第27話 異世界でダンジョンへ行こう⑧
第27話 異世界でダンジョンへ行こう⑧
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「ほっほっほ、中層の管理区では怖ろしい目にあったが、今回の収入は期待以上じゃな、魔石も魔水晶も質量共に笑いが止まらんわい」
ミーカは迷宮中層の深部、最も危険な枝道と呼ばれている中層でも怪物との遭遇率が飛びぬけて高い多い通路で採取していた。
通常の都市軍の訓練が行われる場所である。
中層のモンスター発生源ではないかと言われている通路の為、滅多に探索するパーティーが無い危険な通路であった。
魔石や魔水晶は魔力の強い怪物の体内、または迷宮の中で時間をかけ結晶化していく。
つまり危険すぎて侵入困難な枝道であれば、かなりの収穫が有るのは自明の理である。
本来であれば中央通路にも怪物が多く、深部到達までにもかなりの労力を必要としたが、都市軍という突然の異物に迷宮怪物の多くが過敏に反応し深部の枝道に潜む怪物さえも中央通路へ飛び出し、都市軍と闘い屠られたお陰で苦も無くこの場所へと到達が出来たのだ。
魔石土竜ですら普段は探索する事が無い危険な通路へ精鋭30人を率いて採取を行っていたが、その人数を以てしても持ちきれない程の収穫にミーカも笑顔を隠せない。
とはいえダンジョンの内部は1日も時間を置けばモンスターの数が一定量まで回復をする、この中層最大の怪物発生源である通路、大所帯の命を預かるミーカとしては、危険が発生する前に撤収したい。
「頭目、こっちの蜘蛛の巣みたいのって冒険者の死体がいっぱい絡んでますわ、死体から装備剥がしますか?」
「あほう、時間が無いんじゃ、この金になる密度の詰まったデッカイ魔石が優先じゃろがい」
しばしば蜘蛛型の魔物は捉えた冒険者を粘着質の高い糸を使い捕食物を迷宮の壁に貼り付ける習性がある、この枝道はさながら無謀な冒険者達の死骸コレクションと化していた。
都市軍の中層訓練はあくまで戦闘訓練の為、このような死体の回収や魔石、植物の採取は基本的には目的とされていないが、しかしこれらは訓練参加の一部兵士には小遣い稼ぎになる為、多少持ち帰るのは黙認されてはいる。
とは言え絶え間ない戦闘のさなかで進軍中の兵士が採取できる量はごくごく僅かである。
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
中央道から、頭目であるミーカを呼ぶ声が聞こえる。
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
暗く顔を確認出来なかったが、声には聞き覚えがあった。
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
中央通路で収穫物の集積とギルドの集合場所を任せていたパーティーのリーダーである。
精鋭パーティーが通過したとは言え、中央道通路にもモンスターが残っている、そして当然この枝道でも至る所から現れる。
怪物が現れても男に近付いた怪物は突然崩れ落ち、近づく事が出来ないのだ。
その姿は異様の一言であった。
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
男は同じ言葉を何度も繰り返す。その異様な状況に気づいたギルドメンバーも目を奪われた。
さらに驚愕したのは松明と思われた灯かりだ、その手には松明は無く松明かと思われた光源は彼の横に浮く霊魂であった。
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
男は不気味に同じ言葉を繰り返す。
「ヘルッコ...だよな?通路封鎖のパーティーだろ?1人か?なんでここまで来た?これた?え?」
精鋭の1人がヘルッコと呼ばれた男に問いかける
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
返事は同じ言葉を繰り返すだけである。
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
あまりの不気味さに全員が言葉を失う、気づけば周囲に湧き続けていたモンスター達は、壁に居ようが天井に居ようが関係なくパタパタと崩れ落ち、いつしか周辺に生きた個体はいなくなっていた。
