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第19話 猫耳魔法剣士(かわいい)

「おお……」


 突如リナリアから出現した桜色の猫耳と尻尾を目の当たりにして、俺は驚嘆する。

 ……なんだあの、ふさふさもふもふした物体は。

 正直めちゃくちゃ触ってみたいとか思っていると、目を輝かせて立ち上がったミルが、一足先にリナリアの猫耳に手を伸ばした。


「いやー、実は私こういうの大好きなんですよねえ。このふわふわした毛並みの撫で心地、たまりませんよー」

「わっ、ちょっ……!?」


 無許可かつ無遠慮に、リナリアを撫で回して感触を楽しむミル。

 一方のリナリアは困惑した様子で、されるがままに身を捩らせている。


「よし、俺も……」

「何考えてるんですかユッキー、駄目に決まってるでしょ。これは同姓である私だけの特権です」

「くっ、自分だけ卑怯だぞミル!」


 ソファから腰を浮かせたところでミルに牽制され、俺は地団駄を踏んで悔しがる。

 そんな俺の魂の叫びをミルは軽く流して、リナリアをぺたぺたと触り続けながら問いかけた。


「哀れなユッキーは放っておくとして……耳と尻尾はあっても顔や肌は人間そのものってことは、もしやリナリアちゃんって人間とケットシーの混血なんです?」

「あ、うん。そうなんだけど……出来れば手を放してくれると嬉しいかなって」

「それは難しい相談ですね、ええ非常に困難です……ふぅ」

「そ、そうなの……? あぅ」


 中断するどころかより密着して悦に入ったような吐息を漏らすミルに対し、リナリアは大した抵抗もせずに弱々しい声をあげるだけ。

 どうやら耳や尻尾が弱点なのか、力が入らないらしい。


「はい、そうなんです。でも混血って、この世界だと色々大変じゃありません? あ、だから魔法で擬態してたわけですか」

「うん。この魔法も、人間ばかりの世間で混血の私が上手く渡っていく方法も、セスナが……あの子が……教えてくれたの……んんっ」

「あの子って……勇者さんですか。もしかしてそのセスナって勇者さんも混血だったり? むふふ」


 何かを我慢するかのように身を小さく縮こめていくリナリアと、下衆な本性を隠し切れていないミル。


 ……これでよく人のことを性獣とか言えたもんだな、こいつ。

 机を挟んだ向こう側で繰り広げられる二人の絡み合いを食い入るように見つめながら、俺もあっち側に行きたかったと羨んでいる間にも、リナリアに異変が生じた。

 徐々に息が荒く、艶っぽいものへと移ろぎ始めたのだ。言葉も、途切れ途切れになる。


「違うよ? あの子は……純粋な人間だけど、混血の私にも……分け隔てなく接してくれるの。むしろ、普通より、優しいくらいなの……あっ、やめっ……」

「へえ……流石は勇者に選ばれるだけあって、人格者なんですねえ。うひょひょ」

「う、うん。すっごく……いい子、なんだよ? も、もうだめっ……ほんとに、ひゃっ!? ふぁ、うぅ……」


 ついに限界に達したのか、何かが事切れたような切ない悲鳴を漏らした後、リナリアはミルの手を抜けてその場にへたり込んだ。




 ミルの頭に一発拳骨を与えた上で、リナリアを隔離した。

 ……と言っても、ミルの隣から俺の隣に移ってもらっただけに過ぎないが。

 ともあれ口だけじゃなく行動も残念な天使の手の届く範囲から、リナリアをしっかりと遠ざけた上で、仕切り直しとなった。


「ありゃ……リナリアちゃん、剣士志望なんですか?」


 そう言ったのは「私は剣士として勇者の仲間になりたい」とのリナリアの台詞を受け、訝しんでいるミルだ。

 金髪の下で頭頂部が微妙に腫れ上がっているのは、まあ気にする必要はない。


「だめ、かな……?」

「いや駄目ではないですけど……なんで剣士なのかなって思いまして」


 ミルの言いたいことは俺も分かる。


 まずリナリアは、小柄だ。

