第25話 異世界でダンジョンへ行こう⑥
第25話 異世界でダンジョンへ行こう⑥ 本文
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「頭目、冒険者は舐められたらおしまいですぜ!」
「ぶっ殺しちまいましょう!」
「強い魔力もってても、不意打ちすりゃ楽勝ですよ!」
ミーカは今だに状況を理解出来ない愚か者に静かな声で憤る。
「だまらんか、未熟者が!!」
説明は何度もした、だが愚か者にはいくら言葉を尽くしても理解する力がない愚か者は言葉を尽くしたとしても理解はしない。
◆
ミーカは地上、入場門前で既に美里たちのパーティーを認識していた、それは男が放つ途轍もなく膨大な魔力量とその質が原因だ。
ミーカは帝都に近い大都市のヒュム族貴族家の次男として生を受けた、母は市井の出身ではあったが才あるヒュム族の魔術師であり、その女性の元に生れたミーカ本人にも非常に強い魔術の素養が受継がれた。
一時はその高い才能と努力により実を結んだ実力から家督争いの上位にも名を連ねたが家内政争に敗れ、エルフを母に持ちエルフとして生まれた四男が家督を継いだ。
一時期は帝国の魔導士団へも所属し、若くして出世し高い地位にも就いていた時期もあったが、彼は突然貴族席を捨て冒険者となる。
彼が最初に冒険者活動を始めた帝都付近のダ迷宮は規模も大きく、都市の人口にも比例し冒険者も多い。非常に競争率が激しい迷宮であった。
彼はその迷宮で集めた仲間を率いて20年ほど前に冒険者ギルド『魔石土竜』を立ち上げ、当時強力なギルドが存在していなかった帝国最北部の都市デルーカの迷宮にやって来たのだ。
通常、迷宮では一部の大規模ギルドが旨味の多い区画を独占し、小規模なギルドやソロ冒険者は旨味の少ない浅瀬や危険度の高い地区の探索を強いられる。それらを無視すれば大規模ギルドから容赦のない妨害を受けるという事も少なくはない。
場合によっては、少数パーティーが大きな収穫を得たと知られれば、迷宮脱出前に収穫物を奪われ行方不明になってしまう等と言う事もある。
故に、ソロや少数パーティーと言うのは立場を弁えて浅瀬を探索する。
もしも見知ぬ冒険者が奥迄入ってくると言うなら、新参者か身の程知らずか他から流れて来た実力者と言う事が考えられる。
今回の様な都市軍の迷宮訓練は冒険者達にとって一種のお祭りイベントである。通常は訓練日の数日前に公示される。
デルーカの迷宮の中層浅部は魔石土竜がほぼ独占しているため、少数ギルドは滅多矢鱈には入れない。
しかし中層深部まで安全性が高まる今日の様な日は、魔石土竜も危険なく中層深部へ潜れる為、浅部は暗黙の了解で解放された状態となった。
とは言え中央通路と言われる進軍コース以外の細かい枝道には多くの怪物は居るのでお祭りの参加には相当の実力が必用である。
そして本日、ミーカはダンジョン地区の広場で一風変わったパーティーを見つけていた。そのパーティーは魔力感知の魔法を使用するまでもなく異常になまでに強大魔力を放っていた。
それほどの魔力を感じたのは昔帝都にて魔術師団に在籍したいた時に拝謁した太古の時代より生きると言われる皇帝陛下以来ではなかろうか?
広場には大きな魔力を持つエルフ達を含む多くの都市軍の魔術師が居合わせた為なのか、魔力感知の魔法を使用しなければ他社の魔力を感知できない未熟者ばかりだった為なのか、そのパーティーが騒ぎになる事はなかった。
その超越者の異様さに気づいたのは、従軍していた数人のエルフとミーカのみであったようだ。
事実、元帝都魔導士副団長でデルーカ都市長テオドージオ=デルーカの長女ティオドゥラ=デルーカがその男に声をかけていたのだ。
ミーカもティオドゥラも当然の如く、超越者の正体と目的には強い興味を持った。
それは突然だった、広場へ入ると暫くして一瞬にして魔力の気配が消失した、隠蔽魔法を使用したのは明確である、それもかなり高度な隠蔽であった。
ミーカやティオドゥラの様に自らの鋭敏な感覚を鍛え上げた者以外には気付けない程にである。
正直肝が冷えた、魔法を唱えた様子もアイテムを使用した様子が無い、彼の中には計り知れない恐怖が生れた。
中層の入り口、都市行政の管理区である安全地帯内で件のパーティーを見た時には更なる恐怖を覚えた。
広場の雑踏の中では感知し切れなかった細かい気配、パーティーメンバーからも異様な気配を感じ、それ以上に男の周囲の空間からも僅かながら魔力の波動を感じたのだ。
得体のしれない魔法を発動しているのだろうか?
