第22話 異世界でダンジョンへ行こう③
022 1 020 (編集版)
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「主様、朝でございます今日は良い天気ですよ。どうぞ迷宮探索の準備をお願いいたします。さあ、ヘルガも準備をしなさい」
3号改めオリガは建付けの悪い木窓を開くと優しく声をかけ美里と、美里の横で寝息を立てるヘルガに朝が来たことを告げる。
開け放たれた窓からは、柔らかな朝焼けの明かりがさし込み始めると、部屋を照らす明かりに美里がううんと唸りつつ苦しそうにゆっくりと目覚め始める。
美里は寝ぼけ眼のままオリガに支えられつつ上体を起こすと、オリガが用意してくれた桶いっぱいの水を使い顔と体を優しく拭きあげてもらう。
横で渋々と言った顔でロリガが体を拭くための布を濡らしては絞りオリガへと渡している。なんかロリガも今日は無言で真面目に働いている。
無言・・・あ!
「あ、すまん。ロリガもう喋ってもいいぞ」
「ぷはー!ろりがはじゆうをえた!」
昨晩の命令を思い出し命令を解除すると、無表情だった表情を一変させロリガが両拳を突き上げる。
「いや自由じゃねえよ?」
「がーん!」
節度は必要である。
「うーん」
ベッドの上では全裸で眠るヘルガが一人になったベッドの上で転がりながらシーツをがっちりと体に巻き付け、絶対起きない子モードに入っている。
そんなヘルガを見つめる美里の心から湧き上がるヘルガたん可愛いという感情が溢れ、彼女の頬っぺたをつつく。
「ん~~~~!」
「ぶはw」
するとヘルガ唸りをあげ、はまるで梅干しでも食べたかのように顔をクシャリとさせる。そんな可愛らしい姿に美里は愛情が溢れ思わず笑みをこぼす。
「まったく寝坊助ですね」
「ヘルガお姉ちゃんねぼすけ」
オリガがそんなヘルガの様子に無表情ながら片眉を上げ、ロリガも口元を緩める。ロリガは他のアンデッドと比べ感情表現が豊か・・・と言うよりも彼女だけは召喚直後から感情が豊かな気がしている。
「ヘルガ、起きなさい」
「ふんぐるぃ~」
オリガが体を揺するもヘルガは抵抗してシーツを離さない。
身体が大きいヘルガだが、シーツにくるまり体を縮めている姿は非常に可愛い女の子である。昨晩の激しいロディオ大会を思い出せば美里は朝の生理現象も相り、ジョニーが凱旋を始めそうになり一戦おっぱじめたい衝動が湧きあがってしまう。
しかし、オリガやロリガの目の前では自重せざるおえない・・・とはいえ、昨晩は彼女達の目の前でガッツリといたしているので今更かもしれない。しかし今日は初めての冒険が待っている、いまは体力を温存である。
コンコンコン
「カオル様おはようございます。入室宜しいでしょうか?」
美里が元気な股間を隠しつつオリガが準備してくれた衣服に着替えはじめると部屋の扉がノックされクロアの声が聞こえてきた。
「え?あ~どうそ」
何となく朝びんびんの状態でクロアに会うのは気恥ずかしく、びんびんな股間が目立たないようにベッドへ腰を下ろし入室を許可を告げる。
「カオルお兄ちゃんおはようございます!」
「カオル様おはようございます。クロエ、無礼ですよ」
許可を受けてクロアが扉を開くと、母の脇をスルリと潜り抜けタタタとクロエが入室し美里に抱き着いた。あとに続き優雅な所作でクロアが入室する。
クロエちゃん今はまずいぞ、股間のテントはけっしてクロエちゃんに反応している訳ではないがあらぬ誤解を受けるわけにはいかない。そんな主の気持ちを知らず、クロエは美里の胸へグリグリと嬉しそうに頭を押し付ける。
「ふたりともおはようございます」
美里はクロエの頭を撫でつつ、作り笑いで二人に朝の挨拶を行う。朝びんびんの影響なのか今朝のクロアは妙に色っぽく感じてしまい美里はドギマギしてしまう。クロアは美里の様子に二コリと微笑む。
クロエが眠りから覚めないヘルガを見つけると二マリと微笑む。
「ヘルガお姉ちゃんおはようございます!」
寝坊助のヘルガの背中に抱き着くと絶対に起きまいと抵抗するヘルガを大きく揺すり起こしはじめる。
「ん~!ん~!」
ヘルガは抵抗する、クロエが揺する、ヘルガは抵抗する、クロエが揺するヘルガは絶対起きないと更に抵抗する。
