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第14話 ただレベリングがしたいだけ(スカートの中身は見たい)

 冒険者ギルドとは、ざっくり言えば管理者であり、互助組織だ。

 基本的に無謀な馬鹿である冒険者の手綱を握って、ある程度行動を制限してくる。

 その代わりにそれぞれの実力に見合った依頼を紹介することで、個人でやりくりしようとすればなかなか安定しない収入を補ってくれる。

 また、曖昧な身分をある程度保障してくれたりもする。

 その一連の流れを円滑にするため、ギルドは冒険者を実績に応じたFからSまでのランクに区分けしており、そのランクに応じて受けられる依頼の難易度が変わる。

 という、まあ異世界ものとかゲームとかだとぶっちゃけよくある仕組みになっている。


 ランク付けにレベルは関係なく、最初は誰でも一番下のFからスタート。

 依頼をこなした回数と成功率、遂行時のケガの状況などで厳正に昇降が決定されるので、大体の冒険者はいずれ適正のランクに落ち着く。 

 そんな組織に、この度俺も加入したわけだが……レベル300とは言え、最初はFランクだ。

 低難度の依頼しか受けられなかった。

 そして簡単な依頼ともなれば、必然的に報酬も低額になるわけだが、ギルドの依頼は同時に複数……いくつでも受注することが可能となっている。

 よってなるべく早くまとまった金が欲しかった俺は、受けられる依頼をありったけ受注しては纏めて片付けてを繰り返していった。

 おかげで冒険者としてのランクもぐいぐいと上がっていき、遂には最大のSランクまで昇格。

 それに合わせて段々と高難度高報酬の依頼を請け負えるようになっていったので、ついでに大量の金銭ゴールドを獲得。

 ……途中から、目的と手段が入れ替わっていたような気もしたが、仕方がない。


 だってランク上げ、めちゃくちゃ楽しかったし。

 あれは、久々の爽快感だった。

 気持ち良すぎて、Sランクに上り詰めるまで三日しか掛からなかったくらいだ。

 でも、その楽しかった日々ももう終わり。

 俺の物語はこれで幕を――


「そうは問屋もとい天使が卸しませんよユッキー! まだ世界とか救ったりして徳を積んでないじゃないですか!」

「いやでも、ギルドの依頼なら相当こなしたはずだぞ。あれじゃだめなのか?」

「あれはあくまで、ユッキーが個人的な快楽と利益を追求してただけじゃないですか! それを徳を積んだと主張するとか、図々しいにも程があります!」

「まあ、言われてみれば……」


 穏やかな満足感に包まれていた俺に、ミルが食って掛かってきた。

 こいつに落ち着きがないのはまあいつものことだから置いておくとして。

 個人的な快楽がどうのと言うなら、アニスの件だって俺のレベリング欲が行動理由だったけど、あれは徳を積んだことになっていたはずだ。

 その辺りの違いはどこにあるんだろうかと首を捻っていると、肘掛け椅子に座ってまったりくつろいでいた俺の両肩をミルが掴み、揺さぶってきた。


「ともかく! 私が大天使に出世するまで、ユッキーの物語は終わりませんからねっ!」

「ええ……じゃあ冒険者ギルド一回辞めてから入り直したら、ランクリセットできたりする?」

「何また不毛なランク上げに勤しもうとしてるんですか! そもそも冒険者のランクは実績で決まるので、Sランク昇格直後に辞めて入り直したところでまたSランクです!」

「理不尽すぎるだろ……」

「どこが理不尽ですか!? それよりほら、当初の目的に戻ってくださいユッキー! せっかく買った夢のマイホーム、何のために使うか忘れたんですか?」 

「何のためって、そりゃあ……」


 一定の快感を得たおかげでやる気ゼロになっている俺に、やたら発破を掛けようとしてくるミル。

 ところで俺たちは現在、森を出て以来居着いているこの地方都市ロンドラルの一角にある、とある一軒家……そのリビングにいる。

 この家は、ここ数日で荒稼ぎした金で俺が購入したもので、中古ながら二階建てに庭付きとそこそこ立派な構えだ。

 古びた内装のリフォームまではまだ手が回っておらず家具もまばらで揃っていないが、住み心地は悪くない。 

 ではミルの言う、俺がこの家を手に入れた目的。

 それは、ここで商売をするためだ。

 実は少し前……アニスと別れる際、この街を訪れようと言い出した段階から考えていたことがある。

 アニスの時のようなハイペースなレベリングが、この世界においては俺の経験値アップスキルと、ミルの情報との組み合わせによってのみもたらされる唯一無二のものならば、それは他人を惹きつける魅力としては十分すぎる価値を持っているのではないかと。

