第15話 異世界で冒険をしよう
015-1-013 (編集版)
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「もう一回聞くがその下水事業っていうのは住んでいる人間のためになるっていうのは判った、だがよぅ金にならないって言うのがわからねえ。なんでそんなことをするんだ?」
美里の提案した新規事業、それは下水設備をこの悪所へ広げるという物であったが説明は美里の思う以上に長引き、昼時を大きく過ぎるまで続いた。
現代知識を基にした事業計画は、エサイアス達にとっては意味不明な物が多く、その内容を理解させるまでに時間がかかった。足し算引き算を習っていない子供に掛け算割り算を解かせるようなものだったのだ。
この都市に存在する文明と現代文明の間には必要な前提としての知識、技術、それらが存在してない、結果だけ知っている美里が現地民の納得できる説明はなかなかに難しいのだ。
まず美里が提示したのは下水設備が完成することで臭いが減り、感染症等の病気が激減するという事であるがエサイアスにとっては金にならない事を何故行うのかという理由である。
彼の言うことももっともである、現代社会でも上下水道というものは公共機関である国や自治体が行うものである。
そこで美里が提示したのが下水、公衆便所、公衆浴場を設置することで悪所の住環境の向上させようと言うのである。
「下水事業そのものはお金にならないんですが、下水設備が整った地域というのは人が集まります、人が集まれば商売の顧客も増えるんです」
「客...」
「下水工事に伴って、道路整備も並行して進める予定です」
「道路...」
「工事の過酷な労働の多くは俺のアンデッドにやらせます」
「ただでか?」
「ただでです」
「ふむ、でそうなるとどうなるってんだ?」
「臭くない街並みと歩きやすい道路ができます」
「ん?うーん、そりゃけっこうなはなしだがよぅ...」
エサイアスとしてはやはり利益の計算が出来ないことには行う意味を見いだせていなかった。
「エサイアスさんは綺麗な娼館と汚い商館はどちらがお好きですか?」
「あ、そういうことか!」
美里の質問にエサイアスはポンと手をたたく。
「ちゃんとした商売ができるな」
「そうですね、1ランク上の商売が可能です」
「臭くねえし街が綺麗なら支払いが高い店が出せる」
エサイアスはラヘイネンペラヘで仕切る事業の利益になる事に気づくと、少し目を輝かせる。
「東区の悪所は都市で一番ガラが悪くてよ、商売するにしても客が来ねえ、いい女がいてもどうしても安く買い叩かれるしかねえんだ、確かに臭くねえトイレに風呂屋まであるならいい客が集まるな」
「俺の故郷にある商売のノウハウも差し上げます、下水設備が完成したら大儲けできますよ」
「ほう、がぜん興味が...いや、街のゴロツキ共はどうすんだ...ってそれが俺らの仕事か」
「ええ、街が綺麗になるだけではダメなんです、そういう治安回復もエサイアスさん達にお願いできればと思っています」
「そっちは問題ないが工事のやり方は旦那が教えるとして残りの問題は金と労働者か?」
「はい、そこで相談なのですが...」
現実的な話に近づいたと理解したエサイアスが実現のために何が必要か直ぐに口にする、なかなか頭が動くゴリラである、事業の核となる部分の話に区切りがついたのは美里の腹時計が鳴った頃であった。
◇