「おりゃあ!」「うりゃあ!」
そこにロリガも参戦しヘルガVSチビッコの対決の微笑ましい戦闘が行われるが、実はヘルガたん、シーツの中身はすっぽんぽんである。
「あなたもそろそろ起きなさい」
唸るヘルガに呆れつつ、オリガがヘルガが包まっているシーツを軽々と引きはがす、ヘルガは勢いよく転がりひゃんと可愛い声を上げる。その様子が面白かったのかクロエとロリガはケタケタと笑いだす。
それでもヘルガは眠いのか、未だに丸まり唸ったまま起きない。
もちろんはすっぽんぽんである。
「まったく・・・」
ヘルガの顔を絞った布で優しく噴き上げると続いて体を拭いていく。
昨晩の美里とのマイムマイムの痕跡を拭い去られるにつれ、少しづつ覚醒していく。覚醒していくにつれ自分が素っ裸でいることに気づいたのか突然ムクリと置きだしキョロキョロと衣服を探す。
「ヘルガ、万歳しなさい」
キョロキョロと着るものを探すヘルガの姿に嘆息したオリガが、準備していたヘルガの衣服を広げ。ヘルガは意味に気づいたのか照れくさそうに両手を上げる。欠伸を披露するヘルガへと服をかぶせるオリガの姿はまるで母親のようである。
貧民のヘルガの夏場の衣服と言えば基本的には貫頭衣一枚で下着ははかない、ロリガが準備したサンダルを履けば朝の準備は完了である。
「ヘルガさんおはようございます」
「ん~クロアさんおはよ」
「ヘルガお姉ちゃんおはようございます!」
「クロエもおはよ~ぅ」
「ほら、シャンとしなさい!」
「ふぁあ~」
挨拶を終えると、まだまだ眠気が消え切らないヘルガはオリガに促されノロノロと今日の装備を整え始めた。
ノロノロと支度をするヘルガから昨晩の残り香なのか、すこし艶めかしい香りが美里の鼻をくすぐる。美里は立ち上がることが立ち上がっているためにできずにいる。
「クロアもクロエも今日はよろしくな」
「かしこまりました」
「はい、クロエがお兄ちゃんを守ります」
美里は状況をごまかすかのように、ヘルガの準備を待つ仲間に声をかけると、二人もにこやかに返事を返す。そのクロアとクロエの顔にはしっかりとした感情が浮かんでいる、時間経過で少しづつ人間らしさが身についているようだ。未だに表情が硬いオリガ、最初から個性豊かだったロリガ、召還間もなく感情を表したクロアとクロエの差異はどういう理屈なのかと美里は首をひねる。
それは死霊秘法の研究課題の一つだと心に留め置く。今は早く立ち上がることが先決であり、本日の冒険の準備が先決でもあった。
ふぅと大きく深呼吸をする。
「オリガも今日は頼むぞ!」
「承りました」
「本当に、本当に頼むよ!マジで!」
そこで美里は初めての迷宮探索の実感が湧きあがり、急に恐怖感を感じた事を隠さず、念を押す。
控えめに言っても必死であった。
◆
「ねっむ!」
ヘルガはインスラを出発しても大あくびをかき、それをみて微笑む美里に気づきヘルガは顔を赤らめる。
そんなヘルガは昨晩、感情爆発の反動でメチャメチャ元気いっぱい美里の上で大暴れしていた、それこそ美里が意識を失っても大暴れしていたことをおもいだしてしまったのだ。もちろんその反動で寝起きはアレなのだが・・・。恋人が出来た、人肌を始めて心地よく思った、冒険者へ復帰した、ここ数日でヘルガは幸せが溢れ出している。
そんな幸せにインターセプトする影、不意にクロエが美里の左脇へ走りより、左手をきゅっと握った。
そのクロエの左手はクロアが握っている、3人はそろって黒髪のため、その姿はまるで仲良し家族に見え、ヘルガの幸せを易々と破壊する。
美里の右側を歩くヘルガだったが、前を向いたまま無言になり目はから生気が消えている。我慢は出来ているが理屈じゃないのだろう。
もちろんヘルガの心情を察し美里は左に天国右に地獄の気分だ。
オリガを中心とした骸骨死霊達は不可視化し、周辺警戒をしてくれていた。
◆
一行はクロと合流する為、ラヘイネンペラヘの拠点の前までやってく来ると、扉を叩く前に扉が開らく。
「おはようございます主様」
骸骨死霊の1体が先触れをしていた様で到着に合わせドアマンコープスが扉を開いてくれたのだ。
「わふん!」
「どわっぷぁあ!?」
扉を開放した途端、クロがダッシュで美里へ飛びつき顔じゅうをベロンベロンに舐めあげる。