ミーカは緊張していた、正体を知るのは怖いがそれ以上に知らねば足元が救われる可能性もある。
探りを入れるために声を掛けようと決めたのだが、対応に最新の中をする様に強く指示をしたにも拘わらず、意味を理解出来ない愚かな幹部の1人が、男のパーティーのメンバーを突き飛ばしたのだ。
魔石土竜というこの都市デルーカの迷宮の支配者と言う驕りがそうさせたのかもしれない。
不味いと思ったその瞬間、手を出した愚か者が突然昏倒し、地面に崩れ落ち痙攣していた。
背筋が凍り付く思いであった、手練れの魔術師であるミーカですら何が起こったのかが全く解らなかったのだ。
ミーカはこの都市で最上位格の魔術師と言う自負がある、戦場経験も豊富であり荒事の専門家でもあるのだ。それがどの様な方法で倒されたが理解できない、戦場であれば理解できないと言うのは致命的な状況なのだ。
そして男パーティーの同じ黒髪の女と娘、恐らくは妻と娘であろう2人も既に武器を抜き自分たちを殺す事に躊躇しない覚悟があると感じた。
異常すぎる、まだ10歳にも満たないような娘までもが恐ろしい死の影を見せている。
そして更に異質であるのは娘の乗っていた犬だ、あれは本当に犬なのか!?
見るからに異様な気配、それは昔見た帝国南東に位置する深層の魔物、ナイトメア種に似た気配を感じたのだ、だが深層の魔物の様に膨大な魔力は感じ取れない。
いや、普通に犬なら魔力は無いのが普通なのではあるが。
ただ恐ろしかった、男の妻が『処分』と言う言葉を発した瞬間、はっきりと死を意識した。
あそこまで明確に狩られる側として殺意を感じたのは何時以来であったろうか?
ともかく、黒い犬を連れた黒髪の親子のパーティーには絶対関わるなとギルド魔石土竜全体へ即時通達を行った。
ミーカは不安を抱えたままではあったが、都市最大ギルドの頭目として逃げる訳にはいかない、いくら漏らしていてもだ。
気分は非常に重かったが、全体に号令をかけると各パーティー毎に指定された探索地区へと開始移動させるのだった。
「なに、頭目も『事故』が起きた後なら、納得するさ」
「あんな魔力も何もない奴に何が出来るって話だ」
「あの黒髪の女は生きているうちに楽しみてえな」
「あの小さい子、イイ」
「「「え?」」」
最も恐ろしい敵は無能な味方である。ミーカはこの日、人生最悪の日を迎える事をまだ知らない。
◆
「カオル様、冒険者は舐められたらお終いでございます」
「はい...」
クロアの圧が強い、ヘルガも同意している、冒険者と言うのは命の危険と常に隣り合わせの仕事である、本来は荒くれ物ばかりの知恵のない本能に忠実な集団なのだ。
現代社会で普通の会社務めでも一度舐められれば嫌な思いを繰り返し受ける事も多い。
それが冒険者の世界で下手に出れば、どのようなリスクを負うのか分かった物ではない。
多少はそういった人間も居るだろう程度には考えていた、しかし前世で読んでいたラノベや漫画の異世界物では基本的に冒険者ギルドに初めて入った時に起こるイベントでは無かったのだろうか?!セオリーは何処へ行った?!
冒険者ギルドと言うコンビニ組織が無い所から美里の異世界ライフは破綻していた。
「実はアタシも連中には結構ひどい目にあってたんだ!」
「なに?」
ヘルガの一言に美里も少し怒りがこみ上げた。
「実は私の夫も、中層で奴らに殺されたかもしれないという噂を耳にしております」
「なに?!」
クロアから爆弾発言、怒りが倍増である、先ほどの殺気はそこから出ていたのかと納得もする。
「お父さんは殺されたの?」
「・・・・・・・・・。」
クロエの一言には怒りを通り越して泣きそうになる。
「ワン!」
「?」
クロが何を言っているのかはよくわからないが一応撫でておく。
「とはいえ相手も冒険者、下手な対応は即殺し合いにもなりかねない」
既に何人も死人を出していいる、意図して殺したわけではない。しかし美里はどうしても人を殺すという事に躊躇してしまう。
「主様、連中は既に主様の命を奪い、残った女を楽しむと息まいておりました」
オリガが偵察から戻った死霊の報告を受け美里へ報告を行う。
決断に迫られている事を理解する。
不意に美里のその視界に、中層へ移動を開始した魔石土竜の一団が目に入る、そして一部の者より卑猥な目を向けられる事も・・・
美里は目を瞑り、数分考え込む。
「その時は殺そう」
美里は意を決した。
「ただし喧嘩を売られたらだ、それでいいな?」
美里の決断を聞いた面々は相槌を打つ。
暫く美里は考えこみ、そして大きく溜息をつくと、
