4話 蚊帳の外のエリザベート
周りの大人たちは少し様子をみて、王太子の熱が冷めないのであればその娘を側妃とする方向で考えていた。王妃をエリザベートから移すなんて頭は端からなかった。
当時の王太子が取り返しのつかない行動に出たのは、大人たちのこの考えがいけなったのかもしれない。エリザベートに相談することなど以ての外だが、だからと言って大人にはとても相談できる雰囲気でもなかった。従って、問題を起こした二人は考えに考えたのだろう。どうすれば思い合う二人が正しく結ばれるかを。だが、考えに考えたのは自分たちの将来のことだけで、エリザベートの未来などこれっぽっちも興味がなかった。だからなのか、二人はあろう事か国王主催の夜会にて冤罪をでっち上げた。
確かに幼少期は王太子として浅慮な行動は多々見られたが、近頃では王になる資質が高まってきていた。エリザベートの支えは勿論だが、王太子自身の意識が向上してのことであると誰もが思っていた矢先である。
当然、王も王妃も寝耳に水で真っ青になり、当事者三人をすぐさま回収すると王の私的な部屋に連れ込んだ。騒ぎを聞いたクワン公爵夫妻も何事かと駆け込む。そこからの応酬は激しかった。
平謝りの王と王妃を前に一歩も譲らないクワン公爵。この国を出ていくとまで言い出した公爵の言葉に、事態の大きさを感じた原因の二人は慌てた。
「公爵、このような事をした私が言える立場でないのは重々承知だが、それは思いとどまってほしい。この通りだ」
王太子デューンは頭を下げた。王族の中でも最も序列が上の者が頭を下げる事はまずない。だがクワン公爵はそれを胡散臭い目で物ともしなかった。
「王族からの婚約破棄となれば国内で我が子を娶る者はもういないでしょう。であれば他国に渡るのも手」
本当にお前が言う事ではないと明らかに口を歪ませる。こちらがどれだけ断っても、王命まで出し婚約させたというのにこの始末。どう落とし前をつけるのだとカッカしたクワン公爵の怒りは収まらない。
そもそもこの王太子とその相手は全く悪いと思っていない。エリザベートならば冤罪など払いのけられる、それだけの人望がある、との前提でこのような茶番を打ったらしい。
呆れてものが言えない。
そんな者の言葉など糞喰らえだ。
「私が王太子を退くと言ってもだめだろうか」
「な、なにを!」
それに慌てたのはクワン公爵ではなく、国王夫妻。子はデューンだけなのだからその息子が継承権を辞するとなればそれは慌てるだろう。
「では次代の国王は如何されるおつもりで?」
「順にいけば叔父上なのだろうが継承がいつになるかわからないので、従兄弟にあたるリンデルが妥当かと」
「して、それが我が家となんの関係が?」
「私はこのように王位につくに足りない人間だ。しかしリンデルは私より優秀だ。エリザベートはそのままに、リンデルを立太子させ王太子との婚約はそのまま継続はどうだろう」
クワン公爵は最早怒りを通り越した。
破棄はせずスライドさせようとのことらしい。
「それは出来かねます。先ずは王家の有責で婚約破棄の話に片を付けましょう」
「ま、まてそうしたら、もう、王家とは縁を結ぶ気はないのだろう」
自分たちの事しか考えないこいつらは、本当に国の頂点に君臨するに相応しい者たちなのだろうか。
「陛下、お言葉ですが、今この場にリンデル殿下はおりません。リンデル殿下の父親で、継承権第二位の王弟殿下に継承の飛び越しも説明されておりません。その状態で婚約云々を言っても埒があきません。現行の書面では王太子と王妃候補による共の取り組みも入っています。既に終わっているその教育をまたこの子に一からやらせる気でしょうか。どちらにせよ一旦白紙にしなければ話は進みませんよ。それよりもデューン殿下をこのままにそちらのお嬢さんを王妃に迎えるのが良いかと。エリザベートはどうだ?」
「……はい、私もそれが一番良いことかと。正直今は、……ショックが大きすぎて何もできません」
表情が抜け落ち淡々と話すエリザベートに、今更ながらに息を呑む四人。全ての話の中心はエリザベートだというのに、そのエリザベートを置いてきぼりに話が進んでいたことに気づいたのだろう。
エリザベートの背に手を当てていたクワン公爵夫人が口を開いた。
「エリザベートはこのようにショックを受けております。破棄がお嫌でしたら解消でも構いません」
王家の体面を慮って解消で手を打つと言っているというのに、呆然とするエリザベートを見てもデューンはおろか国王も王妃も口を開かない。
保身のことしか頭にないのか、謝罪もなければ気遣いも見せない。
デューンは頭を下げたが、それは公爵に対して。
どうやらエリザベートのことは下に見ており気遣いすら無用な者との認識なのだろう。
「それともまだ、娘を物として扱い王命で縛り付けるのでしょうか」
どれだけこの子を蔑ろにしたら気が済むのでしょう。
こんな者たちのとこへ嫁いだら王妃として使いつぶされてしまう。
「お答えいただけないのであれば、こちらとしても話すことはございません」
依然、貝のように口を閉ざす王族三人を前に、クワン公爵は妻と娘の背に手を添えて席を立ち口を開いた。
「では、話が進まないようなので我々はこれで失礼いたします」
この時即座に婚約解消をしておけば何かがかわっていただろうかと、国王は後悔する事になる。