「さて、いまのところ思いつく話はこんなところか、じゃあ資材やら何やらは調べておく」
「そうですね、今はまだ詳細な計画を進めてみます」
「旦那は何でこんなことを考えたんだ?正直、新しく街を作ったほうが早いかもしれねえぞ」
「いや、自分が住む町ですから」
美里も深くは考えていなかった、正直この街が臭いからという単純な理由である。美里としては新しく街を作るほうが面倒なのだ。
「そっか、ヘルガのやつと結婚するんだもんなぁ、規模のデカイ巣作りってやつか」
え?結婚?なにそれ?エサイアスの言葉に一瞬混乱をする。
「ん?旦那はヘルガを嫁に貰うんだろ?」
「え?彼女そんな話までしてるんですか?」
「え?ちげえのか?嫁にとるんだろ?」
外堀が埋まっていく・・・そう感じつつも美里はただハイとだけ答えた。
事業の計画は後日、美里が大筋を纏め次第動き始める事となりその日の話は無事に平和的な解決を迎え、1号を含めた監視のアンデッドを数体残し解散となる。
帰り際には昨晩の事件が起こる前に紹介されていれば、ファミリーの問題も新規事業の話ももっと簡単だったのにと愚痴られてしまうと美里も苦笑いを返すしかない。
アジトを出ると玄関までエサイアスと眷属であるオスク、ティモス、ヘリュ、そして不可視化している1号が見送りに出てくる。
集まっていた人間はさらに増えており、エサイアスの顔ろ凶悪なリビングコープスを見て一様に驚き、多くの人が危険を感じたのだろうか走って逃げだしていた。
そこで美里は足元のクロに気が付く。
悪所では犬を捕まえて食べる者もいる、それは貧しい故の空腹が理由であるが、クロをインスラの外に置いておくとクロを食べようと襲った人間が返り討ちに遭い死体を量産してしまいそうなのである。
エサイアスに頼み、クロもオスク達と一緒にラヘイネンペラヘのアジトの中で住まわせてもらえないか頼むと非常に苦い顔で受け入れてくれた、やさしいゴリラである。
帰り際、1号から適当ではない名づけをお持ちしていますと笑顔で念を押されると、
「ロリガはあるじの側近だからあるじと帰るけど、南極1号はしっかりとざつむにはげめ」
と胸を張って言った物だから物凄く気まずい空気を作ったままで別れる事になった。
◆
美里達がインスラの自室へ戻ったのは腕のスマートウォッチで14:40の表示である、だいぶ長く話していた様だ。
今回の事は精神的にかなり堪えた。デスマーチで25日連続出勤&終電帰宅の時よりも堪えた。
部屋に戻ったタイミングで隣室、ヘルガの部屋からガタリと音がしたと思えばすぐに美里の部屋がノックされる。
「カオル?あたしだけど入っていい?」
美里は物凄く疲れていたが3号へ了承の意志を示すと扉を開けヘルガを招き入れる。
入ってきたヘルガは物凄い泣きそうな顔であった。何故かと問えば、娼婦仲間の1人が朝の人だかりにいたらしく、美里らしき人間がラヘイネンペラヘのアジトに連れ込まれたやら、その時に開いた扉の中に複数の死体が転がっていたやら、物凄い音がしたやらと鳴き声や怒鳴り声がしていた等々とヘルガに伝えていたらしい。
そりゃ不安になるであろう、正直すまんかった。
美里は自分の事で手いっぱいだったため、バレは想定しおらす答えに窮してしまう。
何も言い訳が思いつかず、沈黙が痛いので何か適当な話をでっち上げなければなるまい。
「いや、あそこで仕事紹介してくれるって言われてちょっと話を聞きに行ったみたいな?」
「もう、問題は無いのね?」
