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第36話 待ち受ける淫魔と狙われるSランク冒険者

 裏ボス的存在が待ち受ける最上層に、無警戒で乗り込んでしまった。

 その事実を俺が認識した、その時。


「ったく、うっさいなー……さっきからなんなの?」


 奥の部屋から、煩わしそうな声を発しながら、黒髪の女性が姿を現した。

 きつめな印象の顔立ちをした、二十代後半程の美人だ。

 長身痩躯に黒を基調としたやたら露出の高い服を着ている。背中にはとても女性に扱えるとは思えないサイズの大剣を背負っており、何やらただ者ではない気配を感じさせる。

 間違いない。

 この女性こそが、ミルの言っていた悪魔だ。


「むむ、あのビッチ丸出しな格好に醜悪な気配……あれは悪魔の中でも、サキュバスですね」

「サキュバスって……いわゆる淫魔ってやつか」


 ナチュラルにこき下ろしながら分析するミルに、俺は尋ねる。


「はい。男を虜にし、死ぬまで精力を搾り取る下品で恥ずかしい存在です。性欲の塊であるユッキーは典型的なカモなので気を付けてくださいね」


 ミルはサキュバスのことをボロクソに罵りながら、説明する。

 ついでに俺も馬鹿にされているような気がするが、心外だ。

 ほんのちょっとだけ、男ならそういう死に方も悪くないかも……と考えなかったと言えば嘘になるけど。

 さすがに本気ではない。冗談みたいなものだ、うん。死なない程度なら大歓迎とか、思ったりはしていない。

 などと、俺が心の中で言い訳を重ねていたその時。

 空気が凍り付くような、おぞましい殺気が、その場を支配した。


「それはお前が現在進行形でやっていることでしょ? 清純派装って男を騙してその気にさせる、それが姑息な天使の常套手段だし」


 怒り心頭といった様子のサキュバスが、ミルを睨み付ける。

 ……女ってこわい。

 俺が殺気にビビり、同様に怯えたリナリアが俺の背後まで駆け寄ってくる中、その殺気を直接向けられているはずのミルは、涼しげな顔で笑ってみせた。


「言いがかりはやめてください。私は正真正銘清純派の天使にして美少女です。もっとも、そのかわいらしさを前にした行き遅れの年増が、私に嫉妬したくなる気持ちは少しだけ理解できなくもないです。同情してあげましょう」


 畳みかけるように言いながら、完全に馬鹿にした態度でくすくすと笑うミル。


「行き遅れ……年増……? つーか、ウチがお前相手に嫉妬するとかありえないから!」

「いや、その見た目で『ウチ』とか若作りし過ぎでキツイですよ。最近鏡見てます? 小ジワとか大丈夫ですか?」


 衝撃を受けたようにフリーズした後、すぐに否定するサキュバスだが、ミルは容赦なく相手の気にしていそうなところを追及していく。


「若作りじゃない! シワなんてないし、まだ若いから!」

「何がまだ若いですか。悪魔なんですし、実年齢はその行き遅れた外見から更に歳を取ってるんでしょ?」


 なるほど。

 悪魔だから、見た目は二十代後半程度でも実年齢はもっと高い可能性があるのか。

 それこそ何百とか、人間じゃありえない単位だったりするのかもしれない。

 ……あれ、だとしたら。


「天使であるミルも、見た目と実年齢が一致してないんじゃないか? だったら人のこと言えな――」

「ユッキーはちょっと黙っててください」

「ごえっ!?」


 言い終わる前に、ミルから強烈な腹パンを受けた。

 俺は激痛で腹を押さえながら、その場にうずくまる。

 ……どうやら触れてはいけない禁忌だったらしい。


「……この際、年齢の話は置いておくとして。どうしてサキュバス風情がこんな男っ気のないダンジョンに引きこもってるんです? もしかして、男を誑し込むことしか取り柄のない己の生態のはしたなさを恥じているんですか?」

「はっ! 低能な天使には、その程度のことを推理する思考力もないってわけ?」


 質問しつつも煽り続けるミルだったが、サキュバスは動じることなく笑い飛ばしてみせた。


「そういうことなら特別に教えてあげる。いい? このウチは……」

「いや良くないですから。股間で物を考える悪魔の分際で、私の天才的な脳みそに物申すとか生意気です」


 ミルは不敵な笑みを浮かべながら腕を組み、何かを宣言しようとしたサキュバスに、茶々を入れる。

 ……今更だけど、こいつ煽り耐性低すぎだろ。


「……いい? このウチは、魔王様とともにブラックな悪魔の職場を脱走し、そのまま現在もつき従う、四天王の一人」


 痛みが引いた俺が立ち上がる中、サキュバスはミルの茶々を無視して自分語りを始めた。

 どうやら気にしている年齢に関すること以外は、噛み付かれてもスルーできる程度の忍耐力があるらしい。


「近頃、驚異的な速度でSランクまで出世した冒険者がこの辺りの街にいるって聞いたから、様子見のためにここで拠点を構えていたってわけ。ダンジョンに異常があったら、調査するためにその内向こうから来て、自力でこの階層まで登ってくるでしょ? つまりウチがここにいるのは、その冒険者が本当に強いか確かめる試練みたいなものってと」


 ……あ、それ俺のことだ。

 しかも相手の術中にハマってるっぽい。

 もしかして俺、魔王に目を付けられてるのか?

 そんな悪事を働いた覚えはないんだけどな。

 いや、魔王が相手なら向こうが悪者だから、良いことをしたらアウトなのか。

 だとしても、特別何か良いことをした覚えもないんだけど。

 とにかく、この状況はまずい。


「ち、ちなみに、それは様子見だけなのか? 何か他に目的があったりとかは……」

「魔王様にとって脅威になりうるなら早めに芽を摘み、利用できそうなら傀儡にするのが目的ね。その辺の判断も含めて任されてるけど……目当ての冒険者は男らしいから、ウチが適任ってわけ」


 命の危険を感じながら恐る恐る尋ねる俺に、サキュバスは妖艶な笑みを向けてくる。

 ミルは年増とか言ってるけど、俺的には普通にまだまだ行けるな……。

 雰囲気に飲まれた俺がなんとなくそんなことを考えていると、足を思い切り踏まれた。


「痛って!?」

「ちょっとユッキー、何デレデレしてるんですか。あんなのと会話してたら骨の髄まで犯されますよ」 


 不機嫌そうなミルが、俺の足に踵を乗せてぐりぐりと押し付けてくる。

 骨の髄までとかどんな状況だよとか思わなくもないが、今はそれどころではない。

 俺と同程度のレベルがあったドラゴンをあっさり倒す力を持った魔王の幹部、四天王。

 そんな超強い存在が実は俺を待ち受けていて、場合によっては殺そうとしている。

 もし本気でそうなったら、多分俺は瞬殺されるだろう。

 幸いまだ俺が目当てのSランク冒険者だとは勘付いていないようだが、それも時間の問題。

 ならば、この状況で取るべき最善の選択肢は。


「……逃げるに限る!」


 俺は踏みつけてくるミルの足を払いのけ、サキュバスに背を向けると、下の階へと続く階段を目掛けて走り出した!


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