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寿命の灯火交換

作者: 負夜 日向月

「これで何でもできるようになったし、なんでもできなくなったぞ」


 今朝見た夢も、昨日食べたものもあまり覚えていないのに

この言葉はずっと覚えてる。18年たった今も。

 

 「おーい。みんな席に着いたかー?今日で高校2年生も終わりだからなー。余命通知表配っていくぞー」

「えー」「先生いらないー」

「うるさいぞ!呼ばれた者から前に取りにこーい。浅野!桑原!・・・・・・。松田!」

 

 「はい」

「俺46年だってよー!」「私55だってー!」など先に受け取り、それぞれの余命を確認しあうガヤガヤとした空気を切り裂いていくように教卓へ向かう。

余命スコアという名前の線香花火を寿命を使って燃やし、儚く、そして美しく散っていくことが幸せだと僕らは皆小さいころから教えられている。それを燃やし何をするのか、何をしたいのかそれは千差万別。でも実際に思い通りになった人は何人いるだろう。そんな考え事をしていたせいで教卓へ向かう途中に2列目の机の角に足をぶつけ、謝った後に少し耳の体温が上がる。

受け取った後、今度は周りに神経を使いながら自分の席に戻り余命通知表を開く。


83


 僕のスコア。それだけ見ると他には目もくれず春の陽気に溢れた外の景色に目をやる。

「えー!83!?すごーい!!」

僕は視線を右隣の彼女に移す。彼女の驚嘆した声に教室の雰囲気はガヤガヤからザワザワに変わり、次第に僕の席の周りには人が集まる。「すげーな!」「天才じゃん!」周りの盛り上がりとは裏腹に凪いだ海のように僕の胸中は穏やかだった。


 家につき居間にあるテーブルに通知表を置く。ハァ、荷物を置いてベッドに横たわる。「何にも面白くないなぁ」一人になりつい心の声が部屋に漏れる。俺だって何も初めからこんな感情のメトロノームが錆びてる人間じゃなかった。あの時から歯車が、上手くかみ合わなくなっていった。


 僕も2か月前、みんなと同じように寿命を燃やしていた。僕はそれを大好きだった野球に注いでた。これを職業に寿命を燃え尽きさせてしまってもいい、そうまで思うほどに。寿命の燃やし方は人それぞれある。子供により良い形で余命スコアを減らしていけるようにと寿命を燃やす人。テレビでたくさんの人を笑わせたい、楽しませるたいと寿命を激しく燃やす人。少ない余命スコアでも美しくきれいな輝きを放っていく人。人の数だけ様々な燃え方、燃やし方があるんだと思う。


 けれど、人間関係のほつれ、夢に近づいていくと現れる幾層もの壁に阻まれ、今まで当たり前に燃やしていたことができなくなり、同時に「どうしてたっけ」と燃やし方がわからなくなってしまった。寿命を燃やすにあたり、向かい風、雨、色々な障害のせいにはするけれど根本的な問題は僕にあったのかも知れない。本当に燃やしたかったことなのか、スコアを減らしていくにはこれでいいのか、一気にわからなくなってしまった。それから僕の寿命の着火剤は湿気てしまったままだった・・・。


 このまま何の興りもなく、余命スコアを細々と0になるまで減らしていく生活を送るんだろうなというどうしようもない現状と未来への不安がさらに心の湿度を高めていく。いつの間にか暗くなってしまった部屋をから出て、夕ご飯を食べに居間へ行くと母は通知表を広げて僕に見せ、大層喜んでいた。


 卒業してから2年、未だに寿命を燃やせずにいた僕の周りは就職し必死に燃やしている人、大学に進み、勉学やサークル、恋人に情熱的に熱を発している人が大勢いた。そんな話ばかり聞いてるとますます焦り、思考が鈍る。自分はどうだ、自分には何ができる?そんな自分への問いにアンサーが見つからないという堂々巡りの日々だ。もうすぐ春が終わる。夏が来ると僕は20歳だ。世間的にはしっかり軸足を見つけ、自立して歩いていける歳らしい。こっちはその動力が全く機能してないっていうのに。まだまだ時間はかかるんだろうなと大して眠くもない、望まない形での不本意な夜をまた繰り返す。


