所を押して連絡の許諾をいただくことが出来ました。最初で最後のご挨拶になりますが、度重なる不手際を重ねてお詫びし、新しい世界でのご多幸とご繁栄を心よりお祈り申し上げます。
20xx年x月x日
旧上目黒八幡宮 本殿祭神
白靖佐久比売
mail:happy_lucky_shirayasunosakuyahime@hachimann.kami
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八幡神社の祭神様のドメインってhachimann.kamiなの?!って言うかあの子は神様だったんだというかhappy_lucky?!
美里は突然のメールで衝撃的なオカルト界の秘密を知ることとなったのだが、この世界からでは『月刊ムー』への投稿はできない。当然ネット掲示板もなく、悔やみながらもこの真実を胸の奥にそっと留めることとなった。
届くかわからなかったのだが、お礼状を返信するも送信エラーとなってしまい、心の中でそっとあの幼女女神へ御礼と祈りをささげる。
美里がメールを確認を終えた頃、ヘルガは甘い吐息を醸しつつヨロヨロしながら身支度を終えていた。
日本円を現地通貨に換金してくれたのはありがたい、むしろ今後の生活を考えると生前に使いきるより結果的に助かった。貯金の額を考えると金貨30枚ちょっとくらいだろうか?それなら暫く生活は問題なさそうだと喜ぶ。
バックの中を確認すると、見覚えのなかった和風で全体が白い拵えのほんのりと薄い桜模様の入ったかなり高価そうで可愛らしい茶巾袋をみつける。ヘルガから見えない様に紐を解きひっくり返すと、重さからは考えられない大量の現地通貨が落ちてくる。
金貨47枚と銀貨5枚…あらやだ、すごくありがたい!
結構な量のコインが落ちてきた為、結構な音を出したが幸いヘルガが気にする様子はない。
為替のレート計算の基準が解らないが、想像以上の金額が手に入りとても嬉しい。
ひとまずコインを茶巾袋へ戻しバックへ戻そうとした時だった。
「可愛い!!それはミサト様の故郷の品なのかい?」
茶巾袋にきづいたヘルガが楽しそうに美里の手元を見つめていた。
「様?!なんで様付け!?」
今度は美里が目を丸くして驚く。
「お貴族様なんだろ?本当は。」
ドヤ顔で本当は解っていますよと言いた気にヘルガが言うが、美里は代々由緒正しき平民の生まれであるとしっかり説明し、美里が家名、薫が名前ということを伝えた。
家名があるのは誤解を生みかねないと今後は自分の事を『カオル』と呼ぶようにとヘルガへ伝える。
ヘルガはそれを快諾し、扉を塞いでいた荷物をどかし始めた為、手伝おうと美里が荷物を持とうと手を伸ばす。
偶然指先が触れると「ひゃん!」と可愛い声をあげで飛び上がり、怯えた目で美里を見る。昨晩のやり過ぎに反省と謝罪しつつ美里はヘルガの指示した場所へ荷物を移動させる。
異世界『転移』初日は好調に始まったと美里は考えた。
おかげで超美男子金持ち貴族への転生の未練を断ち切り、この世界で生きる決心もつけた。
細くきしむ階段を降り二人は仲良く町へ向かった。
美里薫 享年32歳、異世界の旅が今始まった。
拙作「のんねく」をお読みいただきありがとうございます。
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