「えっと、エサイアスさんとは仲良くなったし心配されるような事は何もないよ」
苦し紛れも過ぎる言い訳をするが、ヘルガは疑いの目で美里を見つめていたのだが追及をするのは我慢してくれたようだった。
ヘルガは本当にいい子だ。
美里は朝から何も食べていなかったため、昨日の広場にご飯を食べに行くと言うと、ヘルガから悪所にも屋台や食堂は幾つかあると教えてくれ、そこへ2人で食べに行こうという話になった。
行きがけにヘルガの部屋で、今朝購入した冒険装備を見せてもらい、中古らしいが短剣と皮鎧と探検用のブーツを見て美里も少しテンションがあがる。
「ちょっと冒険が楽しみだ」
美里の呟きにヘルガもすこし微笑む。
短剣は部屋にも1本あったそうなのだが護身用の短いもので、迷宮戦闘用の物を買ったのだという。
戦闘用ショートソード、ワクワクする。
併せて水筒や採取物を入れるための鞄、その他に小物も買ったらしいがお金が足りたのかを確認するとギリギリ足りたという。
稼いだら返すねと言っていたが、もちろん断るとヘルガはそっと美里に抱き着く。
先ほどエサイアスにも言われた結婚と言う言葉が頭に浮かぶと、もうこれは恋人と言う事で間違いないと心の中に幸せな気持ちが湧きあがる。
昨晩からの不安や恐怖によるストレスが薄らいでいく、人肌はこんなにも心地いいが物なのかと改めて感じた。
美里の美里は少し起き上がるが、いまは食事が先である。
甘い雰囲気を纏いながら、下まで降りると大家と孫が黙々と藁細工を編んでいる。
挨拶を交わすと何故か爺がチラチラと美里を見ていた、もしかしたら今日の話を聞いて少し心配してくれていたのかもしれない。
安心してもらうためにエサイアスと友達になった事を伝えると爺孫揃って目を丸くするのだがそおっくりな表情に血縁だなぁと思い少しだけ笑ってしまう。
それと、ついでにオスクがボスの座を退いてエサイアスが新しいボスになった事を伝えるさらに目を丸くして驚いていたが、何やら物凄く喜んでいた。
どれだけ評判が悪かったんだオスクよ…。
横を見るとヘルガも驚き物凄く喜んでいた。
オスクぇ…。
そこでヘルガの件でオスクを殴り忘れてた事を思い出すが、本物のオスクは既に骨部分だけであると思うと、今のオスクを殴った所で正しいのかは解らない。
外まで出るとヘルガが右手に抱き着くように美里の腕に抱き着いた、慣れていないのもあり照れてしまうが非常に嬉しい。
美里も身長は174cm程あるが、目線から考えるとヘルガの身長は最低180cm以上ある、少しだけ不格好にはなるもののヘルガが幸せそうなので自分も幸せである。
壁沿いを少し歩くと建物と建物の間に1m強の狭い道がある。この都市の建物は基本隣家と壁を共有していて隙間が無い、アムステルダムの運河沿いの建物の様な街並みである。
ヘルガ曰く戦争などで侵略者が入っても建物そのものが2重3重の外壁代わりにする為らしく、このような抜け道は有事に直ぐ塞げるよう狭くなっていると言う。
実際に抜け道の出入り口部分それぞれには背の高い扉がついていた。
裏路地を進むと表と裏の家の間には小さな庭があり中庭は共用の井戸も見える。
ヘルガから、抜け道沿いの庭で商売している家もあると教えてもらえた。
そういった裏店も探すのが楽しそうだ。
都市全体を俯瞰で見てみたい気もするが地図とかは有るのだろうか?やはりこの世界でも軍事的な理由で秘匿情報になってしまうのだろうか?
