怪獣少年を変えたスーツアクターの肉体美
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
−テレビや映画のヒーローや怪獣は着ぐるみで、中には人間が入っている。
この厳然たる事実を僕が改めて実感したのは、クラスの怪獣博士を気取っていた小学生の頃だったんだ…
僕の地元である堺県堺市中区にはオークラ中百舌鳥店という大きなスーパーがあって、そこの屋上ではキャラクターショーが定期的に開催されていたんだ。
変身ヒーロー番組の「マスカー騎士」や巨大ロボットアニメの「鋼鉄武神マシンオー」、それにコメディアニメの「お願い!バケねこん」など、色んなキャラクターのショーに行ったけど、どのキャラクターショーも子供時代の良い思い出だよ。
だけど当時の僕が最も楽しみにしていたのは、丸川プロダクションが制作している巨大ヒーロー番組の「アルティメマン」のキャラクターショーだったんだ。
穏やかなアルカイックスマイルを浮かべたアルティメマンは、仏像にも似た優しい雰囲気のあるヒーローなんだ。
だけど単に優しいだけじゃなくて、凶悪怪獣や侵略宇宙人に毅然と立ち向かう強さだって備えている。
鮮やかな赤と銀の二色で染め上げられた肉体には、逞しい筋肉の躍動が感じられて、まるでギリシャ彫刻のように美しい。
力強さと優しさ、そして美しさ。
それらの三つの要素をバランス良く兼ね備えたアルティメマンは、幼い頃の僕にとって憧れのヒーローだった。
そんな熱心なアルティメマンのファンだった僕にとって、スーパーの屋上で繰り広げられる怪獣軍団との激闘は、夢のような光景だったんだ。
何しろ御茶の間のブラウン管テレビ越しに見ていたアルティメマンや怪獣達が、間近で暴れ回っているんだからね。
ヒーローショーの公演時間である三十分間が、あっという間に感じられたよ。
そのまま何事もなかったら、この日の出来事は単なる「楽しいヒーローショーの思い出」になっていたんだろうね。
ところが幼い日の僕は、ヒーローショーや撮影会が終わっても、すぐに帰ろうとしなかったんだ。
今にして思うと、名残惜しくて去りにくかったんだろうね。
それで「まだ何処かにアルティメマンがいるんじゃないか。」と思って何気無く覗き込んだ先が、ヒーローショーの終わりにアルティメマンが入って行った仮設テントだったんだ。
僕の予想通り、そこには確かにアルティメマンがいた。
だけどアルティメマンはパイプ椅子に腰かけていて、しかも背中がパックリと二つに割れていた。
そして背中の割れ目から姿を覗かせていたのは、白いランニングシャツを着た筋肉質のおじさんだったんだ…
特撮ヒーロー番組の「アルティメマン」が現実じゃないって事は、子供ながらに分かっていた。
科学特務隊のマツムラ隊長が悪代官として成敗されている時代劇だって、早朝の再放送で見た事があるんだもの。
だからブラウン管テレビの中で活躍するアルティメマンだって、「中には人間が入っているのかな?」って薄々察していたよ。
とはいえ、アルティメマンのスーツからおじさんが出てきているのを間近で直視してしまった時の衝撃は、やっぱり激しかったね。
正直に言って、「見てはいけない物を見てしまった」という感じだったよ。
だけど意外だったのは、多少の気まずさこそあるものの、不思議な程に嫌悪感がなかったって事なんだ。
筋骨隆々とした逞しい後姿は、無辜の人々を守るために怪獣に相対するアルティメマンの頼もしい背中その物だった。
そもそもアルティメマン達のスーツは、ウエットスーツみたいにボディラインがクッキリと出るデザインだからね。
‐こんな屈強な筋肉質のおじさんが中に入っているから、アルティメマンのボディラインはギリシャ彫刻みたいに逞しくて美しいんだ…
そんな風に納得しつつある自分がいたんだよ。
「うっ…?うわっ!?」
今まで感じた事の無い衝撃で頭が真っ白になった僕は、意味をなさない間抜けな声を出すばかりだった。
正しく茫然自失だね。
「おやっ?外に誰かいるのかい?」
テントの外にいる僕の気配に気付いたのだろう。
アルティメマンの背中から姿を覗かせていたおじさんは、パイプ椅子から腰を浮かせて辺りを見渡し始めた。
まるで親戚のおじさんみたいな温和で気さくな口調だったけれど、そんな身近で庶民的な雰囲気は、大宇宙の彼方から地球防衛のために飛来してきた正義の宇宙人のイメージとはどうしても結びつかなかったんだ。
