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2話 傷ついた王妃


 寝台には、純潔を散らすという言葉では到底及ばない程の夥しい血痕があり、アルコールの匂いも混じる生々しい臭いが鼻を衝く。

 その寝台の中心に、国王であるリンデルが一人で仰向けになっていた。


 侍女長は目を見開き悲鳴を上げそうになった。ロザンヌも眉に深い皺を寄せ同じく手を口に当てた。ふたりは悲鳴を飲み込んだように見える。

 だが彼女たちはすぐさま動く。侍女長は扉向うの近衛を呼び、ロザンヌは見当たらないエリザベートを探す。

 声は聞こえたのだ。この部屋にいるはず。


 近衛騎士が入って来たのと、部屋の隅でカーテンに包まり震えているエリザベートを見つけたのは同時だった。近衛は部屋に入るなりすぐさま柄に手をかけた。

 訓練された騎士が初手でそのような行動を取ったのだ、どれだけ苛烈な光景だったかは想像するに難くない。


 しかし、よく見ればリンデルはいびきをかいており、酒臭い。国王の無事を確認し部屋を入念に調べた近衛騎士は、異常がない事を侍女長に伝えた。そしてロザンヌは侍女長と二人、エリザベートを別室へ移し体を清めた。

 動揺も怒りも一切見せず、丁寧にエリザベートに接するふたりの侍女は何を思うのだろう。


 息せき切って御殿医が駆け付けると、治まりかけたエリザベートの震えがまたも再発する。彼は状況を聞き自分ではダメだと判断し、女医、若しくは王妃の信頼できる医師はいないかとロザンヌに尋ねた。ロザンヌはすぐさま筆を執り、クワン公爵家へ早馬を出すよう伝えた。



 公爵家が抱えているのはミザリーというベテランの医者で、幼きエリザベートが採用した年嵩の女医だ。


「ひめさま、ミミばあですぞ。具合いが悪いそうですな。ああ、可哀相に目が腫れておる。どこか痛いとこはないか?」


 着いて早々にミザリーは幼子をあやすようにエリザベートに声をかけた。

 王妃に対してひめさまとは、通常であれば不敬罪に問われてもおかしくないが、今は聞きなれた声で聞き慣れた呼び方が一番良いと判断しての事だろう。その後ろでは連れてきた弟子が、上着を受け取り白衣へと着替えを手伝っている。その様子は弟子ではなく、祖母に手を貸す孫娘のようにも見える。弟子と言ってもそれくらいの開きがあった。


「ミミ、……来てくれた、のね」

 エリザベートは弱々しい声だが、慣れ親しんだ公爵家の者だとわかると、ホッとしたように口を開いた。


 そこへドンドンドンと強く扉を叩く音が響く。エリザベートがホッとしたのは束の間、勢い良く扉が開くとリンデルが声を荒げ飛び込んできた。


「どういう事だ! 誰がエリザベートにこんなことをした!」

 荒げた声を聞いたからなのか、リンデルの姿を目にしたからなのかエリザベートはまたもや体が震え出した。そしてロザンヌに縋るように身をよじり、リンデルを拒否するようにゆるゆると首を振る。


 何故か怯える様子を見せるエリザベートに「どうした? もう怖くないぞ。ほらおれだよ」リンデルは安心させようとの思いから更に近づく。

 だが一歩リンデルが近づくごとにエリザベートの震えは大きくなり顔が蒼白になる。


 明らかに自分を怖がっている。

 それに気づいたリンデルは立ち竦む。

 生まれた時から王弟の息子で、王位継承第三位と言う中途半端な立ち位置を持ち、遠巻きに煙たがられることはあっても、こんなにあからさまな嫌悪を投げられたことはなかった。


 生まれて初めて拒絶と言うものを直接浴びたリンデルは立ち尽くし、言葉をなくした。初めて受けた拒絶が最愛の王妃だと言うこともあったのかもしれないが、それはそれは大きなショックだったと見える。


 だがこの部屋にも外にもリンデルを労わる者はいない。エリザベートのこの反応を見れば、誰が何をしたのかは一目瞭然だ。誰がなどと、そんな白々しい事。お前しかいないだろうと、ここにいる者は誰も取り合おうとはしなかった。

 侍女長などどの面さげて入って来た、と追い出しにかかる。

「妃殿下は只今心が不安定にございます。今暫くそっとして頂きたく存じます」

 感情のこもっていない声で口早に申し立てて素早く近衛に引き渡した。その様子はさながら罪人の引き渡しのようだ。

 そのタイミングで侍女長は部屋を出た。追ってロザンヌも部屋を出る。そのロザンヌに侍女長は少し目を細めた。


「ロザンヌ、あなたまで出てくることないのよ」

 王妃が公爵家から連れてきた侍女だ。ここは当然ぴっちり付き添うことが予想された。


「いえ、弟子のヨルニも控えておりますし、この場合はミザリーに任せる方がよろしいかと」

 ロザンヌのこのような姿勢を侍女長は気に入っている。自分の立場を鼻にかけず物事の見極めにも優れている。嗅覚が良いと言うのはロザンヌのような者の事を指すのだろう。良い意味で壁を作り慣れ合わない。エリザベートが王妃教育をすると共にロザンヌも王妃付の侍女教育を熟していた。その総仕上げと最終試験を担当したのはこの侍女長だった。


「それにしましても……」

「──ええ、酷い状況だったわね」

 その先は敢えてロザンヌも続けはしない。


 その後、先王が、宰相が、先王妃が、バタバタと順に王妃の私室の控えの間に押しかけたが、侍女長は上手く躱し、ミザリーの診立てが終わり次第説明の場を設けるとして追い返した。



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