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第9話 月がきれいですね

 朝からレベリングのためモンスターを狩り続けていた俺たちだったが、日が沈み始めた頃には撤収した。

 アニスの家であるログハウスへと帰宅し、夕食を済ませた頃には、森はすっかり暗闇に包まれていた。

 俺とミルはそのまま、昨日同様アニス邸で世話になる運びとなっている。

 

 現在、俺はログハウスから少し歩いた場所……森の中では比較的木々が少なく、小高くなっている丘にいた。

 地面に生える草をクッション代わりにして仰向けになり、満点の星空を眺めている。


 雲一つない空の模様は、俺のよく知るものとはかなり違う。

 三つある月や、地球人の定めた星座を無視した位置に陣取る星々が、ここは異世界なのだと改めて告げてくるかのように、燦然と輝いている。

 さて、俺がこんな夜更けに独りで外にいるのは、何も『星眺めてる俺カッケー』して浸りたいからではない。

 なんとなく、もやもやとした感情が胸の内に渦巻いて落ち着かないせいで、寝付けないからだ。

 ではその感情の正体とはいったい何なのか。

 心当たりがないからこそ、こうしている。

 俺がぼーっとしていると、不意に頭上から声をかけられた。


「……こんな時間に外にいたら、風邪を引いてしまいますよ?」


 見ればすぐ横に、カーディガンを羽織り暖かそうな格好をしたアニスが立っていた。


 ……いつの間に接近されたんだ。

 アニスはまさか、異世界のエルフくの一だったり。いや、ただ俺が気を抜いていただけか。

 俺は自身の無警戒ぶりに呆れながらも、アニスに応じる。


「そういうアニスだって、外に出てきてるじゃないか」

「私はちゃんと厚着しているので大丈夫です。でもユッキーさんは薄着でしょ?」

「なるほど、それはごもっとも」


 一本取られた俺が寝転んだまま肩を竦めると、傍らのアニスが小さく笑った。

 しかしそこで、少し間が開く。

 会話が繋がらず、その場に沈黙が流れる。

 別に俺とアニスの関係が、特段悪いってわけではない。

 ただ俺のほうが一方的に、気まずさのようなものを感じているだけだ。

 気晴らしに俺がまた空を見上げようとしたら、そこにアニスの顔が飛び込んできた。


「今夜は珍しく、月が三つとも見えてて綺麗ですよね」

「うおっ」


 俺はいきなり視界が塗り替わったことに驚いて飛び退き、体を起こす。

 ……この子、ナチュラルに大胆な行動取ってくるな。

 それと発言についても、俺の世界だと月が綺麗ですねってのは婉曲的な愛の告白だったりするんだけど、流石に異世界ではそんなことない……はず。

 柄にもなく、俺が少しだけ胸を高鳴らせていると、アニスが隣に腰を下ろした。


「私、星を見るのが好きなんです」

「まあ、綺麗だしな。それに見てると星空の壮大さみたいなものに圧倒されて、一時的に別世界に飛んでいったような気分になれるというか……」


 まあ俺の場合は本当に元いた場所とは別の世界に来ているんだけど、などと心の中だけで呟いていると。

 アニスが不思議そうに、俺の顔を見つめていた。


「ふふっ……ユッキーさんって案外、ロマンチストなんですね」


 優しげな笑顔とともに、そんなことを言うアニス。 

 ……今のは我ながら、ちょっとキモかったかもしれない。

 相手がアニスだからこうしてマイルドな反応をしてくれるが、これがミルなら散々罵倒される羽目になっていた。

 俺が少し気落ちしていると、おもむろにアニスがくすりと笑った。


「……なんとなくですけど、分かりますよ? でも私にとって、この場所で星を見るのは、それ以上に思い入れ……みたいなものがあって」

「へえ……思い入れって?」

「はい。実は小さい頃はよく、父とここで星を見ていたんです。二人で並んで座りながら……あれはこんな名前の星だよ、なんて教えてもらったりして」


 思い出にふけるアニスの佇まいは、どこか切なげだ。

 白銀の髪が月明かりによって三方から照らされているのも相まって、妖艶さすら纏っているように感じられる。

 つい星ではなく隣に座る少女に見惚れながら曖昧に相槌を打つ俺と、空を仰いで昔を懐かしみ、穏やかな表情を見せるアニス。

 だがやがて、その表情に陰りが射した。


「けど……もうそういう機会もないん、ですよね……」

「アニス……」


 弱々しく呟くアニスの瞳には、涙が浮かんでいた。

 俺はどうしたらいいか分からず、名前を呼ぶ程度しか出来ない。

 ……こんなことなら、学生時代にちょっとくらいは恋愛しておくべきだった。

 ゲームの中だけで経験値を稼いで生きてきたツケが、こんなところで回ってくるとは。

 そうは言っても、ここで黙っているわけにはいかない。

 何かしら、声をかけるべきだろう。

 逡巡の後、俺の頭の中にとある言葉……と言うよりは疑問が浮かんできた。


「本当にこれで」


 良かったのか――と言いかけたところで、アニスの指が俺の口元に当てられて、言いかけた言葉を制された。


「私のレベルは、今日だけで6も上がりました。三日以内にレベル20っていう話も、正直最初は半信半疑だったんですけど……この調子なら夢じゃなさそうです」

「まあ、確かにその通りだけど……」

「……私、本来ならモーグランとの戦いで死んでたはずだったんです。それを偶然会ったユッキーさんに救ってもらっただけじゃなくて、目標のために私を鍛えてくれた。ユッキーさんには、感謝しっぱなしです。おかげで一人前になった姿を父に見せることが出来るんですから」


 俺はそう言うアニスの姿を見て、寝付けなかった理由……もやもやとした感情の正体が、腑に落ちた。

 今まで俺はずっと、アニスとその父について、他にどうにかする方法がないかとか、本当にこんな終わり方でいいのか……なんてことを考え続けていたのだ。

 確かにアニスの父親は不治の病で、死を避けることはできないかもしれない。

 でも残された短い時間を、もっと他のことに活用することだって可能なのではないかと考えていた。

 俺がレベリングしたいからという欲求に付き合わせて、二人の貴重な時間を奪っていたりはしないかと、自らの行いに疑念を抱いていたのだ。


 しかしそれは、間違いだった。

 アニスは本心から、強くなろうとしている。

 レベルなどの身体面だけでなく、心も。

 避けられない別れを前に、ただ嘆くのではなく前に進もうとしているのだ。

 だったら俺に出来るのは、全力でサポートすることだけ。

 これ以上余計なことを考えるのは、お節介だ。

 俺はこれまで以上に全力でアニスのレベリングに臨もうと、彼女を前に決意した。



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