始まりは、雨。
『三/年/目』の続編です。まだ読まれていない方は『三/年/目』からどうぞ。
全17話です。
外は、雨が降っていた。
溜息をつき、鞄から折り畳み傘を取り出すと、瑞貴は憂鬱そうに空を見上げる。
(…雨は嫌いだな…)
掃除当番で少し遅くなっていたので下校時刻のピークがすぎたのか、昇降口に佇む瑞貴の周りには誰もいない。
瑞貴は手にしている茶色地にチェック柄の折り畳み傘を見つめた。その表情は相変わらず憂鬱そうだ。
『どうしたんだよ、傘ねぇのか?』
五限と六限の間の休み時間に、とうとう雨の降り出した鉛色の空を見上げ溜息をついた瑞貴に気が付き、そう尋ねてきた匠の事が頭をよぎる。
「俺、学校に傘置いてあるの忘れてて、一本余ってるから使えば?」
そう言いながら匠は鞄の中から紺の折り畳み傘を取り出す。
「ん、ううん、傘は持ってるんだ、ほら」
瑞貴はあわてて鞄から折り畳み傘を取り出し、ぎこちない笑顔を作ってみせた。
「じゃ、どうした…」
「匠ぃ、そーいう時の女の子には何も訊かないってのが礼儀だぜ?」
いきなり話に割って入った弘樹が、匠の頭にヘッドロックをする。
「んが! 止めろって、おい…」
「な、渡瀬?」
ヘッドロックから逃れようともがいている匠を無視して、弘樹が意味ありげに笑ってみせた。
「は、はぁ」
どういう意味があるのか図りかねたが瑞貴は調子を合わせてしまう。
「ま、あんましひどいようなら、これを…」
匠の頭を片腕で抱えたまま、弘樹はそう耳打ちをして制服のポケットから小さな銀色の包みを取り出し、瑞貴に手渡した。
「?」
「アスピリン」
キョトンとした顔の瑞貴に弘樹が言う。
「…」
弘樹の笑顔の意味が理解できた瑞貴の頬が桜色に染まる。弘樹があの笑顔を見せる時は大抵ロクな事がないが、これはひどい勘違いだ。
「あ」
ヘッドロックからようやく脱出した匠が、瑞貴が手に持っている物が何か理解ったらしく、顔を赤く染めた。
「じゃ、俺はこれで。匠、あんまし無粋な真似すんなよ」
そう言いながら片手を挙げて二人に挨拶すると、弘樹はふらふらと教室から出ていく。
瑞貴は手に持っている物を見つめてまた溜息をついた。
「…ゴ、ゴメン。俺…」
「違うわよ」
気まずそうに謝る匠を柔らかく制すと、瑞貴はその包みを匠に手渡し、立ち上がる。
「これ、弘樹君に返しといてね。別に、何でもないから。そういうのでもないし」
「瑞貴…」
「ホントだって」
匠に微笑んで見せると、瑞貴は歩き出し、二、三歩行った所で何かを思いだしたように振り返った。
「ついでに、何でそんな物持ってるのか訊いといてね。弘樹君はいつ? って」
悪戯っぽく微笑んでそう言うと、キョトンとした顔の匠を残し、瑞貴は教室を出た。別に、どこかへ行く用があるわけでも、行くあてがあるわけでもなかったのではあるが、一人になりたかったのだ。
不意に、冷たい風が吹き、瑞貴を現実に引き戻す。
(…雨…か…)
もう一度小さく溜息をつくと、傘を広げて降りしきる雨の中を駅へと歩き出した。今日は雨が降る事を予想していたため、自転車ではなく電車で通学していたのだ。
(何で…今頃…)
俯いたままとぼとぼと歩いていく瑞貴は、いつの間にか、再び回想の中に沈んでいた。