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
「ま、まてまてまてヘルッコよ、お前の言っている主様と言うのはまさか............カ、カオルとかいう男か?!」
ミーカは現状から可能性を想像し、最悪の事態が頭をよぎる。
「我が主様を呼び捨てとは思いあがったな、下郎」
ヘルッコと呼ばれた男の前にうっすらと蒸気の様に青白い光が揺らいだと思うと、次第に修道服風のローブを纏った人の形を成す、しかしその姿は強く輝き、半透明、現代日本人であればホログラムを思い浮かべたであろう。
「お主、カオル............殿のパーティーのすっ転んでいた奴か?その声、女だったのか?その姿まるで幽霊じゃないのか?!」
ヘルガが聞いたらマジ泣しそうな言葉を、目の前に突如現れたオリガへと投げかける。
しかしそれ以上に彼ら魔石土竜の精鋭達を恐怖させたのは、無数の修道服姿の骸骨死霊の集団にかもまれていた事である。
突如通路の奥から飛んできた大型の虫は、その骸骨死霊の一体が片手で触れた途端に地面へと落ち息絶る。
飛翔の勢いが殺せずに死体は、ミーカの足元まで転がってゆく。
その蚊の姿に似た大型の虫は、彼等が特に警戒していたモンスターの一種である、それを一振りで屠ったのだ、明かに彼らが戦っても勝てる気がしない骸骨死霊、それが無数にいるのだ。
「下郎、直ぐ――――――」
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
ヘルッコがオリガの言葉を遮り同じ言葉を繰り返す。
その場の全員がヘルッコの空気の読めなさに閉口する。
「こほん、今直ぐ主様の元へ――――――」
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
ヘルッコはオリガの声を無視して繰り返す、一瞬気まずい空気が流れたがオリガは気を取り直しミーカへ言葉を掛けようとしたが・・・
「ミーカ、主様が、お呼びだ。」
「えっと、貴方はもう黙りなさい」
オリガはヘルッコへ黙るように命令すると一つ咳払いをする。
「下郎、ミーカと言いましたね?我が主様がお呼びだ、直ちに主様の元に向かい地に這い頭を垂れよ」
「えっと.....理由を聞いて.......伺ってもよろしかの?」
ミーカは震える声でオリガに問いかけた。
「下郎、貴様に発言は許していない、それとも生きる機会を捨て今すぐに死ぬか?」
「お、お待ちくだされ、直ぐに、直ぐにいく。お前ら撤収じゃ、直ぐに荷物を纏めて戻るんじゃ!」
中央通路まで響くほどの声でミーカの怒号が響き渡る、その声は明らかに恐怖に引き攣っていた。
◆
「なんじゃこれは?」
ミーカ達が中央通路へ到達した時に更なる驚愕が待っていた。
中央通路の左右を埋め尽くす強烈な火の魂が街灯の如く並び管理区セーフゾーン方面へ進路を促す様に通路を照らす、その光はまるで中層の天井が消え去り太陽の元へ晒されているかの様であった。
帝都の魔法師団に所属していた事のあるミーカでも見た事が無い光景である。
早足で先を歩くオリガに離されまいと、重い装備と荷物に苦しみながら、魔石土竜のメンバーがその後ろを追いかける。
辿り着いた先は、やはり中央通路を封鎖していたパーティーとギルドの荷物の集積拠点であった、そこには配備していたヘルッコ以外のメンバーが倒れ伏し、早めに探索を終えたであろう魔石土竜のパーティーがレイスに囲まれ地面へ両膝をついていたのだ。
所謂土下座である。
賢明にも状況を理解し、闘うよりも降伏を選んだのであろう。
ミーカの中ではやはりという気持ちと、カオルの率いる黒髪の夫婦のパーティーが来た場合のみ絶対に関わらず無条件で通すように命令していたはずだという憤る思いであったが、恐らく然る対象であるヘルッコは既に・・・と考えていた。
集積した荷物の上にのんびりと座る美里の姿がを見つけると、美里もまたミーカの姿を見つけ右手を振る。
通路を煌々(こうこう)と照らす灯り、軽く200体を超える上位死霊、そしてその上位死霊よりも更に強力であろう修道服姿の女死霊。
これらを支配しているとすればカオルと呼ばれた男は帝都の上級貴族、そして1000年以上を生きるという皇帝ハイエルフよりも恐ろしい力を持っているのではないかとミーカは恐怖に襲われる。
