色とりどりの秋
また季節が過ぎ、春のような温かさとは違う穏やかで、だけどどこか切ない季節。
ここのところドブネズミくんは少し具合が悪いようで、二人は雨風をしのげる場所を見つけ休んでいた。
そして今日は、あいにくの雨。
あまり冷え込まないでほしいなとイヌくんはドブネズミくんの様子を見ながら思う。
その様子に気が付いたのか、ドブネズミくんがゆっくりと体を起こした。
「イヌくん少し話をしようか。僕は話をすると元気になるんだ。」
「大丈夫なの?」
「それは、会話次第かな」
ニヤっとドブネズミくんは笑う。
「イヌくんは雨は好きかい? それとも嫌いかい?」
「そうだねぇ、あんまり気にしたことないけど、どっちかって言うと好きかな」
「へぇ、奇遇だね。僕も雨は好きな方さ。どのあたりが好きなんだい?」
「音かな、ポツポツっていう降り始めの時も、ザーって降ってる時もなんか好きだよ。何となく一人じゃない感じがするから。」
「なるほど、確かにあの音に包まれていると不思議と落ち着く時があるね。」
「うん、そんな感じ。」
「僕は、雨が上がった後の世界が好きでね。雨が降るとこの雨が止んだ後の世界はどんなふうに見えるのかなってワクワクするんだ。」
「そっかぁ、ドブネズミくんはそういうのが好きなんだね。」
「ま、そういう事だね。」
「それじゃぁ、この雨が止むのが楽しみだね。」
「ああ、それまでには多少元気になっておかないとなぁ。」
「ご飯食べてゆっくりしてれば良くなるよ。」
二人はそうやって会話を続けていたが、さすがに話題もなくなってきた。
同じような話題がループしだしたとき、どこからか突如声がする。
「ところでお二方、絵はお好きですか?」
「え? ドブネズミくんなんか言った?」
「い、いや?」
二人があたりを見渡すが、誰もいない。
「ここです。ここです。」
その声を注意深く聞いてみると、声は部屋の片隅にあるぼろぼろの机の上から聞こえたような気がする。
イヌくんは、恐る恐る声の方へ近づいてみた。
机の上をそ~っと見てみると、そこには3本の色鉛筆が並べられている。
「どうもどうも、突然申し訳ない。ここに誰かが来たのが久しぶりなもので、ついつい声をかけてしまいましたぞ。」
わっはっはと緑色の色鉛筆が言う。
「僕たちはね。ずっと、僕たちの持ち主のことを待ってるんだ~。」
水色の色鉛筆は、少し寂しそうにそう言った。
もう一本、赤色の色鉛筆は特に何も言わなかった。
緑、青、赤の3色の色鉛筆はイヌくんとドブネズミくんに話した。
自分たちには絵を描くのが好きな持ち主がいたこと。
その持ち主はここでよく絵を描いていたこと。
しかし、いつからか突然ここに来なくなり、もうずいぶん時がたつようになったこと。
寂しさはあるが、それ自体は恨んでいるわけではないこと。
それらのことについて、彼らは語ってくれたのだった。
その話を聞き終え、ドブネズミくんが彼らに聞いた。
「意地の悪いきき方をしますが、僕らに何をお望みでしょう?」
それまで黙っていた赤色の色鉛筆が謝罪する。
「そうね、ごめんなさい。先にそれを言わないのは失礼よね。」
赤色の色鉛筆が言う。
「簡単なことよ、描いてほしいの。私たち、また描いてもらえると思っていたものだから。」
緑色の色鉛筆が言う。
「心残りというやつですなぁ、使われる道具の身でありながら終わりを決めさせていただきたいのですぞ。」
青色の色鉛筆が言う。
「僕らで何かを描いてほしいんだ~」
「道具であれ、生き物であれ、己というものがあるなら、その終わりを自分で決めたいというのは、一つの在り方でしょう。イヌくん。君がやってくれるかい?」
なぜか、どうにも断りがたい雰囲気を出しながら、ドブネズミくんはイヌくんに絵を描くことを促す。
「えっ・・・、僕? 絵を描いたことなんてないよ・・・」
「それは問題ない。」
「えぇ・・・、僕、手で色鉛筆さん達を持てないし・・・」
「手で持てなければ、口で咥えればいいじゃないか。」
「いやいや、咥えるって…、あ、本気だね? ドブネズミくん、本気なんだね?」
「ああ。だが、誰かの願いを無下にするイヌくんでもないだろう?」
そりゃそうだけど、この流れはなんかずるいぞ、とイヌくんは思う。
そうは思っても、結局のところ色鉛筆たちの願いをかなえてあげたいイヌくんなので、やることは一つだ。
「あっ、そうだ、せっかくだから雨を描こう。」
雨が上がり、イヌくんとドブネズミくんはそこを去っていった。
色鉛筆は、元の通り机の上に丁寧に並べられている。
赤、緑、青の順番だ。
「これで、心残りがなくなったわね。」
「ええ、まだここに留まっていられる間に、彼らに来てもらえてよかったですぞ。」
「いつかあの子が、ここに来た時に見てくれたらいいな~。」
「あの絵、知らない人が見たら何に見えるのかしらね、その反応が見られないのはちょっと残念だわ。」
