3話 堂々巡りと押し問答
「子を成すために必要な器官、……子袋が損傷しております」
国王のリンデルはじめ、宰相、先の国王夫妻、御殿医、侍女長が集まりミザリーからの報告を聞いている。その後ろにはその場を処理した近衛などが説明の為に待機している。
「なっ、なんと、どういう事だ。子は、子が成せぬという事か?」
「それは今の段階ではなんとも。あまりにも損傷が激しいので未だ完全に止血に至っておらず、きちんと診ることもできません。とりあえずは傷が塞がり、痛みが取れる頃、日を改めて診ない事には今後の事は口にはできません」
「なんということだ……」
「なんということだ、じゃないでしょう! あなた自分のしでかしたことがわかっているの!」
先王妃が立場を忘れたかのように、ただの口うるさい伯母としてリンデルに詰め寄る。
「いや俺じゃない。エリザベートに暴力なんて!」
「では、誰だと言うのです!」
「そ、それは、」
「貴方以外にあの部屋に入れる者はいないし、実際入った者はいないと言うじゃありませんか!」
「だが本当に俺じゃない!」
「では、もしエリザベートが間もなく懐妊してもあなたの子ではないと?」
「いや、それは俺の子だ。だが本当に俺じゃない!」
「言っていることがちぐはぐです! いい加減にしなさい!」
「一度話を整理しましょう。そこのあなた所属と名前を」
宰相が、伯母と甥の口喧嘩を遮る。
指名された騎士は控えていた場所から一歩踏み出しキビキビと話した。
「では君が目にした事をそのまま話してくれ」
「はっ」
折り目正しく敬礼をしたその騎士は近衛の副長で、自身が勤務に就いた前夜から話だした。
「では、やはり王妃と陛下以外の者は出入りしていないのだな」
「はい。朝になり侍女長殿と侍女殿が来るまで誰も通しておりません」
「そして部屋の中にも勿論誰もいなかった」
「はい。間違いありません」
宰相は深いため息をつきながら「まあ、そうだろうな」とそれが当たり前であるかのように溢した。
近隣諸国に加え、友好国や同盟国を招いての三日間続く祝典の警備はこの上なく厳しい。その中でも特に注意がなされていた場所だ。不届き者とてこの日は遠慮するだろう。
周りを固められた状況では、誰がどう見ても王が王妃に乱暴を働いたとしか映らないのだ。
だがリンデルは、俺じゃないの一点張りだ。
状況はリンデルだと語っているが、そのリンデルが違うと言っている。夫婦喧嘩が行き過ぎたというわけではないと言うのならば、事の経緯を明らかにしないわけにはいかない。国母となるはずの腹が傷ついたのだから。だが国王を罰するわけにもいかない。さて困った。そもそも本人が違うと言うのだから不敬罪にもなる。尤もその言い分は誰も信じていないが、事が事だけに落としどころが難しい。
甥と伯母の応酬が続く中、ノックが響き、ロザンヌがヨルニからの言葉を伝える。エリザベートの熱が上がってきたとの報告だった。
「疲れによる一時的なものだと思いたいが、……ここは王宮。念のため人払いを。そしてお分かりかとは思いますが、男性は絶対に近よらないでください」
ミザリーの言葉にますますリンデルへの目が厳しくなった。
──あの子の人生は王家に振り回され翻弄される。
それに加担した宰相は懺悔した。
エリザベートはクワン公爵家の一人娘として生を受け、両親、二人の兄はもちろん使用人にも愛され、教養、気品を身に着け公爵令嬢として申し分なく育ち、王家から望まれ王太子の婚約者になった。
王家から婚約の打診があった当初、クワン公爵は断った。それはそれは凄い勢いで首がもげそうな程振り続けた。何を好んで愛娘に厳しい王妃教育をさせたいと思うか。貴族としての務めは果たさせるから、王族に名を連ねるのだけは勘弁してくれと。
結婚してしまえば、どこに嫁ごうがおいそれと会える機会が少なくなるのは承知している。それでも、王宮に居を構えるよりはましだとクワン公爵は結婚後に会える頻度に口を出すくらいエリザベートを可愛がっていた。だから優に十回は王家からの打診を断った。
それでも最後には、埒が明かないと王命を出されてしまえば、うなだれるように頷くしかなかった。
エリザベートが準王族に決まると宰相は喜んだ。聡明で美しいエリザベートはさぞよい王妃になるだろうと思ったし、兄二人も人格者で、公爵家の後ろ盾も魅力的だ。小さい頃からの頑張りも知っている。正に申し分ない王妃候補だった。
宰相のワグナー伯爵家はクワン公爵家を本家として連なる親類で、頻繁に行き来があるわけではないが、慶事弔事には必ず呼ばれる。だから盛大に開かれるエリザベートの誕生日は毎年招待された。宰相はそこで発表されるエリザベートの「今年の目標」と、達成された「去年の目標」のお披露目を楽しみにしており、どんなに忙しくとも必ず時間を作って駆け付けた。
その目標は年々高度になっていったが、それでもやり遂げるエリザベートは、あどけない笑顔を浮かべながらも、将来誉れ高き淑女となることを予感させた。
そんな頑張りが実を結んだのだという思いで、この時は我が事のように嬉しかった。
しかし、婚約から五年が過ぎたあたりから王太子とエリザベートの距離が離れて行った。そこに恋愛模様は見えなくとも、信頼関係は築かれ、共に同士のような、二人にしか分からない何かは確かに存在しているように見えた。高位貴族にとって愛情は後から芽生えれば御の字で、家を絶やさない事が重要視される。そんな中、二人の在り方は理想的といってもよかった。
幼い時分に共に国の未来を見つめ、市井でのお忍びも問題点を上げ討論する姿は微笑ましく、どちらかと言えばエリザベートは時に暴走する王太子を御す側だったが上手くいっていた。後は愛情が育てばいう事なしという状況だった。
しかし、残念なことに愛情が育ったのは王太子だけで、その愛情が向けられた先はエリザベートではなかった。