たまに天井から落ちて来るモンスターの死骸が地面に叩き付けられる音がミーカのみならずギルド魔石土竜の面々の心に恐怖を植え付ける。
ミーカと行動を共にしていた精鋭達も、言葉を一言も発する事はなかったが現状に恐怖の色は隠せず、震え泣き出す者もいた。
「主様、愚か者の飼い主である下郎を連れてまいりました」
美里の元へ戻ったオリガが右手を胸に沿え恭しく首を垂れる。
「ありがとうオリガ」
「ありがたきお言葉」
「もっと楽に話してもいいよ?」
「とんでもございません、私共は偉大なる主様の僕にございます」
代々平民の血筋である美里にとって堅苦しい事この上ない。
「あと、皆さんに対しても多少言葉遣いは気を使ってあげてね?」
「検討いたします」
美里は仕方なさそうに苦笑いをする。
ミーカは恐怖の余り、そのやり取りに口をはさむ事は出来ず佇んでいた。
「主様へ示すべき態度が違うのではないか下郎?」
ミーカ達はオリガの冷淡な言葉に有無も言わず地面へと両膝をつき、額を石畳へと擦りつけた。
「ミーカさん、お仕事中に御足労いただきまして申し訳ありません、ちょっとトラブルがありましてお話が必用かと思いまして使いを出させてもらいました」
美里の口調は決して高圧的ではなく、むしろ優しさと言うか申し訳なさそうで有るが、ミーカは恐怖で返答を返す事が出来ず、どう話をつづけた者か困っているとクロアがミーカの前へ立つ。
「ここに居た貴方ギルドのメンバーがね、私達にこの道を通さないんですって、魔石土竜は喧嘩を買うんですって、面白いことを言うのね?」
クロアはミーカの前でゆっくりしゃがむと、冷ややかな声でミーカに状況の説明をする。
そんなやり取りの間、まるで地上の安全な広場でも走り回るかの様にクロに乗ったクロエが楽しそうに骸骨死霊達や土下座中の魔石土竜の間を縫い走り回る。
「いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!ワ、ワ、ワワ、ワシはカオル殿のパーティーには一切手を出さぬようにギルドの者には厳命しておりました!本当です奥方様!であろう皆!」
ミーカはクロアの足に縋り必至での弁明を始める、その言葉に魔石土竜のメンバーは強く同意をする。
そして魔石土竜からのクロアへの奥様認定に対して、ヘルガが遠い目になる、何なら目に少し涙が滲んでいる。
「もうあなた方との喧嘩ってカオル様にに販売済みなのよ、返品は出来ないわ、貴方達はもう終わりなのよ?あとはどうやって終わるのがいいか死に方の希望を伺っているのよ?」
ミーカの縋る手を蹴り払うとクロアは残酷にも笑顔で答える。
「奥方!お待ちくだされ、今ここで冒険者同士揉め事を起こせば都市軍が来てしまうかもしれませぬぞ、どうか、どうか穏便にワシの話を聞いてはくださらぬか?!」
ミーカの必至な嘆願は通路に大きく響き渡る。周囲の魔石土竜メンバーも、強力な魔術師であり絶対的なギルドの頭領であるミーカの必死さに自分達の命が本当に危険に瀕している事を認識し更なる恐怖に襲われる。
「どうなのかしらオリガさん」
「上で話しかけて来たエルフの1000匹や2000匹程度なら皆殺しにしてしまえばいいでしょう?何か問題が?」
ミーカは耳を疑う、話しかけて来たエルフと言うのは間違いなくティオドゥラ=ノイタ=デルーカ、この都市最強の魔女である、それを1000、2000?皆殺し?
「奥方様、奥方様お待ちくだされ!ワシら―――――――」
「違う!」
ミーカの命乞いを遮る声、ヘルガからであった。
「カオ...カカッ......カオルのお嫁さんは.....ワタ、ワタ、ワタ.....私だから!クロアさんじゃなくて私だから!!!!」
ヘルガは顔を真っ赤にして目に涙を浮かべていた、男扱いされていた雰囲気も、クロアが嫁扱いされていた事も、仲間が誰もソレを否定してくれない事にもヘルガは悲さと怒りで泣き叫んでしまったのだ。
「もしかしてヘルガたん、嫉妬してる?」
美里は一瞬驚いたものの、その理由を理解するとちょっと嬉しくなっていた。
もちろん否定していなかったのは無視していた訳でも本当に妻がクロアである訳でもなく、緊迫した空気を読んであえて誰も突っ込まなかっただけであるのだが。
「カオ...カカカ........カッカオルのばがぁ、あたしが一番なのにぃ!一番…一番だよね?!」
