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犬の散歩  作者: お茶っぱ
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冬の音色

色、音、匂い、そういったものがじっとしている。

それは、命の有る無しにかかわらず。

ただ、時間だけは変わることなく、止まることなく、急ぐことなく流れ続けている。


この季節になってからというもの、ドブネズミくんは具合が良くない日が続いている。

イヌくんも、それが普通ではないとは気が付いていた。

食料をもってきても、それを少ししか食べられないのだ。


弱っている、止まってくれない時間がドブネズミくんを弱らせているとイヌくんはそう思った。

どうしてだろうか、ドブネズミくんはずっと前からそうだったんじゃないだろうか。

自分のせいだろうか、こんなことに付き合わせてしまったから。


ぐぅ~っと、お腹の音がする。

ご飯を食べているような場合じゃないのに、お腹が勝手に減る。

じっとしているだけでもお腹が減ってしまうなんて、生き物はなんて不都合にできているものなんだ。


「イヌくん、食事をしようか。」

何事もないようにドブネズミくんは言うが、その動きはとても苦しそうで無理に無理を重ねているとわかる。

「ドブネズミくん、ご飯食べれるの? ぼく一人で食べるのは、嫌だよ。」


「ああ、ちゃんと僕も食べるさ。」

それなら、とイヌくんはドブネズミくんと自分の食事をとりわける。

しかし、ドブネズミくんは食事を口に運ぼうとしない。


「気づいているとおもうけど、僕の体はよくない。」

そういうと、無理やり食事を口の中に入れる。

「食事をとるのもこのありさまさ。」


そういいながら、ドブネズミくんはイヌくんにも食事をするように促す。

「ほら、ぼくはちゃんと食べたよ。君も食べるんだ。」

「わかってるよ」


イヌくんは、食べつつもドブネズミくんの様子をうかがう。

ご飯を食べないのも心配だが、無理して食べる姿もやっぱり心配なのだ。

と、ドブネズミくんを心配するイヌくんをよそに、ドブネズミくんは食事を終えた。


「イヌくん、それを食べ終えたら少し外へ出ようか」

驚きの提案だった。

「えっ、大丈夫なの?」


「まぁ、こういう状態でも気分転換は必要さ。」

「せっかくご飯食べれたんだし、休んでいた方がいいんじゃない?」

「イヌくん、早くご飯を食べたまえ。」


こうなると口論をしても仕方ない、イヌくんはパクパクとご飯を食べた。

それを見て、ドブネズミくんはゆっくりと立ち上がる。

「さぁ、いこうか。」


外は、白い雪が積もっていた。

静かで、だけど何もかを拒絶する可能ようなそんな静かさだった。

「イヌくん。誰も足跡を付けていない雪の上を歩くというのは、ちょっと特別な気分になるね。」


こっちの気も知らないで何を楽しそうに、とイヌくんは思ったがドブネズミくんが少し元気になったようなのでそれはホッとした。

「さて、イヌくん。すこしは、あの時の答えが出せそうになってきたかい?」

「そうだなぁ、なんか、なんかありそうなんだけど、それが言葉になってこない・・・かなぁ。」


「それは何よりだ、季節を巡ってきたかいがあったじゃないか。」

「そうなのかなぁ・・・。」

「そうさ、そんなにすぐ答えが出せるようなものなら、君だってとっくに答えをもっていたさ。」


ドブネズミくんは続ける。

「君は、自分が何になりたいと思っているのかというのを、とても大切で重要なものだと思っているんだよ。他のみんなよりね。それは、人それぞれ重要なものが違うという事だ。わざと難しく言うけど、それは『良いこと』でも『悪いこと』でもない。単純に『君にとって重要なこと』だったわけさ。ただ、その『君にとっての重要なこと』というのがとても意味がある。」

「わかるような、わからないような。」

「それでいいさ、だってこれは僕の言葉だからね。いつかそれを君が君の言葉で理解すればいいのさ。」

「できるかなぁ~。」

「できるさ、そのためにこうして君はいろいろな場所へいろいろなものを見にその足で歩いてきたんだから。」

「うん。いつか、ちゃんと自分の言葉で誰かに伝えられるようになるよ。」

「きっとできる。覚えておいてほしいんだ、出会うという事は、誰かが誰かの一部分になるという事なんだよ。」

「? なにそれ?」

「僕も君の一部で、君も僕の一部ってことさ。」

「ますますわかんないよ~。」

「君が僕と季節を巡って今まで出会ってきたたくさんを、覚えてるかい?」

「もちろん!」

「ふふふ、ほら、君の一部になってるだろ?」

「え、ああ、そうか。」

「そうさ、過ぎ去った出来事は『思い出』という形で君の心を感情を育てていくだろうね。そのなかでも、心に残る言葉や忘れられない光景といったものは君自身の根幹に組み込まれ、新しい君へと変わっていく。」