「ご主人様、おはようございます。」
可視化状態の1号が一行を迎える。まるでラヘイネンペラヘ専属執事の様である。
「1号、お初にお目にかかります、オリガと申します、本日はロリガに変わり未熟ながら御主人様の警護をさせていただきます」
「オリガ...ロリガ...」
1号が呟き、貼り付けたような笑顔が一瞬引きつるのを見た、やばい!1号の名前を考えるのを失念していたと見お里は背筋を凍らせた。
「オ・リ・ガ・で・す・ね?覚えました、くれぐれもよろしく頼みますよ」
オリガの名前を呼びつつ笑顔は崩さず目だけは美里をロックしていた。
美里は思わず目を泳がせ、ここは突っ込まれる前に早く逃げねばなるまいと判断する。
「よし、時間がないから急いでダンジョンへ向かおう!遅くなるとこ混むしいからね!さあクロ行くぞ!」
と勢いに任せて美里はアジトを飛び出す。
「ソレデハミナサマイッテラッシャイマセ」
笑顔を失い、1号は虚無の表情で美里達を見送ったが、すでに美里は1号の声の届かぬ距離にいた。
◆
迷宮への途中で屋台に寄り、モツパンを買い小腹を満たす。クロにもモツパンを食べさせていると3個では食べ足りなかったのかヘルガが別の屋台の蜂蜜パンを見つめていた為、更に蜂蜜パンを2つ買い与える。
美里はヘルガの北欧系の見た目から、老後の肥大化に不安を感じてしまう。
食事の間、簡単な編成の再確認を行う。クロたち肉体を持つアンデットに食事は不要であるのだが、味を楽しむことが出来るようで皆嬉しそうに食事をはむ。
途中にオリガから迷宮に彷徨う霊体を捕食ても良いかと確認され、ロリガも勝手に食べているし、それが霊体系アンデットの食事になるのであれば問題はないだろうと許可を出した。
霊体は太らないだろうか?
道中、気付くとクロエはクロと仲良くなったのかクロの背中に乗って移動していた。30分ほど歩いたところで中央地区に近いダンジョン区と呼ばれる地区への壁門をくぐる。
区壁を超えるとすぐに迷宮入口を囲む大きな広場に到着する。その広場にはで探索に必要な備品や装備を販売する露店でにぎわっていた。
「あれ?」
「どうしたのヘルガたん」
そこでヘルガがダンジョン入口と思われる場所の正面に陣取った都市軍兵の大部隊をみつけ驚きの声を上げた。
「なにか様子がおかしいですね、もしかすると都市軍の訓練の日に当たってしまったかもしれません」
「あちゃぁ」
クロアが状況を判断する、その声にヘルガがやられたかと言うように手を額に当てた。
見たところ兵隊は500人超は居るだろうか。
「中層訓練は何度か見た事あるけど人が多すぎる気がするね」
「そうですね、武装も通常の訓練よりも多い気がします。まるで戦争前ですね」
「あ~そうかぁ、北の都市跡を攻略するとかって噂あったね」
「死者都市ですか」
ヘルガとクロアには思い当たることがあるようだ。
「でもこれじゃ暫く入れないね~」
「そうですね、でも安全に入れるのでカオル様の初めての探索にはよかったかもしれません」
「たしかに!」
通常であれば、冒険者がダンジョンへ入り始める時間なのだが、訓練時は進軍の後ろから入るのが暗黙のルールらしくクロエの誘導で広場の恥へ陣取り、軍の移動開始を待つことにする。
「もし下層まであの人数が入るなら中層までのモンスターは全滅だね、今日は採取だけになっちゃうかなぁ」
ヘルガは予定変更に難色を示す。
「どうやら領主の御子息の指揮で兵で下層中域まで探索する計画の様です、周囲の冒険者達の会話では、ここ数か月は北の迷宮化した廃都市侵攻の準備で突発の訓練が増えていると噂しております」
「廃都市?それが死者都市?」
「そのようです、既に攻略の地盤固めで北部周辺の探索のため傭兵も募集している様です」
オリガは骸骨死霊達が集めてくれた周辺で待機している冒険者連中の会話を拾い集め、めぼしい情報を美里達へと報告する。
「恐れ入ります、我が権能、軍団祈祷にて魔力隠ぺいを行ってもよろしでしょうか?」
「え?あ!権能か、権能!そんな元も出来るのか。良く解らないけど頼む」
オリガは舞を踊るかのように自らに与えられた権能である軍団祈祷を発動した。
