雨に濡れて
(…ひどいよ…匠…)
瑞貴は雨がぽつぽつと降り始めている中を傘もささずに泣きながら走っていた。そんな瑞貴をすれ違う人達が怪訝そうに振り返って見送る。
暫く行った所で瑞貴はようやく立ち止まった。そして、制服の袖でぐいと涙を拭うが、その頃には涙は雨と混じってどっちがどっちだか分からなくなっていた。鞄の中をあさると、入れ忘れたのか茶色の折り畳み傘は入っていなかった。
短く舌打ちして、瑞貴はまた走り出す。また通り過ぎる人たちが振り返るが、瑞貴はそれを無視した。とにかく今は何かをしていたかった。何かをすることによって匠の事を忘れたかった。
「どうしたよ、一体?」
濡れながら走ってきた瑞貴を見て、隆士は目を丸くする。
何かを言えば泣き出してしまいそうで、瑞貴は何も答えずにただはあはあと肩で息をしていた。
「…傘、持ってなかったのか」
暫く何かを探るように瑞貴を見つめていた隆士はそう言うと鞄からハンカチを取り出し、瑞貴の顔や髪を拭いていく。
「制服も濡れてるじゃないか。このままじゃ風邪ひくぜ。どっかに…」
瑞貴の姿を見つめていた隆士がそう言いかけた所で瑞貴はびくっとなる。そんな瑞貴に気づいた隆士はふっと自嘲気味に笑った。
「…風邪ひかないうちに帰れよ、今日は」
瑞貴は、胸の痛みを堪えているような、少し寂しげな顔で隆士を見つめる。
「どうしたんだよ、そんな顔しやがって」
笑いながらそう言うと、隆士はぱしぱしと軽く瑞貴の頬を叩いた。
「何してんだ、風邪ひくだろ。早く帰れよ」
「…うん」
目を伏せて頷いた瑞貴は改札へ向かって歩き出す。
「瑞貴」
不意に、隆士が瑞貴を呼び止めた。俯いたまま、瑞貴が振り返る。
「…いや。何でも」
短めの髪をかき上げて隆士はそう言った。
「…うん…」
瑞貴はくるりときびすを返して歩き出す。
(…あの時は、悪かったよ…)
隆士はその後ろ姿を見送りながら、またふっと自嘲気味に笑っていた。