再び、雨
その翌日もまた、はっきりしない天気が続いていた。
(また休んじゃったな…)
窓の外を見ながら瑞貴はぼんやりとそう思う。今朝は熱も下がって、かなり良くなってはいるのだが、どうせだから大事をとってもう一日休むことしたら、という母親の提案に素直に従ったのだ。ゆっくり気の済むまで寝ていられるし、めんどくさい授業を受けなくて済む。こんな提案なら大歓迎だった。
しかし、瑞貴にとって何よりもありがたかったのは匠と顔を合わせないで済む事だ。匠に対して謝る必要があることを認めながらも、瑞貴はなかなか気が進まないでいる。
(…何て謝ろうかな…)
いい加減眠るのにも飽きて、暇に飽かせて色々と謝り方を考えてはみるのだが、隆士との事を見られていた、というのが引っかかりなかなかきちんとした謝罪の言葉が浮かんでこない。
(そうよ、匠だって悪いんじゃない。何であたしだけ謝んなきゃならないのよ)
つい、瑞貴は開き直ってしまう。だが、それでは何も解決しないのだ。
(…後で、ちょっと電話してみようかな)
匠の電話番号は書いてあったろうかと、瑞貴は椅子の上に置いてある鞄を取り、その中から手帳を取る。確かに、瑞貴の手帳には匠の家の電話番号が書き込まれていた。
瑞貴は暫くその電話番号を見つめながら、匠と一緒に花火を見に行った時のことを思い出す。
『…お前の事、…好きなんだ!』
思い詰めたような表情でそう言った匠。きっと、清水の舞台から飛び降りるような心境だったことだろう。あの時、瑞貴も匠の言わんとしている事を、分かっていた。だが、瑞貴には匠の気持ちに答えるだけの勇気がなかったのだ。
(…ずるいよね…あたし…)
心の中で瑞貴は匠に謝る。いつか、ちゃんと匠の気持ちに答えられる時が来るのだろうか。例え、どんな答えを出すにしても。
今の瑞貴にはまだその勇気がなかった。
不意に、飲んでいる風邪薬のせいか眠気が襲ってきた。
「ふぁ…」
小さくあくびをすると、瑞貴は布団に潜り込む。そして、いつの間にか眠ってしまっていた。
瑞貴は夢をみていた。
雨の中、制服姿の瑞貴と隆士は瑞貴のクリーム色の傘で相合い傘をして歩いている。今回は瑞貴が傘を持っていた。
暫く歩いたところに、紺色の傘をさした男子生徒が立っていた。何かを感じて瑞貴が立ち止まる。
「瑞貴」
不意に、男が傘を少し上に上げる。その男子生徒は匠だ。匠は、思い詰めたような、悲しげな表情をしている。
「さよなら…瑞貴…」
やがて、微かに匠がそう呟く。そして、瑞貴の反応を待たぬまま匠はかき消すように消えてしまった。
「匠!?」
匠に駆け寄ろうとした瑞貴がふと気がつくと、隣にいたはずの隆士もいつの間にかいなくなっており、瑞貴は降りしきる雨の中、一人ぽつんと佇んでいた。
傘に当たる雨の音はますます激しくなっている…。
「雨なんて…嫌い…」
目を覚ました瑞貴はそう呟く。外から、また雨の音が聞こえてきていた。