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再会

全17話

 それは、今朝のことだった。

 朝の天気予報で午後から雨が降る、という予報を聞いた瑞貴は、自転車通学を諦め、サラリーマンやOL、制服姿の学生達で込み合うホームで電車が来るのを待っていた。

(…あーあ、混んでるし、たまに痴漢がいるんだよなぁ…この時間…)

 憂鬱な気持ちで駅の時計と列車案内を見比べる。あと三分程で電車が来るはずだった。前にも後ろにも、何人もの人が並び、音楽を聴いたり、本や新聞を読んだりとそれぞれの時間を過ごしている。どことなくせわしない空気が辺りを支配していた。

 瑞貴は待たされるのも、人混みも、そしてこのせわしない空気も嫌いだった。あまり近いとは言えない学校に、自転車で通っているのはそのためだ。

(早くしてよね…。ったくこれだから…)

「間もなく、四番線に…」

 ややあって、電車の到着を知らせるアナウンスが流れ、電車がホームに入ってくる。その時の風で瑞貴の長い髪がさらさらと揺れた。

(自転車じゃなくてもまとめとくんだった…)

 風に舞った髪が顔にかかり、瑞貴はそれをうるさそうに手で直した。

 ドアが開き、降りる人たちが一団となって降りていく。瑞貴が利用している駅は乗り換えに利用されることが多いため、かなりの人が降りるのだ。

「瑞貴?」

 不意に、後ろから声をかけられ、瑞貴の心臓が鼓動を一回飛ばしてしまう。

(え!?)

 それは、懐かしい声だった。そして、もう聞くことはないと思っていた声だった。心臓の鼓動がやたらと早くなっているのを感じながら、恐る恐る振り返る。

 そこには短めの髪をウエットに仕上げた浅黒い肌の体格の良い若い男が立っていた。男はジーンズにTシャツという無造作な格好をしているが、決して野暮ったくはない。それなりに洗練された着こなしをしている。

「君、渡瀬瑞貴、だよね?」

 男は確認するようにそう尋ねる。まさかとは思ったが、その声にはやはり聞き覚えがあった。

「先輩…? …中村…隆士先輩…?」

 瑞貴は自分の記憶と男の容姿との共通点を探すかのように、男をまじまじと見つめる。

「やっと思い出したか。…久しぶりだな。今から学校?」

「…う…は、はい…」

『うん』と言いそうになった所を、瑞貴は言い直した。胸がきゅっと痛む。もう忘れたと思っていた痛みだ。

「…えらく他人行儀だな…」

 そう言って隆士は自嘲じちょう気味に笑う。また瑞貴の胸が痛んだ。

「瑞貴、俺…」

 なおも何かを言おうとする隆士から逃れるように、瑞貴はそそくさと電車に乗り込む。

 電車が走り出してホームから出てしまうまで、瑞貴は隆士の方に背を向けたまま一度も振り返ろうとはしなかった。

「瑞貴」

 校門を出ていくらも行かない所で不意に呼び止められ、瑞貴は現実へと引き戻される。だが、まだ回想の中にいるような気分だった。呼んだのが他でもない隆士だったのだ。

「…どうして…」

 驚いた瑞貴はそれだけ言うのが精一杯だった。隆士はまたあの自嘲気味な笑顔を見せ、瑞貴の前に立つ。

「その制服ならどこの学校かすぐにわかるさ。地元だからな」

「どう…したの…?」

 ぎこちなく答える瑞貴に、隆士は肩をすくめてみせる。

「ご挨拶だな。久しぶりの再会なのに」

「…」

 瑞貴は顔をらした。

「さて、と。俺の傘は少々水が漏れてね。そっちに入れてくれよ」

 そう言いながら隆士は自分の持っていたビニール傘を畳み、瑞貴のさしている小さな折り畳み傘に入り込む。狭い傘から二人の肩がはみ出し、雨に濡れた。

「ち、ちょっと、定員オーバーよ。肩が濡れちゃうじゃない」

「懐かしいな。昔、こうやって帰っただろ」

 隆士は瑞貴の言葉を無視して言う。

「…」

「さ、行こうぜ。駅はこっちだろ」

 瑞貴の気持ちなどお構いなしに明るくそう言うと、隆士はポン、と瑞貴の肩を叩き、歩くように促す。

「…調子がいいのね、相変わらず」

 瑞貴はあきらめたように一つ溜息をつくと、駅に向かって歩き始めた。

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