 体格で勝る男や狂暴なモンスターを相手に、剣士として近接戦闘で力比べとなると、やはり不向きだろう。

 例えどれだけ技量が高かったとしても、限界はある。

 それに剣術などの戦闘系スキルを鍛えている者と戦えば、その技量においてすら上回れないのがこの世界の法則だ。

 よって自分にとって適性の高い技を磨き、少しでもレベルを上げるのが強者となるための近道。

 無論、適当にふらふら冒険者をやっている程度の奴なら、思い思いの拘りや矜持に殉じて生きるのも一つの道かもしれない。

 だが、リナリアの場合は違う。

 実態が脱サラした下っ端悪魔とは言え、この世界の人々にとっては悪の象徴とされている恐ろしい存在である魔王を倒す一行に加わりたいという、明確かつ身の丈を優に上回る程に高い目標を抱いている。

 だったら妙なこだわりは捨てて、強くなるための最短ルートをひた走るべきだ。

 何よりリナリアには、その才能がある。

 リナリアは火属性魔法のスキルを有していて、熟練度もそこそこ高い。

 だったら魔法使いとしての道を極めるのが最適解なのは、自明の理。

 この世界に転生してそう長くない俺ですら分かるセオリーを、リナリアが理解していないはずもない。

 なのに何故、リナリアはあえて剣士を志すのか。

 その辺りの質問を、俺の方からしてみると。

 リナリアは力なく笑った。


「あの子の傍にはね……既に私なんか目じゃないくらい優秀な魔法使いがいるから、今度の試験では後衛職は募集してないの」

「勇者がリナリアの幼馴染ってなら、多少なりとも融通効いたりしないのか?」

「魔王を倒すのは大事な使命……コネなんかで一緒に行くわけにはいかないでしょ?」


 俺の思い付きに、リナリアは正論で答えた。


「そりゃそうだが……スキルゲーなこの世界でちっちゃいリナリアが前衛職とか……」


 言っちゃ悪いが向いてないにも程がある、と口にしようとしたその瞬間。

 俺の中に、ある閃きが舞い降りてきた。


「待て、よく考えたらあるぞ。リナリアのスキルを活かしつつ、勇者側のニーズに答えて前衛職を務める方法」

「えっ、そんな方法あるの?」


 興味津々とばかりにこちらを見つめてくるリナリアに、俺は頷く。


「ああ、あるとも。剣士をやらなくちゃいけないけど得意なのは魔法……だったらどっちも鍛えて魔法剣士になればいいじゃない!」

「おー」


 声高に唱える俺に対し、驚いているのか呆れているのか分からない、曖昧な声を出すリナリア。

 一方のミルは、俺の意見を鼻で笑った。


「ふん。口で言うのは簡単ですが……実際問題可能なんですか、それ」

「元々魔法は得意なんだし、現時点でレベル17なら基礎も出来てるはずだ。ひたすら実戦経験を積んでいけば、多分なんとかなるだろう。俺の経験値アップスキルのおかげでレベルはぐいぐい上がるだろうから……あとはそっち方面でアドバンテージを得てゴリ押せばいい」

「レベルを上げて物理で殴るってやつですか、ユッキーの業界的に言うと」

「ああ、そんなところだ。二週間……いや王都って所に行く時間とかも計算に入れたら実質十日くらいか? どっちにせよ、レベル的には余裕で大陸中から集まる腕自慢ってのとも渡り合えるようになるだろ?」

「うーん……そうだといいですけどねえ。ま、そこは本人の頑張り次第ですか」


 ミルは若干歯切れの悪いことを言いながらも、リナリアの方へ視線を移ろわせる。

 と、リナリアは俺たちの話を聞いて、瞳の奥をすっかりやる気で燃やしていた。


「私、頑張るねっ!」

「じゃあ、決まりだな。レベリングのプロであるこの俺が、十日間で可能な限りリナリアのレベルを上げ、猫耳魔法剣士として一流に育て上げてやる!」

「うん、よろしくねユッキー!」


 モチベたっぷりの俺とリナリアは、声とともにぱちーんとハイタッチを交わした。



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