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すれ違うココロ

『あの男の正体、判ったぜ』

 匠はさっきの休み時間に弘樹がそう言ったのを思い出していた。弘樹は無理矢理に匠を購買への買い物に付き合わせ、その道すがらそう切り出したのだ。どうやら、購買への買い物というのはただ匠を教室から連れ出す口実だったらしく、暫く歩いた所で弘樹は立ち止まった。

「き、興味ないよ」

 そう言うと匠はまた歩き始める。

「まあそう言うなって。あの男、どうやら渡瀬の中学の時の先輩らしい。中村隆士、今は大学生らしいな」

 スタスタと早足で歩く匠に追いすがり、耳打ちするように弘樹は言う。

「…で?」

「…それだけだけど。…興味ないんじゃなかったのか?」

 歩きながら先を促す匠に、弘樹が呆れたような声で答えた。

「…無いよ」

 うつむいて呟くように答える匠に、弘樹は大げさに肩をすくめて見せる。

「ウジウジするくらいなら、いっそスパッと言えばいいだろ。『瑞貴、好きだ』って」

「…言ったよ」

 拗ねたように呟く匠。

「この前のアレ、か?」

 弘樹が馬鹿にするように匠を見た。

「誤解されたんだろ? って事は言ってないのと同じじゃん」

「でも…」

「瑞貴には他に男が、か」

 匠が心のどこかで感じたまま、言葉にしていなかった事を、弘樹が先に言う。匠ははっとして弘樹の顔を見た。

「まだそうと決まった訳じゃないんだろ。それに…」

 弘樹は言葉を探すように一瞬口をつぐむ。それから、今度は妙におどけて続けた。

「例えそうだったとしても、言わないより、言ってしまった方がいいぜ。言わないまま終わらせると、いつまでも未練が残るからな」

「…経験済みって訳か」

 匠の言葉に、弘樹は大げさに肩をすくめてみせた。

「さあね。ま、後はお前さん次第、好きにやんな」

「…つまり、この頂点に対する…」

 気が付くと、初老の先生が黒板に図を書きながら何かを説明している。匠はなるべくそのことを思い出すまいと、カリカリと普段はロクに取りはしない板書を取る。

『だ、だって、好きでもない奴と友達になんかならないでしょ? 普通』

 そう言った瑞貴の顔がふっと頭をよぎり、ぽきりと音を立ててシャープペンの芯が折れる。匠は微かに溜息をつくと、カチカチと芯を出し、再び板書に没頭しようと試みた。

(…参ったなぁ…)

 瑞貴は匠の姿をちらりと盗み見る。匠はまるで自分の席の右側は壁だ、とでも言うように、瑞貴の方を一顧だにせず、黒板を睨み付けている。珠美との会話を匠に聞かれていたのは明白だし、匠が怒っているのもまた、明らかだった。

(…どうだっていい、は言い過ぎだよね…謝らなきゃ…)

 そうこうしている内に、授業が終わる。

「匠…」

 学級委員の号令で挨拶をしてから、帰り支度を始める匠に瑞貴はそう切り出した。

「…」

 匠は無言で顔をわずかに向けただけだった。その冷たい視線に、瑞貴はカッとする。

「…何怒ってんのよ」

 謝ろうと思って開いた口から出た言葉は全く違うものになっていた。

「別に」

 短くそう答えると、匠はぷいっと顔を逸らし、また帰り支度を始める。

「大人げないよ、匠。あのくらい…」

「大人げなくて悪かったな。そりゃ俺はおまえの先輩じゃないからな」

 売り言葉に買い言葉でつい匠はそう口にしてしまう。言ってからしまったと思ったが、もう手遅れだった。

「!? …匠…見てたのね!」

「あ、い、いや…」

「匠なんて大っ嫌い!! 顔も見たくない!」

 パッシーン!

 派手な音と共に瑞貴の平手打ちが匠の頬を襲った。そして、瑞貴はそのまま鞄を持って駆け出していく。後には呆気に取られた匠やその他の生徒達が残されていた。

 外では、雨がぽつりぽつりと降り始めている…。

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