「そっかぁ、新しい自分かぁ。どんな自分になるのかなぁ。」

「楽しみしているといいさ、そう考えれば明日とか未来ってすごくいいだろ?」


そう言うと、ドブネズミくんはイヌくんから離れた。

そして突然、いや、最初からそれは『そう』と決まっていたことを告げる。

「僕は、ここまでだ。」


「何言ってるんだよ、元気になったんだろ!」

イヌくんは瞬間的に感情を昂らせた。

それは、直感的にその時が来たのだと理解したからだろう。


受け入れるわけにはいかなかった。

『そうだね、それじゃぁここから先は僕一人で行くね。』などと言えるはずがない。

そんなこと認めるわけにはいかない。


「君を置いていけるわけないだろ。」

(違う、おいていかれたくないのは僕だ。)

「だいたい、一人じゃご飯も探せないじゃないか」

(これも違う、一人でご飯を食べれなくなったのは僕の方だ)

「独りぼっちにしないでよ・・・。」


ドブネズミくんは、やれやれと肩をすくめる。

「さっき言ったじゃないか、僕はもう君の一部だよ。それとも、僕との思い出は君の中には残らないのかな」

「卑怯だぞ、そんなわけ・・・ないじゃないか。」


「嬉しいよイヌくん。僕も君といる時間はとても楽しかった。最後の時が来るのをただ待つだけだった僕に、君は役割と誇りと尊さと感動をくれたんだよ。」

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

仕方ない、サービスだよ。そう言うとドブネズミくんはイヌくんにこう言った。


「約束をしよう。また会おう、イヌくん。きっと必ずだ。」

笑顔だった。ドブネズミくんは笑顔でそう言った。

そして、ゆっくりと倒れ、もう動くことはなかった。


それは明確な死。

もう、そこに命はない、魂はいない。

抗いようのない覆すことができないそれを理解してしまった。


それでもその場を動くことができない、それでもなお嘘だと信じたい。

いつまでそうしていただろう、いつの間にかおなかがぐぅぐぅ鳴り続けていた。

「ドブネズミくん、おなかすいたよ・・・、ご飯食べに行こうよ」


彼は答えない。

彼はそこにいない。

もっとたくさんの話をしたかった。

もっとたくさんの場所に行きたかった。

とても楽しかったから、とても大切だったから。

そうだ、その通りだ。

伝えておくべきことがあった。

「ドブネズミくん。僕は君が大好きだ。きっと君もそうだろう?」


彼は答えない。

だけど、イヌくんは知っている。

だって、大切な友達だから。


何ができるだろう、何をすべきだろう。

イヌくんは考えた。

「君はもうそこにいないんだろ? なら、探しに行くよ。必ず見つけるよ。」


そこにいない、どこかへ、行くべき場所へと向かったドブネズミくんを探す。

イヌくんは、ゆっくりと、ゆっくりと、動かなくなっていた体を自分の意志で動かしだす。

前に進むために。


この旅をここで終わりにしないために。

大好きで大事な友達のことを悲しい思い出にしないために。

ああ、そうだ、そうだとも。


「ドブネズミくん、君は生きた。僕と一緒に生きた。僕は君と一緒に生きた。出会って、旅をして、笑って、そしてここまで来た。」

イヌくんは歩き出す。

ドブネズミくんのそばをゆっくりと通って、そして離れていく。


「そうだね。約束だ。また会おう。だから、またねドブネズミくん」

イヌくんは進んでいく。

まずは何をしようか、そうだご飯を食べよう。

こんなにおなかがすいている。

「結局、僕は君に生かされていたんだね。」


春風とともに旅立ちを見送られた桜の花びらのことを思い出す。

思い出を共有した夏の日の約束を思いだす。

何かを残すことを知った色とりどりの秋を思い出す。


その旅路に添えられるように教わった言葉を思い出す。

それは、彼の言葉だ。

僕の言葉ではない。


それでも、彼から僕に伝わってきた言葉だ。

僕はそれを、自分の言葉にする。

彼はひとりでそれをやってきたはずだ、きっと僕にもできるさ。


そして、いつの日か、彼のように誰かに語ろう。

自分の言葉を。

そして自分もまた誰かの一部となったなら、それはドブネズミくんも一緒に誰かの一部になったと言えるんじゃないだろうか。


そんな言葉が伝えられるように生きていけたらいいな。

そんなふうに生きていけるなら、僕はまた僕として生きていきたいと思う。

「命はきっと、ほかの命を生かすためにあって、そうやって今までずっと続いてきたんだ。」


こうして一つの季節が終わった。

そして次の季節が始まる。

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