軍団祈祷は美里達と数十の骸骨死霊達へ僅かなエフェクトを発生させていたが、周囲の一部の冒険者達もよくわからない魔法の発動を行い様々なエフェクトが彼方此方で発生しているため目立っていないようである。
「ところで、なにがあったんだ?」
「魔術師らしき物も多くいる様で、魔力感知を我らに向ける者が複数おりました。主様の溢れ出す魔力量がこの周辺にいる者の中でも規格外で衆目を集めたようです、可能な限り感知できにくく配慮させていただきました」
オリガも中々出来る子らしいが今使ってくれた権能、軍団祈祷がなんなのかとても気になった。
「えっと、そのオリガの権能ってどんな性質なの?」
美里的には軍団祈祷なる技能だか魔法だかは生前にプレイしたゲームでも聞いたことが無い特殊さを感じ興味を引く。
オリガは周囲を一瞥し、広場外壁に移動する。他の冒険者からは距離を置き周囲に聞かれぬよう配慮しつつ説明を始めた。
「軍団祈祷は我が主の周囲に配置する眷属の全てに効果を与える魔法と御理解いただくのがわかり易いかと思われます」
オリガは不可視化したまま、声だけでメンバーに伝わる音量で説明を行った。
「マジか、オリガの権能凄いな、魔力隠ぺい意外にもどんなことは出来るの?」
「はい、影響範囲内の眷属へ魔力防御や肉体強化、感知能力強化、精神力強化、傷の回復。主様にわかり易く説明差し上げれば全体強化の様な物で御座います」
「マジ有能...」
「恐れ入ります」
「弱体化とかもあるの?」
「申し訳ございません、そういったものは発言しておりません」
「いやいやいやいや、十分有能だから」
「恐れ入ります」
権能の発動条件ってどうなっているんだろう、召喚時や強化時にイメージを求められることが無かった。これが解明できれば今後の戦力強化がとても捗りそうだと美里は思案する。
「そういえば1号の権能の確認していない...やべえな、1号放置しすぎている気がする」
ちょっぴりと自分の無思慮に背筋を凍らせた。
◆
「しかし、長い待ちになりそうだな、とりあえず都市軍が入るまでは待つしかないのかぁ」
美里に従いパーティーメンバー達は壁際に陣取り軍の移動を待つ、朝が早かったこともあり美里はウトウトしはじめていた。その右肩にはヘルガが隣に座り当然の様に頭をのせてすでにイビキをかいたいた。
クロも美里の足元で丸くなり、その上にはクロエがクロを枕にうつぶせに寝転ぶ、こういうところはまだ子供だなぁと安心する。
「スーハースーハー」
おや?クロエちゃんってばクロのお腹の匂いをかいでる?犬吸い?犬吸いってやつかな?
何となく美里もクロのお腹の臭いを嗅ぎたいと思い動こうとした時、状況が動いた。
「カオル様、ご注意ください、大きな魔力持ちの上級兵士風の者が一人、真っ直ぐにこちらへ向かってきています」
クロアが突然美里の耳に顔を寄せ、小さくそして強い警戒を含ませたの声が発せられる。美里は相手の魔力を感じる能力が乏しく、相手の位置も魔力の大きさも判らない。
頭を動かさずに警戒しているオリガの目線を追い、その方向をふと見れば豪奢な装備を纏う指揮官らしき兵士が一人、美里達へ向かいてきていた。
こっちにくるなと祈るも、その祈りは届かず兵士は美里達の前で足を止める。
「そこの冒険者、真ん中の男。フードを取れ」
女の声だ、しばらくの沈黙のあと声がかかる。このまま寝たふりも厳しいと諦め、美里はフードを取り顔を上げる、もちろん小市民である美里薫は愛想笑いを忘れない。
「ヒュム族か?とても強い魔力を感じたのだが・・・今は隠蔽しているのか。なかなかの技術だな探すのに時間がかかったぞ、魔術師か?」
そこに立っていたのはエルフ族の女性だった、身長は美里と変わらない程でスポーツ選手の様なしっかりとした体格のようだ。古代ローマ風の金属製の軽鎧を着込み、深紅のマントを靡かせている。完全に貴族階級の女である、もしかすると実は男でこの人が領主の御子息なのだろうかなどと頭によぎる。
推測であるが、胸はデカい。
「上位エルフ並みいやそれ以上に魔力を持っているな」
「いいえ、ただの独学の魔法使いです、こっちの2人も普通の冒険者です」
「そっちの黒髪の女と黒髪の娘も冒険者なのか?もしかすると家族で探索をしているのか?黒髪と言う事は南部の氏族だろうか?」