「ほっほ、それがなんであるかは見た当人がそう思ったものとなりますでしょうなぁ。」
「ぼくね~、たくさん書いてもらって楽しかった~。」
3本の色鉛筆は、穏やかにその色を失っていく。
それは、わずかなものではあるが、赤は赤として認識するには、緑を緑として認識するには、青を青と認識するには、何か足りないそういった色への移り変わりだった。
そこは昔、画家が利用していた当人曰くアトリエだった。
ただ、画家は大成することはなく無名のままその生涯を終え、以降管理者はいない。
そして時がたち、今度は一人の少年がそこを使うようになる。
少年は、お気に入りの色鉛筆(赤、緑、青)で絵を描くことをただ楽しんでいた。
しかし、その少年もいつしかそこには現れなくなる。
お気に入りの色鉛筆を残して。
「久々に来てみれば、昔以上にボロボロだ」
青年がゆっくりとそのアトリエに入る。
「ただいま・・なのかな」
そして、諦めつつも何かを期待しながら、アトリエの中を確認する。
彼はすぐにそれを見つけた。
「ごめんな、長いこと待たせて。」
「ここさ、空き家だったんだけど、勝手に使ってたことがば親にバレてこれなくなっちゃってな。こっそり来ようと思ったんだけど、親父の転勤で引っ越さなきゃになってさ。ようやくこれたんだわ・・・。」
そっと、3本の色鉛筆を手に取り、ペンケースへと大事にしまった。
そしてふと視界に入った、壁の「何か」に目をやる。
「なんだこれ?」
それは、子供の落書きとすら思えないような何かだった。
ただ、それでも、何かを描くという意思の元に描かれたものだとわかる。
「でもなんだこれ?」
太陽? のような丸いものがあった。
木? のような大きくふさふさしたものがあった。
川? のような何か流れているような気がするものがあった。
さらに難解なのは、この全体的に書いてある水色の線、これ単体で見れば雨と言い張ることもできるが、太陽あるみたいだしなぁ・・・
あと、ちいさい生き物? のようなものもあった。
そして全くわからないが、赤い線と、緑の線と、青い線が短く添えられていた。
わからない。さっぱりわからない。わからないが・・・
「なんっつうか、とりあえず描いたらなんか楽しくなってそのまま描いたって感じだな。」
ちょっとうらやましいと思った。
『私たちはみんな、描いてくれる人の画になりたいんだから、あんまり気にしなくていいのよ。』
『ほっほ、思うままにデタラメに、描いたらよろしいと思いますぞ?』
『自由でいいんだよ~。』
「そっか、描いていいんだった。楽しいからそれを描く。文字だろうが、絵だろうが、歌だろうが、そういうもんだよなぁ。」
だから、ここで誰に見せるわけでもない落書きにもなってないようなものを描いてたんじゃないか。
それで今があるなら、そういう事だろう。よし描こう。そうしよう。それでいいんだ。そうしたいんだ。
「さて、何から描こうか・・・」
アトリエから外を出ると。
残っていた雲はほとんど過ぎ去って、澄んだ空気と穏やかな陽の光に照らされさ世界が目に飛び込んでくる。
そこにはたくさんの色があった。
空の青、木々の緑、赤い太陽。
かすかに残った白い雲、長くなった黒い影、黄色くなった葉っぱ。
流れる川の水色、橙色の木のみ、黄緑の昆虫もいた。
灰色のアスファルト、桃色と紫色の花、茶色い地面。
他にもたくさん、きっと目に見えてない色がある。
「そうだ、これを描こう。」
何度も失敗して、間違えて、いつか、この目に映る世界を描いてみせよう。
「うまいこと描けたら、色とりどりの秋・・・とでも名付けようかな。」
イヌくんとドブネズミくんは、次の季節へと向かって道を歩いていた。
自分の思い通りに描けたかどうか、3色の色鉛筆たちが満足してくれたかどうかはわからない。
それでも、自分の中から生まれた何かを形にしたという達成感がイヌくんを満たしていた。
「そうか、何かを形にするって、表現するってこんなにも素敵なことだったんだね。」
それはドブネズミくんに向けた言葉ではなかった。
そこについてはドブネズミくん自身もわかっていたが、彼は口を出したい性分なのだ。
「そうだとも、そしてそれを表す言葉がある。」
いつものように勿体つけてそんな風にいえるくらいにはいくらか回復したのだろう。
とはいえ、冬を越せるとはドブネズミくん自身思っていなかった。
「知ってるよ~、芸術っていうんでしょ?」
無邪気な声でイヌくんは自信ありげに答えるが、ドブネズミくんは「惜しいねぇ。」と嬉しそうに言う。
「え~、じゃなに? 聞いてあげるから言いなよ~」
若干すねたイヌくんに、ふふっと笑いながらドブネズミくんは、「サービスだよ。」と続ける。
「それはね、感動っていうのさ。」
こうして一つの季節が終わった。
そして次の季節が始まる。