 「今俺自分史上最高に充実してるわー!!」「ねぇねぇ、あの子とどうなった?」「まじ先輩の上司だりぃーー」


最近ご無沙汰な「充実」という感情の話と「騒がしい」という環境に戸惑いつつ初めてのお酒に僕は現を抜かしていた。僕からこの場に積極的に参加しているわけではない。むしろ連れてこられたが適切な現状の説明になると思う。久しぶりの同級生の集まりで高校生活の時に戻ったようだった。僕は入っていけない話題の間を埋めるようにチビチビ酒を飲んでいた。だが、みんなの酒が進んでほろ酔いになってくるとある女の子が興味本位で僕に「ねぇねぇ、松田君はいまなにしてるのー?」飲む酒も無くなり、氷をガリガリ噛んでいたら不意に僕のターンがやってきた。


 寿命の不完全燃焼者が聞かれたくない話題ぶっちぎり一位が僕の左胸を堂々真正面から貫かれる。お酒のせいもあると思う。ギュルルルルーーーとこれに対する最適な言葉を探しに散らかった脳の部屋を探し出す。出てきたのは偽物の


「親父の家業継ぐために勉強したり手伝ったりしてるんだよね」


 我ながら反吐が出そうだった。自分が傷つかないように蛇足なプライドを守るためありもしない嘘を同級生につく。これにはさすがに酔いも覚める。

 「へぇー、そうなんだ。すごいね!」

 「松田ならいろんな分野で活躍できるとおもうけどなぁ」

 「確かに!松田、スポーツも勉強もいけてたしな」

 「1,2年さ、外見るために出てみればいいのに、帰っても働ける場所あるんだし」

「いやー、俺はいいかなぁ・・・」精一杯の回答だった。それからみんなの話題への沸点が下がっていくのを感じる。

 

 彼らに悪意はない。でも感じてしまう過去の自分とのギャップ、周りへの劣等感や哀れみは僕がただそっち方向へのアンテナが過敏になっているだけなんだと思う。でも決して心地のいいものではなかった。また孤独を感じてしまう。ぼくのネガティブは目立ちたがり屋だ。すぐに引っ込み思案なポジティブを差し置いて顔を出してくる。

 物思いにふけるその頃には一人、月を見ながら家路についていた。救急車が近くでサイレンを響かせているのを聞きながらその日は眠りについたの覚えている。


 事態が変わったのはこの日からそう経っていない。

ある朝方、僕は現実とも夢ともわかっていない曖昧な感覚でその声を聞いた。


「時は満ちている。お前はなんにでもなれる。後はお前自身の意思で歯車はいかようにも進んでいく。お前が決めろ」 


 深い霧の中へ消えていくその声の主を追いかけるようにバッと布団から起き上がった。誰だ?懐かしく聞き覚えのある声のようだったし、はたまた見ず知らずの人だったようにも思えた。喉に小骨が引っかかったようなそんな朝だった。

 もう一度寝ようと試みたがあいにく目が覚めていたため、諦めて慣れない散歩なんてしてみたイレギュラーな一日の始まりだった。


 不思議なことはこれにとどまらなかった。空気の澄んだ爽やかな朝につい心も弾み、久しぶりの散歩がジョギングに変わっていった。しばらく走っていて向こうに渡ろうと赤信号に足を止めていた時、異変に気付いた。


 赤信号で渡ってくるおばあちゃんがいた。え?猛スピードでトラックももうすぐそばまで来ていたのに。やばい!そう思ったらもう動いていた。「ズキン!!」胸に激痛が走る。


「おばあちゃん!!」


キキーーー!!!ドンッ!!甲高いブレーキ音がまだ静かな街に嫌なほど響いた。


「痛ってー」


膝と肘を思いっきり殴打し、血も出ていることは見なくてもわかるほど熱を持ち、体がそれを別の場所へ痛みを飛ばそうとしていた。


 おばあちゃんは?痛みをこらえながらおばあちゃんの方へ目をやると目だった外傷はなさそうに見えてホッとした。トラックの運転手が慌てて降りてきたため二人の無事を伝え、救急車を呼んでもらった。


 幸い、検査の結果おばあちゃんは無事で、僕も肘と膝の打撲と挫傷いう比較的軽傷で済んだ。

しばらくするとおばあちゃん、その娘さんやら5,6人の大人がお詫びとそのお礼の品を置いて行ってくれた。僕は軽く会釈し、おばあちゃんの方へ目をやるとボーッと窓の方を見ていた。少し引っかかる感情はありつつも僕にはそれよりも引っかかることがあった。

 