ガチ泣きである、20歳ハタチの大人の女が、180cmを超える高長身の北欧風の顔立ち、宝塚男役トップ風の美女が鼻水迄流してガチ泣きをしてしまったのだ。
「ヘルガ?大丈夫だよ、大丈夫!俺のお嫁さんはヘルガだけだからね?クロアさんごめん、魔石土竜の皆さんの話は任せていい?平和的にね?ごめんね、平和的にねだよ?お願いしますね!」
流石のガチ泣きに美里もこれは大変とヘルガを慰める為に皆を囲む骸骨死霊の向こう、通路の壁近くまで移動をした。
「こほん、で、では私がこのままお話ししましょう」
クロアが若干戸惑った様子でミーカを見下ろし会話を再開した。
「じゃぁ全員死刑ね」
唐突にクロアから告げられたのは残酷な結論であった。
「待って待って待ってくだされ!カオル殿は平和的にと仰られておったぞ?平和的!死刑は平和的ではなかろう?カオル殿が戻ってきてワシ等死んどったらほら、怒られるかも知らんぞ」
「くっ!」
ミーカの言葉にも理があり、ひとまず即死は免れることが出来た。
「では死刑の理由の説明をいたしましょう。ひとつ、お前達はカオル様を軽んじた。ふたつ、そこで死んでいる愚か者が、我らギルド死霊秘法ネクロノミコンへ宣戦布告をした。そして...みっつ目はこの愚か者が、お前達魔石土竜がギルド鋼鉄の戦槌を、私の夫を殺したと自白した事、つまり死刑は確定でしょ?」
クロエは冷たい視線でミーカへ死刑宣告を繰り返す。
「お待ちくだされ、カオル殿いやカオル様を愚かな配下が軽んじた行為は改めてワシがこの通り謝罪する、皆様へ宣戦布告を行ったのは我らの名前を勝手に持ち出したその愚か者たちの勝手な行為じゃ。ギルドの意志ではない。鋼鉄の戦槌の皆様と言うのは申し訳ないがワシも預かり知らぬ事で、唯々お詫び申し上げる事しかできませぬが当然相応の謝罪はさせていただく。他にその件に関わった者がおればとっ捕まえて差し出しましょう!もちろん迷惑をかけた分の謝罪は別途金銭的な物でもお支払い......」
ゴスン!!
「ぐわぁ!」
突然だった、ミーカが話終わる前にその顔面が強烈に蹴り上げられた。
「ふう、とりあえず私の事はこれで許したげる。いい!カオルのお嫁さんは私!私だから!」
言葉と裏腹にまだ怒り収まらぬ様子のヘルガである。美里の説得の末、行きついた結論がミーカの勘違いと現場の雰囲気の為と言う事で今夜の特別サービスとミーカ一発殴って今回は収める事になったらしい。まぁ蹴ったのだが。
「ヘルガたん!お年寄り相手にやりすぎ!やりすぎだから!」
ヘルガが勢いよく走り出したため止める事が出来なかった美里が走ってきてヘルガを抑える。
そして美里とミーカは改めて話し合う。
美里を軽んじた行為には謝罪を受け入れ、宣戦布告は魔石土竜の全面降伏とし、後日賠償について話し合う。
鋼鉄の戦槌の殺害に関しては他にも犯人がいた場合は引き渡す。
今後は徹底してギルド死霊秘法とは敵対しない。もし魔石土竜の中に和解条件に賛同しない者がいれば名簿化してカオルへ渡す。
詳細については後日、改めて話し合い協議する事で話し合いがついた。
「うわぁ!なんだ、幽霊か気をつけろ!通常武器は利かねえぞ!」
「魔術師どうにかしろ!」
「他の連中を集めろ!」
人垣?死霊垣?の向こうから、どうやら担当の通路での仕事を完了して戻ってきた魔石土竜のパーティーと美里の骸骨死霊がエンカウントしたらしく、無駄な死者を増やさぬようにオリガを含めたレイス達を急ぎ不可視化させる。
「うわ、消えた、あれ、頭目?!」
レイスを不可視化するとそこには、顔から流血した頭目を先頭に魔石土竜のメンバーが土下座をしているのだ、突然の状況に武器を構えて走り寄ってくる。
「待てお前ら!!武器を収めろ!ここにはモンスターはこない!死にたくなければ武器を収めてはよう座れ!」
探索を終えたメンバー達へミーカが次々と状況を説明してゆく。話し合いもついたため美里はクロアの了解を得て、正座を崩す事を許した。
「こいつら死んでるんすか?」と戻ったメンバーが恐る恐る質問すると思い出したかのように美里はネクロノミコンで『死体使役』と会話が出来る様に最低限の『階位値構成』を付与しアンデット化する。
「アーイキテイタミタイデスネ、ヨカタ、ヨカタ」
倒れていたメンバーが次々と立ち上がり、美里が白々しく生きていると言えば、ミーカは信じられない物を見たかのように口を開けたまま固まる。