「えっと、はい、そんな感じです。今日がこの都市で初めての迷宮探索でしてぐへへへへ」
何言ってんのかわからないが美里はとりあえず笑って誤魔化す事にした。
「ふむ・・・まあいい。男、名前を聞こう」
何か物凄く言いたいことが有りそうではあったが深堀はされなかった。
「えっと・・カオルといいます」
「カオル、カオル、カオル、うん覚えたぞ」
いや、何か怖いから覚えないでほしい。
「まさかな...」
ちらりとクロを見て険しい顔を作り何か言っている、凄く不安なんですがアンデットとかバレちゃったかなとヒヤヒヤする。
「カオル、貴様が私の感じた程に実力があるならまた会うこともあるだろう、知っているであろうが近く傭兵の募集がある、手柄を挙げれば家族を養うにも安定しよう。小さな娘まで危険な迷宮で働かせずに済むようになる、考えておけ」
どうやらクロアとクロエを見て言っているいるようだ。この街を少し見ただけだが日本人のようにしっかりと黒髪で黒い瞳は見たこともないから確かに家族に見えるのだろう。
物々しい雰囲気を感じて目を覚ましていたヘルガが、なんか家族枠から外され疎外感を覚えたのか遠い目をしていた。恐らく相手が貴族のために突っ込むことを諦めたのだろう。
「姉上、何をしているのです!準備が出来ていると申し上げたでしょう!あのこがまた勝手をする前に早くおいでください!」
速くどっかに言ってくれと祈っていたところに、後ろからこれまた貴族風の女エルフが走り寄り声をかけてきた。
「私はティオドラだ、覚えておけ」
やれやれと妹に承諾の合図をするとエルフの貴族は名乗りを上げ颯爽とマントを翻し、都市軍が整列をしている方へ戻っていく。
小市民にはちょっと息苦しいイベントであった。
何だか超怖かったし、凄く偉そうな人だったし、ちょっと怖かったし、身に着けている鎧やマントを見れば眼前の都市軍の中でもかなり上位の階級にも思えたし、小市民の美里は一気に眠気が飛んでしまっていた。
「ティオドラと言うと都市長の娘、上級貴族の長女ですね」
「クロアさん知ってるの?」
「見るのは初めてです。かなりの手練れの魔法戦士です、確か皇帝の元近衛だとか」
クロアが彼女の名前を知っていた、エルフであった時点で貴族は確定と思われたが、この都市でもかなり上位の人間出しなんなら帝国上層部かもしれんと判明した。
「そだ、クロアさん、相手の魔力量とかって見ただけでわかるんですか?」
「私もこの身になり理解できるようになりましたが、見えるのではなく感じるという表現が正しいと思います」
「俺って結構魔力量が有るのかな?」
「今の女とは比べ物になりません」
「あー人間としては多いって事か・・・ちょっと残念」
クロアは首を傾げ、一瞬不思議な間が開く。そしてしばらく思案のあとハッとした表情を浮かべた。
「うふふ。いえ、カオル様の魔力量が膨大過ぎて彼女よりも遥かに大きいという意味です。水たまりと湖の如き差が御座います。隠蔽してもなおあの者と比肩する程に感じられます。恐らくあの者は広場に入る前にカオル様の存在に気が付いていたと思われます」
「マジ?」
「マジです」
驚きで開いた口が塞がらない。今は進軍前で時間が無かったのか、もしくは正確な量までは認識出来ていなかったのか、深く突っ込まれずに助かったが、彼女にはあまり近づかない方がいいかもしれない。
そしてクロアと仲良く談笑している様子にヘルガの冷たい視線が影を刺す。
しかし、今日は上層の探索を予定していたが、あの人数で下層まで行くなら中層迄のモンスターは粗方一掃されるだろう。危険が減るのであれば予定を変更して軍を追尾して中層で行けるところまで行ってみたいと皆に相談したところあっさりと了承をえる。
オリガから、周囲の冒険者や従軍兵の中には強力な魔法使いと思しき人間が相当数いるようだと報告を受けたが、それらと比べてもティオドラとその妹からは飛びぬけた魔力量であるようだと報告された。
魔力感知に関しては不可視化し権能で気配や魔力を隠蔽されている死霊までは把握出来なかった様子であるが、最新の注意が必要と進言される。しかしそれは美里の魔力量の影響が強く僅かな魔力の気配が消し飛んだだけであったのは知る由もなかった。
間もなくして都市軍の迷宮探索が始まった。