おばあちゃんを助けようとした時の胸の痛みだ。あれ以来目立った痛みなどは感じていないが不思議だ。杞憂だといいが・・・。


 そんな胸の痛みは断続的に僕に襲いかかってくるようになった。


ある時は東大受験してみようかなと受かったときにズキン。ある時は先生になりたいと初めての授業中にズキン。本を出版してみたいと授賞式の授与の時にズキン。


 何かしらの節目節目で起きている。あまりにも偶然じゃ片付かないくらいのことが起きてる。そうなんだよ。まず、俺がこんなにも窮地から生還したり、叶えたいもの全部叶ってきているんだ。あの寿命不完全燃焼男が。でも、わずかに残る仮説の可能性のために試してみる。


 ”総理大臣になりたい”


 ズキン。翌朝、見知らぬ女性が僕の家にやってきた。しかも彼女は会ったこともない僕のことを総理、というじゃないか。慌てて洗面所で自分の姿を見る。

 

 そんな・・・。


 これで嫌でも確信に変わる。鏡に映っていたのは白髪のしわの増えた僕だった。信じられないけど、僕はあれ以来、本当に寿命を燃やして自分のなりたいものに、叶えたいことを余命を圧縮して人生を生きてきたみたいだ。


「こんなことならもっと真剣に吟味して夢を語るんだった」


総理大臣の仕事をすべて終わらせてきて久しぶりのベッドへダイブする。


「疲れた・・・」


慣れない総理大臣という環境での初仕事という意味もあるが頭は実年齢相応なのに肉体的に体力がずっと重い風邪をひいているように思い通り動かなくてつ辛い。


 「あとどれくらいスコア残ってるんだろう」


大きな波に飲み込まれてそのまま自分がなくなるんじゃないか、死を間近に感じて急にセンチメンタルな空気が部屋中を包み込んだ。久しぶりに高校時代のことを思い出し、70過ぎたおっさんが何十年かぶりに若い涙を流した。


 「あれ、スーツのまま寝ちゃってたのか」


朝目覚めると、目は腫れて、瞼とまつ毛が涙でくっついてしまって視界をいつも通りにするまでには少し時間を要した。この日は心は穏やかで決戦前の武将になった気持ちだ。


 しわくちゃのスーツで一筆したため、いざ出陣。昨日会った彼女が今日も家まで迎えに来てくれ、それに乗り車内では今日のスケジュールなどを説明してくれていたのだが、上の空。彼女には申し訳ないが今日は何かが起きる、そう直感していたから。


 上の空ばかり眺めていたから異変にはすぐに気が付いた。マンションの5階あたりに女の子。僕はすぐに


 「車止めて!!」


 キキーー、バタンッ。一目散にそのマンションを目指す。背中からは

「総理!?ちょっとどこにいくんですかっ!!」と彼女の初めて聞く怒声でさらに加速するかのように足を止めなかった。


 「確かあのマンションだったな」


老体に鞭を打ち、懸命にさっきの女の子がいる階を見上げるまで近づいてきた。「間に合え!!」焦る気持ちと70代の体での走りで息は乱れまくり、自分の方がいよいよやばくなる。霞む視界と外に出たがっているような鼓動を抑え彼女のちょうど真下に来たその時だった。彼女は空に身を投げたのだ。


「はぁ!?」


 僕は説得しに行こうとしていたのにそれをあざ笑うかのように彼女に先手を打たれた。どうする!?悩んでる暇なんてない!ここでキャッチする!そう決めた。


 「こんな所で野球部だったことが試されるなんてな」


皮肉だなと笑っていないと震えで彼女をうまくキャッチできないかもしれない。それぐらい何千、何万と捕ってきたボール、よりは遥かにでかいし、怖いけど一世一代の覚悟で絶対捕る!そして段々大きくなってやってくる彼女。


「えー!83!?すごーい!!」

「今俺自分史上最高に充実してるわー!!」 

「松田ならいろんな分野で活躍できると思うけどなぁ」


 「うるさい、うるさい、だまれ!そんなにレールの上しか歩いちゃだめなのかよ!俺は俺で頑張ってんだよ!!余命スコアがなんだ!んなもん今ここで全部使ってやるよ!!受け取れJK!!!」


 「なぁ?なんでもできただろ?」

 「そうだね、なんでもできなかった」

 「あ、そうそう。あの助けた彼女、総理大臣になりたいって頑張ってるらしいよ」

 「そうなんだ。いいんじゃない?僕の寿命をどう使うか楽しみだ」


 あなたの寿命は燃えていますか?






 


 


 










 


 



 

 


 

 


 



 

 


 


 

 




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