雨降って地固まる?
1日に更新するつもりがすっかり忘れてたっス…(汗)。
「…喧嘩、か…」
夕食後、自分の部屋のベットに寝転がり、天井をぼんやりと見つめながら匠はそう呟いた。今まで匠が喧嘩をする相手と言えば千夏くらいで、男友達とも喧嘩をすることはほとんどなく、まして千夏以外の女の子と喧嘩するというのはおそらく初めての経験だった。
(…やっぱ、謝るべきなのかな…)
確かに、瑞貴が男と一緒に歩いているのを物陰から盗み見ていたのは悪いとは思う。しかし、別に後を追けていったわけでもなく、たまたま見かけて何となく物陰に隠れてしまっただけだ。大体、学校から駅までの道を男とふらふら歩いている方が悪いのだ。見られたくないならもっと別の所を歩けばいい。
それに、学校での一件はどう考えても瑞貴が悪いように匠には思えた。
(…だったら、向こうから謝ってくるのが筋じゃないか…)
ごろりと匠は寝返りを打つ。
だが、そうこちらが考えているからといって瑞貴の方から謝ってくる可能性は低そうだった。瑞貴はあれで結構頑固なところがあるのだ。
「…先輩、か…」
少し寂しげな、何かを懐かしむような切なげな微笑み。
匠はこの前の瑞貴の表情を思い出す。一体、二人の間には何があるのだろうか。
(…ただの先輩…って感じでもないよな…)
胸が裂けるように、きゅっと痛い。
『例えそうだったとしても、言わないより、言ってしまった方がいいぜ。言わないまま終わらせると、いつまでも未練が残るからな』
匠は昼間の弘樹の言葉を思い出し、溜息をついて体を起こした。
「…何言ってるのよ、バッカじゃない? そんなんだから…」
冷蔵庫から何か飲み物でも持ってこようと思い部屋を出ると、階段の下から千夏の声が聞こえてくる。どうやら、電話をしているようだ。
携帯電話が一人に一台、という御時世にもかかわらず、藤代家にはまだ黒電話が現役で活躍している。父親が何か黒電話に特別な思い入れがあるのか、なかなか買い換えようとしないのだ。そのため、電話をかける時は階段のすぐ下に置いてある黒電話の所で話さなければならない。それが、千夏の博文の所への長電話に多少の歯止めを効かせている事は確かではあったのだが…。
(…電話、か…)
匠はこの前瑞貴の所に初めて電話した時の事を思い出す。あれから二ヶ月位経つが、もちろん、その後電話などかけてはいない。
「…ったく。あ、そろそろ遅いから切るよ。じゃ、もっとしっかりしてよね」
階段を下りていくと、ちょうど電話が終わった所のようだった。漏れ聞こえてくる言葉からして、相変わらず千夏は博文にあれこれ文句を言ったりしているらしい。だが、それとは裏腹に、にこやかな、少し名残惜しそうな微笑みを浮かべて受話器を置いていた。
「…よく毎日飽きもせずに長電話できるな」
「うっさいわね。どうせお兄ちゃんにはわかんないでしょーよ」
呆れ顔の匠が言うと、千夏はあかんべーをしてそれに答える。だが、その千夏の顔は、はにかんだような、照れくさいようなそんな感じがした。今は、博文との会話の余韻に浸っているのだろう。
「…なぁ…喧嘩の後、どうやって仲直りしたんだ…?」
気が付くと、匠は千夏にそう訊いていた。そして、そう口に出してしまった自分に、匠自身が驚く。
「…な、何よいきなり…あ、もしかしてお兄ちゃん、喧嘩したんだ?」
最初キョトンとした、少しはにかむような表情をしていた千夏は、何か思い当たったのかすぐに悪戯っぽい微笑みを浮かべ逆に匠に訊いてくる。
「な、なに馬鹿言ってんだよ。大体俺にはそんな相手なんか…」
そうは言うものの、匠は頬がかーっと熱くなるのを感じていた。きっと、真っ赤な顔をしていることだろう。これでは千夏を誤魔化せるとも思えない。
「その顔で誤魔化したつもりー?」
案の定、千夏はまるで信じていない様子でニヤニヤと笑う。
「あたしが特別に相談に乗ってあげるって。で? どうしたのよ?」
「そ、そんな相手なんかいないって言ってるだろ」
匠は必死の抵抗を試みる。が、それが何の役にも立たないことは匠自身が一番よく分かっていた。
「嘘つくんだったらもう少しマシな嘘をついたら? …ま、あたしには関係ないから、どうでもいいんだけど」
馬鹿にしたように千夏は肩をすくめてみせる。匠はむっとしたが、普段から立場が弱いので何も言えない。
「でも、クヨクヨしてるくらいなら意地張らずにさっさと謝っちゃったら? 『雨降って地固まる』になるといいけどね」
それだけ言うと、千夏は立ち上がって階段を上っていく。
(…そうは言うけど…)
一人残された匠は頬杖をついて考え込んでいた。このままでは固まる前に土砂崩れを起こしてしまう様な気さえする。
「あ、そうだお兄ちゃん」
階段を上ったところで、千夏が小悪魔的な笑顔で振り返る。
「お兄ちゃんの喧嘩した相手って、瑞貴さんでしょ」
「な…ど、どうして…お前まで…」
かすれた声でそういったきり、匠は絶句してしまう。
「あのね、あれで気がつかない人がいるとすれば、お兄ちゃんぐらいだよ」
千夏は呆れ顔でそう言った。