彼
同じ頃、匠と弘樹は雨の中、駅の近くの繁華街を歩いていた。学校の最寄り駅は駅ビルもあり、デパートなどがそれなりに立ち並んでいるため、匠たちは学校帰りに良く寄り道をして行くのだ。
「おい弘樹、まだ行く所あんのかよ」
「まあそうカリカリしなさんなって」
いい加減イライラしている匠の問い掛けに、弘樹は曖昧な笑顔で答える。
何でよりにもよって雨の日などにあちこち買い物に回るのかと匠は思う。しかも、弘樹のは所謂ウインドウショッピングというやつで、別に何か目的があってのことではないらしい。匠は自分もちょうど寄り道をしていく予定があったので、弘樹の誘いに気軽に応じてしまった自分を後悔していた。
と、不意に前を歩いていた弘樹が匠を連れて飛び込むように近くの物陰に入り込む。
「お、おい! 何だよ急に…」
「しっ!」
いきなり襟首を掴まれ引っ張り込まれた事に抗議する匠を弘樹は鋭く制した。そして、緊張した面持ちで物陰から歩道を窺う。連られるように匠も物陰から顔を少しだけ出して弘樹の見ている方を見た。
「!」
匠は息が詰まる思いがした。瑞貴が、何だかスポーツマン風の男と相合い傘をして歩いていたのだ。
瑞貴達は雨の歩道をこちらに向かって歩いてきている。男の方がしきりに何かを話しかけ、瑞貴は時々少し笑ったりしながらそれに答えていた。
少し寂しげな、何かを懐かしむような切なげな微笑み。
匠はそんな瑞貴の顔を今まで一度も見たことがなかった。
近いと思っていた瑞貴との距離が急に果てしなく遠く感じられる。
胸が、痛い。
『だ、だって、好きでもない奴と友達になんかならないでしょ? 普通』
(…そういうことなのか…?)
以前、花火大会の時に瑞貴が見せたぎこちない笑顔。
あの時の瑞貴の反応にはいくら何でも腑に落ちないものがあったのだが、その訳が今、判った気がした。
「おい見てみろよ、あの男、ちゃんと自分で傘持ってやがるぜ」
匠たちに気づかずに通り過ぎていく二人の後ろ姿を見送りながら弘樹が促すが、その声は匠には届いていなかった。
「…りゃ? 匠?」
二人の後ろ姿を見送ったまま固まってしまっている匠の顔の前で弘樹がブンブンと大きく手を振ってみせる。
(…瑞貴…)
だが、それさえも匠の目には入っていなかった。いつまでも、胸が締め付けられるように痛い。
駅に着くと、瑞貴は傘を畳んだ。同時に、今まで自分が隆士のペースに乗せられていた事に気が付く。
(…今更…)
瑞貴は微かに溜息をついた。
「どうしたよ」
それを敏感に感じ取った隆士が尋ねる。
「あたし、やっぱり…」
「ストーップ。それは言いっこなし」
一息に捲し立てようとする瑞貴の唇に人差し指をあて、隆士が制した。
「…でも…今更やり直すなんて…」
瑞貴は俯いて、絞り出すようにやっとそれだけ言う。
「やり直す? 続きから始める、の間違いだろ」
「…」
隆士の言葉に、瑞貴は何も言えなかった。
「じゃ、明日、このくらいの時間にここで待ってるぜ」
それだけ言うと隆士は改札の方へ歩いて行こうとする。
「そんな、勝手に…」
「勝手なのは俺の専売特許だろ。それから、やっぱおまえはその怒った顔の方がいいぜ」
顔を上げて文句を言おうとした瑞貴にウインクしてそう言うと、隆士はそのまま猫のようにしなやかに人混みを抜け、自動改札をくぐって見えなくなっていった。