そしてこの世には絶対に触れてはいけない者がいて、それは正に今目の前にいると言う事を認識したのだ。
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暫くすると中央通路の異常な明るさと、生きたモンスターが一匹も居ない事に戸惑っている探索を終えた魔石土竜のメンバーが次々と戻って来る。
集積地まで戻れば、頭目を始めとした先に戻ったギルドメンバー達が、周囲のモンスターの襲撃に警戒する様子もなく重く暗い雰囲気で座っている事に警戒をしつつ近づき、ミーカより状況を説明された。
既に足を崩す事を許されていたが魔石土竜の面々の表情はただ暗かった。
戻って来た魔石土竜のギルドメンバーの中には反論する者や抵抗する者もいたが、都度突然昏倒し動かなくなる。しばらくして立ち上がると例外なく従順になる、その様子は異常の一言に尽きた。
その状況を何度も何度も目の当たりにした魔石土竜はギルド死霊秘法への恐怖を深く、さらに深く心に刻む。
最終的に集まった魔石土竜のメンバーは200人を超えた、想像よりも大群であったが、美里・・・正確には座っていた美里よりも、仁王立ちし睨みつけてくる氷の女王然としたクロアに恐怖する。
一度ヘルガを見たメンバーが1人が悪所の安娼婦と口にした途端に崩れ落ち、感情を失い起き上がる。
これに関しては最初の1人目の時にヘルガが悲しそうな顔をしてしまったため、覚悟を決めた美里がオリガに命令し、それを口にした者はこの世から消えてもらう事にしたのだ。
魔石土竜から見れば突然昏倒し起き上がった後はまるで廃人と言う状況が繰り返される状況にひたすら心に恐怖が刻まれる。
ミーカとの話し合い後、およそ3時間程度で今回のダンジョン探索へ参加した魔石土竜メンバー全員が無事集合した、
改めてミーカから魔石土竜全員へ状況の説明が行われ、ギルドの敗北と今日あった事への緘口令を下し、この日は記録的な大量の収益があったにも関わらず、結成以来最悪の状況にお通夜状態である。
ミーカを含め数人の魔術師はアンデット化したメンバーが人間とは違う何かになった事に気づいていたが、その事について1人の魔術師が質問した所、クロアから「魔術師だけ全員『処分』しましょう」と美里への進言があった為に、今後一切この事には触れない、また触れさせないことを誓う事で生き残る事が許された。
「今日の帰り道にはモンスターは出ないので皆さん安心してください、もし出て来ても勝手に死ぬので大丈夫っす」
通常であれば美里の言うような話は到底信じられる事ではないが、その場にいた全員がカオルと言う男の仕業であると理解済みであり、誰一人疑問を持つ事も質問する者もいなかった。
各自に松明を灯させると、通路を照らしていた美里の霊魂を消し去り、全員で仲良く地上へ戻る、外に出た時には既に夕方、時計を見ると19:20であるほぼ半日ダンジョンの中に居た事になる。
「いやぁ~流石に初めてのダンジョンは疲れたよ、いっぱい人死んじゃったし早く帰りたい」
美里がヘルガへ愚痴るように呟く。
その呟きが耳に入った魔石土竜の魔術師は、やっぱり死んでたんだと虚無となる。
「では魔石土竜の皆さん、今日の約束はくれぐれもよろしくお願いします、突然死なない様に」
美里が疲れた笑顔で手を振り挨拶すると、全員青い顔で俯き気味に何度も無言で頷く。
「ミーカさん、それでは4日後の昼に東区のラヘイネンペラヘまでよろしくお願いしますね」
「承知いたしました、カオル様」
見知らぬ冴えないヒュム族の男へ、都市最大のギルドの長が深く深く何度も何度も頭を下げるその異様な現場を目撃した他の冒険者や都市行政の人間からは奇異の目で見られていたという。
美里の中では、自分が関わる中で人が多く死んだ事実と、死後直後であれば死霊秘法の力でアンデットとしてではあるが記憶を維持して復活すると言う異常な状態に死生観が麻痺し始めていた。
間違いなくその心に強い疲労が蓄積されていた。
こうして血盟デスマーチ軍団の初陣は思っても居ない形で始まり、予想もしていない大勝利で終えたのだ。
ただ困った事に、その日ヘルガが嫉妬を拗らせ、帰り道では右腕をこれでもかと言うほどガッチリ組み体を密着したまま離れてくれなかった事と、夜の営みが激しく朝までつづいた事である。
ヘルガたんの愛がちょっと重い。