「ご、ごめんなさい!」
どうにか冷静さを取り戻した僕は大慌てでテントから離れ、そのまま後ろも振り返らずに階段を駆け下りたんだ…
それから数日後。
ヒーローショーで遭遇した衝撃的事件のショックから立ち直った僕は、ヒーローや怪獣の着ぐるみに入って立ち回りを演じる役者さんを「スーツアクター」と呼ぶ事を知ったんだ。
僕がヒーローショーのテントで目撃したランニングシャツ姿のおじさんも、スーツアクターだったんだね。
こうして憧れのヒーローの正体を目の当たりにしてしまった僕だけど、それで特撮ヒーローへの愛情が揺らぐ事は無く、その思い入れは却って一層に強まったんだ。
それまでの僕は、ヒーローや怪獣の事ばかりを考えていて、それを作っている人達の事は深く考えていなかった。
だけどアルティメマンに入っていたスーツアクターのおじさんの鍛えられた肉体を目にして、その考え方は改められたんだ。
アルティメマンのダイナミックなアクションは、あのスーツアクターのおじさんの頑張りによって成り立っている。
アルティメマンの逞しくて美しい筋肉の躍動は、スーツアクターのおじさんの鍛錬の賜物だ。
この事実を悟った僕は、特撮ヒーロー番組を見る時に俳優やスタッフの人達にも注目するよう心掛けた。
そうする事で、特撮の世界が今まで以上に豊かで奥行きの深い物に感じられるようになったんだ。
そして、スーパーの屋上で遭遇したスーツアクターのおじさんが、テレビの「アルティメマン」にも出演されている事に気付けたのも、この注意深い観察眼あっての事だった。
アルティメマンの中に入っているのは、川西智明さんという殺陣師もこなせる俳優さんで、筋肉質の肉体を活かして刑事ドラマや任侠映画でも活躍されているらしい。
この川西さんに会っていなければ、僕は一介の怪獣少年で終わっていたかも知れない。
スーパーの屋上に設けられたテントで川西さんと鉢合わせしたからこそ、より奥深い特撮の楽しみ方を僕は知る事が出来たんだ。
この思いを川西さんに聞いて貰えたら、どんなに素晴らしいだろうね。
そしてその機会は、僕が畿内大学映画研究会に入部して三度目の大学祭で訪れたんだ。
大学祭で映画研究会が主催するイベントと言えば、大抵の人は自主制作映画の上映会をイメージするよね。
ところが我が畿内大学映画研究会は上映会だけではなく、映画関係者を御招きしての講演会も大学祭で企画しているんだ。
プロの映画監督や脚本家、或いは俳優さんを御招きしての講演会とサイン会は、学祭における映研の目玉イベントとして親しまれている。
そして今年度における講演会のゲストは、部長である僕のたっての希望で、川西智明さんをお呼びする事が出来たんだ。
「成程…要するに、枚方部長が特撮マニアになるキッカケを作った人なんですね。」
副部長を務める女子部員は、半ば苦笑しながら僕の提案を聞いてくれたよ。
「ちょっぴり職権乱用の節が感じられなくも無いですが、小学生の頃からの思い出と聞いては捨て置けませんね。この園樟葉、枚方部長の思いを応援させて頂きますよ!」
美人でコミュニケーション能力の高い副部長の後押しと、大なり小なり特撮映画への関心が高いサークル内の気風もあり、話はトントン拍子に纏まったんだ。
理解ある部員や後輩には、感謝してもしきれないよ。
オマケに部員達の好意で、僕は川西さんと直接御話させて頂く機会にも恵まれたんだ。
「アトラクションショーで殺陣をやると、とにかく暑くてね。その時の楽屋でも、早く身体を冷やしたくて脱いでいたんだよ。君には申し訳無い事をしちゃったね。」
インタビュワー役の部員にアトラクションショーの話を振られた川西さんは、照れ臭そうに頭を掻きながら僕に笑いかけてくれた。
逞しい筋肉質な身体も、人懐っこい気さくな笑顔も、スーパーの屋上で遭遇した時のままだったよ。
「いいえ…あの時に川西さんと御会いしたからこそ、今の僕があるんだと思います。映研で特撮映画を撮るようになったのも、あの日の出会いがあってこそです。」
「そこまで言って貰えたら、スーツアクター冥利に尽きるって物だよ。」
そうしてスッと差し出された筋肉質な右手を握ると、温かくも力強い握手が返って来た。
この逞しくて優しい握手は、子供の頃から思い描いてきたアルティメマンのイメージと、ピッタリ重なったんだ。