「...戦力は最大限だ」
美里はネクロノミコンを出し、『死霊召喚』を発動すると召喚済み死霊と同じの5体の骸骨死霊を召喚する。
ヘルガ以外の皆が感嘆の声を上げる。
「なになになになに?どうしたの?」
不可視化した霊体怪物の為、何事が起こったのかが判らずヘルガは皆の表情を見渡し不可解な事態の事情をカオルへ問いかける。
「あぁ、レイスを召喚した」
「え?あの骸骨みたいの?」
ヘルガは周囲を見渡すも、当然レイスの姿は見えてはいない。
「でも、心もとないな...」
美里は殺し合いが始まると言う状況を過剰に恐れていたため、可能な限りの戦力増強をしなければと言う恐怖を抱えていた。
「ポチッとな」
『死霊召喚』×5
「魔力は余裕だな,,,」
「ポチッとな」×5
「まだ余裕だな,,,」
「ポチッとな」×5
「余裕だな」
「ポチッとな」×5
「全然いけるな」
「ポチッと......」
「余裕だな」
「ポチ......」
「ポチッと......」
「ポチ....」
「..............」
「........」
「....」
「主様、素晴らしくございます!」
「カオルお兄ちゃんすっごい!」
「カオル様、これ程の御力が...」
「ワフン」
レイスの姿が見えるメンバーは口々にカオルの作り出したレイス軍団に賛辞を贈る。
「なになになになになになになになになに?どうなっているの?」
現状が把握できていないヘルガは皆にへ問いかける。
「このホールの空一面にカオル様の下僕たるレイスが密集しております」
「コワッ!」
クロアの言葉に驚愕し、しばらく間を置き見えていないものの、状況を想像したのであろう、有らんばかりの声で叫んでしまった。
既に行政府の役人と美里のパーティーしかいないセーフゾーンいっぱいに声が轟き、役人たちが奇異の目で美里のパーティーを見ていた。
「なるほど........」
美里が小さな声で呟くと、クロアは何事かと質問を返してきた。
「白い......死者の軍団....世界を蹂躙...............こういう事か」
「世界を....................蹂躙..............?!」
オリガが驚愕し自らの主の言葉に感激する
「あははははは、これが俺のデスマーチ軍団か」
美里は今までの緊張感を忘れたかの様に、突然右手で顔を抑え大笑いをする。
「思い出したデスマーチ、デスマーチな!ホワイトでデスマーチさせるC.E.Oだ」
腹を抱えて笑い出す、転生特典として死霊秘法を与えられた意味はこういう事だったのかと初めて理解したのだ。
「カオル、ですまーち?ってなに?」
ヘルガが初めて聞いた言葉が判らず、美里の顔をのぞき込む。
「えっと、不眠不休の過酷な戦いを強いられ続け無ければいけない社畜...まぁ社員?眷属?って意味なんだけど、俺の場合は永遠に戦い続ける事が出来る戦士達って感じかな?」
まあ、現実は長時間労働や残業に徹夜に休日出勤が常態化した労働基準法虫の破綻した労働状況を意味するIT業界用語なんだが、チートをくれた神様には誤認されている様だ。
「「おおおお!」」」
クロア母娘とオリガが感嘆の叫びをあげる。
「デスマーチいや、デスマーチ軍団でございますね主様!」
オリガが歓喜の声で叫ぶ。
「ギルド、デスマーチ軍団...」
クロアが呟く。
「え?」
不可視化の影響でオリガの声が聞こえなかったヘルガが問いかける。
「いえ、血盟ですよクロア。我々は主様に生み出されたと言う絆で強固に結ばれた仲間なのですから冒険パーティーの貴方達だけに与えられるのは不公平と言う物です」
ヘルガにも聞こえる様にオリガが答える。
「血盟、デスマーチ軍団........」
ヘルガが呟く、この瞬間、美里薫の率いる者達の呼称が決まったのだ。
「じゃあ、デスマーチがクラン名なら此処にいるパーティーと言うか、冒険者として使うギルド名も決めてしまおうか?」
美里が改めて提案する。
「それもカオルが決めてよ」
ヘルガが何やら嬉しそうな顔で美里に詰め寄る。
「ふむ、ギルド名...死霊秘法でどう?」
「どういう意味なの?」
「遠い世界の魔法の本の名前、俺の使う魔法の事だよ」
「ギルド死霊秘法、うんいいね!」
ヘルガは笑顔で答え、他のメンバーも賛同する。
「レイスの指揮は基本的にオリガに任せるよ。じゃあ、いこうか中層へ、今日は中央通路の突き当たりませ行って帰ってくるだけの簡単なお仕事だ」
この日が血盟デスマーチ軍団のギルド ネクロノミコンの誕生であった。