 故に俺は、超ハイペースなレベリングの手伝いをします、なんて謳い文句のサービス業を立ち上げることにした。

 別に俺は金が欲しいわけではない。

 金なら、ギルドで適当にSランクの依頼をこなしていた方が実入りがいい。

 代わりに俺が対価として要求するのは、レベリングという行為そのもの。

 あなたの目標レベルに短期間で到達させてあげるから、俺の欲求を満たしてくれという話だ。

 ……そんな構想を思い返していたら、無性にレベリング欲が沸き上がってきた。

 アニスのレベルが上がっていく様を間近で見ていた時の、あの喜び、快感。

 あれはそう、自分自身のレベルやランクを上げるのとはまた違った、掛けがえのない何かを得られた気がする。

 あの感覚を、もっと味わいたい。

 そう思った俺は、もう止まらなかった。


「よし、俺はレベリングをするぞ! ランク上げなんて妥協で済ませてたまるか!」

「そうですその意気ですよユッキー!」


 俺とミルは気合たっぷりに、おーっと拳を天井目がけて突き上げる。 

 こうして俺の、レベリングサポート業者としての異世界生活が幕を開けた。




 二週間後。

 一階部分を事務所風に改装して設えた店舗では、閑古鳥が鳴いている。

 これまで俺が請け負った案件はゼロ。

 つまりこの二週間、俺は特に何もせず過ごしてきたのだ。

 ミルとかいう見てくれだけは美少女の天使と一つ屋根の下で暮らしたりはしていたが、別に何事も起きなかったし。

 エロゲーのようなイチャラブイベントは当然のことながら。

 その逆。大喧嘩したり、本気で対立したりするようなこともなかった。

 まあ、軽口の応酬なら日常茶飯事だったけど。

 ともあれ俺とミルは、ただだらだらするだけの怠惰な日々を、まるで熟年夫婦のように――いや待て。この表現には語弊がありすぎる。

 どうしてそんな言い回しを選んだんだ、俺。

 ……何はともあれ、頭の中で一人回想をしてしまうくらいには暇なのだ今の俺は。


「おかしい、どうして誰も来ないんだ……ライ○ップの異世界版みたいな感覚で、もっと客が押し寄せると思ったのに。ここ、大通りのど真ん中だぞ? この糞面白くもない田舎の地方都市じゃ一等地だ一等地」


 事務所のデスクにだらしなく頬を張り付け半身を投げ出しながら、愚痴を零す俺。

 すると肘掛け椅子をゆらゆらと前後させていたミルが、気だるげに応じた。


「まあ、何の広告も打ってないですし……それと一応、ちらほらと人は来てましたよね? 全部ユッキーが追い返しただけで」

「だって、むっさい男のレベル上げとかして何が楽しいわけ? ゲームでもほら、硬派気取ってんのか受け狙いなのか知らないけど男アバター選択してる奴いるじゃん? あれ、正直意味分からんわ。普通美少女一択だろ」 

「いや、性獣であるユッキーの基準を一般論として持ち出されたところで、かけらも共感できませんから」

「いやいや。今時のMMORPGの多くはアクション要素があって、キャラが派手に躍動したりするわけ。そして視点は大体三人称。つまり男アバターを選べば汚い男のケツが跳ね回る惨劇を、女アバターを選べばかわいい女の子のスカートの中身が見えそうで見えないもどかしさを味わえるわけだ。な、この差は歴然だろ?」

