空回りする想い
瑞貴の平手打ちによって凍り付いた空気からようやく醒め始めた教室に残っていた生徒達の内、好奇心に勝てなかった何人かは、祟りを恐れるようにちらちらと匠の方を見ていた。それ以外の者はいたたまれないのか、用を済ませるとそそくさと教室から出ていっている。珠美は前者の方だった。
匠はまるで『呆然』というタイトルの彫像にでもなってしまったかのように、いつまでも立ちつくしている。
(…ヤっバ…もしかしてあたしのせい…?)
立ちつくす匠を見つめ、珠美は罪の意識にさいなまれていた。元はと言えば自分が余計なことを言わなければ…。
(…あの二人が喧嘩するなんて…)
なぜだか珠美は自分の事のように悲しく思えてくる。
「さて、と」
そう言って弘樹が立ち上がり、教室を出て行こうとするのが珠美の目に入った。
「あんたのせいよっ!! この腐れ外道!!」
廊下に出た所で弘樹に追いついた珠美はそう言いながらぽかぽかと弘樹を叩く。弘樹は何のことだか分からないようだ。
「いてて! おい、何すんだよ!」
「あんたがちゃんと日直の仕事しないから瑞貴が喧嘩するんじゃない! 責任取れ!」
ぽかぽかと弘樹を叩きながら珠美は涙ぐんでいた。
「はぁ!? どういう関係があるんだよ!」
「あんたが…」
「止めてくれよ!」
弘樹を叩き続ける珠美を制したのは、匠の鋭い声だった。
「匠君…」
いつの間に来たのか、匠は珠美達のすぐ後ろに来ていた。多分、珠美の声を聞きつけたのだろう。
「…止めてくれよ。別に…何でもないから…」
俯いた匠は暗い声で絞り出すように言う。その右手が強く握られていることに、珠美は気が付いていた。
「…でも…」
何かを言いかけた珠美の肩を弘樹がポン、と叩く。『止めろ』と言う意味だ。
俯いたままふらふらと教室へ戻っていく匠を、珠美は無言で見送る。寂しげなその横顔はまるで泣いているようだった。
「…どうするつもり、腐れ外道」
匠が行ってしまうと、珠美は小声で後ろに立っている弘樹に尋ねる。
だが、弘樹からの返事はなかった。
「ちょっと?」
訝しく思った珠美が振り返ると、そこには誰もいない。ただ、遙か遠くの方を走っていく弘樹の後ろ姿が見えた以外には。
「…あの腐れ外道ーっ!!」
そう叫ぶ珠美の声だけが、廊下に空しく響いていた。