生前最後におしゃれな街を初めて散策したのを思い出し、異世界の街の散策も楽しいかもしれないと感じていた。
生前ももっと色々見て歩くべきだったと、過ぎた時間に少し後悔も覚えるが、代わりにこの世界を存分に楽しもうと前向きに考える。
なんといっても、この世界にはヘルガと言う恋人が傍に居てくれるのだ、なんの不満もない。
抜け道の抜けた先の道を、また少し歩くとさらに都市内側へ向かう抜け道があり、さらに抜けた先の道沿いにポツリポツリと屋台や売店や食堂等のタベルナが並ぶ東区の平民が集まる商店街に到着した。
昨日の広場とは規模も雰囲気もだいぶ落ちるが、食べ物のみならず様々な屋台もある。
だが残念な事に、一番気になるのは屋台の美味しそうな匂いに紛れて糞尿や腐敗物の臭いも混ざっている事であろう。
やはり下水を含めた衛生環境は早めに取り掛かりたい喫緊の問題である。
免疫力が弱い現代人の美里薫は伝染病等の病原菌が湧けば余裕で死ねると考えている。
慣れ始めてはいるとは言え、この強烈な糞尿や腐敗臭は早く撲滅したい。
今思えば衛生に関して現代日本はは本当に素晴らしかったと思い知る。
そしてヘルガがよく食べるという大家も贔屓の屋台の一つへ到着する。
其処は何かの動物のホルモンを焼く店の様だ、ホルモンは傷みやすく臭いも強いため処理が難しく、現代でも美味しく安全に調理するのはなかなか大変な食材である、この衛生環境の中で食べるのにはかなり勇気がいる。
というか正直結構嫌だ。
そういえば昔同僚が、大阪出張の時に有名なドヤ街のホルモン焼きの屋台へ行った際、その日の夜から腹を壊し数日苦しんだとか言っていたのを思い出してしまった。
味は美味しかったらしいのだが・・・
しかしヘルガは満面の笑みで2人前注文してしまい、ピタパン風のパンに詰めたホルモン焼きが美里の前に差し出される。
既に逃げ場はないのだが、このモツパンの香りは悪くない、初めて嗅ぐ臭いで面白い、正直興味がひかれ思い切って一口ほおばる。
口に広がる香りは香辛料と言うよりは香草に近い、もしかすると下処理の後に殺菌作用の高い香草で作ったタレなんかに付け込んでいるのだろうか?独特の香りだが、その香りに抵抗は感じ無い、いやむしろ美味そうである。
恐る恐る一口目を咀嚼すればトロリとしたソースが口に広がる。
煮込まれたモツは想像していたよりも遥かに固くの弾力がありゴムの様であるが、噛めば旨味を十分に含む脂が口いっぱいに広がる。しっかり焼いているのにジューシーである。
口の中に残る後味はモツ独特の風味が度を過ぎて強く主張する・・・物凄くワイルド感がある、正直言えば不味くはないという評価だがヘルガたんのお気に入りなのであえて消化は口にしない。
ただ価格が安い、大銅貨1枚と言うのだから、コスパは最高である。
昨日の屋台はかなり高級だったようだし、貧富の格差を感じてしまう。
現代日本なら安い店も安いなりにおいしいのだが、そう考えると辛かったデスマ生活も、そういった安くても美味しい店で食べる食事に少なからず救われていたのかしれない。
流石に微妙な顔を察したのか、ヘルガが申し訳なさそうに、流石に昨日のお店と比べるとアレだねと笑っていた。
異世界で生活するのだからこういうのにも慣れなければならないのだろう。
下から覗き込むヘルガの額にコツリと額をつけると、美里はこれからも色々教えてくれとヘルガに頼み笑顔を見せるとヘルガも嬉しそうに承諾する。
「そうだ!冒険についても色々教えてもらわないとだめじゃん!」
美里が思いついたように大きな声を出す。
突然の事にヘルガは笑い出すと通りに冒険装備を売買している店があるらしい。ちゃんと財布はある、しっかりと装備を整えるために食後に装備品を取り扱う店を回る事にした。
食べながら今後の迷宮探索について色々とヘルガから話を聞くことになるのだが、考えて見ればちゃんと冒険の話をするのは初めてである、とうとう美里は己の無知を晒す時が来たのだ。
とは言え、ロリガを含めたアストラル系のアンデッドを多数、不可視化させて同行させる予定のため、戦闘面での安全はしっかり担保されているはずである。
とは言え現代日本には存在していない迷宮に初めて入るのだ、予想出来ない事態も起こりえるため最善を尽くして向かわねばならない。
「俺はこれから冒険者になるんだな」
美里薫 享年36歳、異世界転移して、やっと冒険が始まるのだ。
拙作「のんねく」をお読みいただきありがとうございます。
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