「……熱く語ってるところ悪いですけど、やっぱり微塵も共感できません」


 椅子を揺れ動かす行為すら億劫になったのか、無気力そうに背もたれに身を預けるミル。

 俺はそんなミルに、頭だけ持ち上げて憐れみの視線を送った。


「えー……最早それ心の病気だろ。天使って保険とか効くの?」

「なんですかその同情的な眼差しは! それ本来私がユッキーに対して向けるものですからねっ!」 

「はっ、まったくこれだからミルは」

「間違っているのは私ではなくユッキーなのは火を見るよりも明らかなのに、何ですかこの敗北感は!」


 呆れて首を左右に振る俺と、釈然としない表情で喚くミル。

 しかしすぐに矛を納め、息を整えると、ミルは俺に問いを投げかけてきた。


「……ともかくユッキーはこの二週間にここを訪ねてきた男性方ではなく、女性のレベリングがしたいと」

「ああそうだ……とは言え女なら誰でもいいわけじゃないぞ? 俺はそんな不誠実な男じゃないからな?」


 俺がさっと上半身を起こし、居住まいを正して主張する。

 ミルは怪訝そうにしながらも、釣られるかのように姿勢を改めた。


「何の確認ですか……まあユッキーなりにしょうもないこだわりがあるというのは、何となく伝わってますけど」

「おお、そうか。実は俺がレベリングしたいのはギルドにいるようなアマゾネスとかプロレスラーとかゴリラみたいな連中じゃなくてだな……もうちょっとかわいらしくて初々しい感じの、守ってあげたくなるような子が理想なんだよ」

「うわあ……臆面もなくそういうこと言えちゃう辺り、本気でキモいですよユッキーって。いい加減自覚持ってください」

「うるさい! せっかく無駄に高レベル高ステータスで異世界転生したんだから、願望くらい高く持ったっていいだろ!」

「そうは言いますがユッキー……一等地にあって割と物凄い売り文句を掲げてるこの店にお客さんが滅多に寄り付かない理由、分かります?」

「……分からん。どうしてだ?」


 一転して真顔で質問してくるミルに、流石に少し興味が沸いてきた俺は尋ね返す。


「ものすごーく、うさん臭いからです。短期間、なおかつ無料で目標のレベルまで引き上げますって、普通の人間なら真に受けませんって。この世界の住民はみんな、レベルを上げることの難しさを嫌というほど思い知らされてますからね」

「じゃあこれまでに来た数人の男どもはあれか、よっぽどのバカってことか」

「まあ、そうなります。彼らにとって不幸中の幸いだったのは、ユッキーが詐欺師ではなかったことくらいでしょう。普通なら、あっさり騙くらかされてこってり財産を絞られ、挙句の果てには素寒貧ですよ」

「奴らが見てくれだけじゃなく頭まで冴えない男たちだったってのは分かったが、そんなことはどうでもいい。結局俺が客を……美少女の客を取るにはどうしたらいいんだ?」

「さあ? 強いて言うなら、こっちから営業かけに行くとかじゃないですかね?」

「なるほど一理あるな。出身がニートだから、外に出て何かするって発想がなかったわ」

「その残念すぎる思考回路は流石に冗談きついですよユッキー」

「え、何。俺冗談みたいなこと言ったの?」

「ええ……」


 首を傾げる俺に対し、ミルは引き攣った苦笑を浮かべている。

 ……あっ、これ。何かよく分からないけど社会に適合できてない感じのやつだ。 

 などと俺が察した頃にはもう時既に遅し。

 一度した発言は、取り消すことなど出来ない。

 あ、でも今更発言一つでミルの中にある俺に対するイメージが覆るとかなさそうだな。

 まったくもって不本意ながら、こいつは元より俺のことを、世の中の常識を知らないまま引き籠っていた性欲だけは一人前の汚物と思っている節がある……と自分で分析していて胸が苦しくなってきたので、俺は気持ちを切り替えて立ち上がる。


「ま、まあ何でもいい。じゃあ出かけるか!」

「おっ。悩める女の子をころっと引っ掛けて、ユッキーの欲望のはけ口にするわけですね?」

「語弊のある言い方はやめろ。俺はただレベリングがしたいだけだ。やましいことは何もない」

「女の子限定だとか言っちゃう辺り、それも怪しいですけどねえ。おまけにスカートの中身がどうのとか熱弁してましたし」

「う、うるさい! とにかく行くぞ!」


 そんなやり取りを経て、俺は二週間ぶりに外界へと足を踏み出した。


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