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犬の散歩  作者: お茶っぱ
3/6

夏の日の約束

二人は海にきた。

正確に言うと海が見えるところまで来た。

イヌくんがドブネズミくんから海の話を聞いて見てみたくなったのだ。

もっと近くに行きたいが遠い。


「浜辺まで行くには、まだしばらくかかりそうだ。イヌくん、休憩にしよう。せっかく浜辺についても疲れて何もできないんじゃ意味がないだろう?」

イヌくんはじっとしていたくないなぁと思いつつも、ドブネズミくんの提案を受け入れるしかなかった。

「そこにベンチがあるね、もしかしたらということもある。そこで休んでいこう。」


イヌくんは、もしかしたらってなんだろうと思いつつも、やはり疲れてはいたので休むことになった以上休みたくなった。

何と言ったって季節は夏だ。

日差しが強い。


この一言に尽きる。

ベンチの下は日陰になっているのでイヌくんはそこへもぐりこんだ。

直接日の光を浴びるよりはマシだが、これで休めるのかといわれるとじわじわ体力が削られていくだけなような気もした。


「もうすぐ日が暮れる、それまでここでしのごう。何か楽しい話でもできればいいんだが、あいにくこの気温ではそんな気にもなれなくて申し訳ない。」

「うん、大丈夫。ドブネズミくん、今はたぶん何もしないのが正解だよ。」

「確かにそうだね、うん、その通りだ。」


そうしていると、遠くから何かがやってくる音がする。

ドブネズミくんは、それを見ると少し元気を取り戻した。

「やったぞイヌ君。救いの使いがやってきてくれた。」


それはバスだった。

イヌ君たちが休んでいたベンチは、バス停でちょうど降りる人がいた。

降りる人のために当然バスは扉を開ける。


イヌくんはドブネズミくんを頭にのせて、ヒョイっとバスに飛び乗った。

バスの中はクーラーがきいていてとても涼しかった。

そして、誰もいなかった。


バスは扉を閉めると、車体を震わせ進み始める。

当然イヌくんもドブネズミくんもバスに乗るのは初めてだ。

車内はどういうわけか涼しくなっていた。


「なんか、思った以上に涼しいね。」

「人間はね、自分たちが過ごしやすい環境を自分たちで作り出すことができるんだよ。」

「すごいなぁ・・・」


感心しながら、イヌくんはぐで~っと床に腹ばいになって涼んだ。

バスの振動がちょっときもちいい。

「すごいんだなぁ・・・」


感心しきりのイヌくんにドブネズミくんはからかうような感じで言う。

「ふふふ、それなら、生まれ変わったら人間になってみるかい?」

「それも悪くはない・・・けど、僕は僕を探しているはずだから、きっと自分が何かになれなきゃ納得できない気がする。」


ほぅ・・・と、ドブネズミくんは感心した。

「良い答えだ。それを忘れないでおくれよ。その何かに迷うことがあったら、あの時見せてもらった桜の花道を思い出すといい。」

「うん、すごくきれいだったね。あのあと、どうしてるのかな・・・」


ドブネズミくんは、サービスだよ。と前置きしてイヌ君の頭をポンポンとなでながらつぶやく。

「きっと、僕らを見てくれているさ。」

彼の視線の先、イヌくんの頭の上にはちいさな桜の花びらが残っている。


バスは進んでいくが、ほかのバス停には待っている人もなくやがてそのまま終点へとたどり着いた。

海の近くにあるバス停だ。

さざ波の音が聞こえる。


日は傾き、夕方が近くなってきたが、まだ夏の空気はやはり暑かった。

・・・どうやって降りるの?

降りる人がいないということは、バスの扉はあかない。


「しまったな・・・」

頭を掻きながらドブネズミくんが、苦笑いする。

「バスに乗れれば涼みながら海まで来れると思ったが、どうやって降りるか考えてなかったぞ。」


「どうすんのさ。」

「開いている窓があればその隙間から無理やり降りるという手もあるが、この季節に窓を開ける発想は生き物であれば絶対にない。」

「どうすんのさ。」

「イヌくん、気持ちはわかるし、これは僕の落ち度でもある。それは認めよう。しかしながらだ、こうして効率よくここまでこれたことについては、そちらも評価に加えていただきたい。」

「そうだね、これまでのことは良いこと悪いことで相殺としよう。それよりも、今はこれからのことだね、で、どうすんのさ。」

「・・・イヌくん、だいぶ僕との会話、心得てきたね?」


と、そのとき、バスのドアが開いた。

バスの運転手が、運転席から二人の方を向き声をかける。

「ここまでのご乗車、ありがとうございます。小さなお客様。」


「イヌくん、降ろしてくれるそうだ。」

「そうみたいだね。よかった。」

イヌくんは、ありがとうございます。と運転手に伝えたが運転手には「わん!」という音でしか伝わらない。


だが、運転手は何となくうれしそうに見えた。

運転手は二人を下すと自分もバスから降りた。

そして、ベンチへと腰掛ける。


「もし、時間があるなら、すこし話を聞いてくれないか。」

運転手は言葉が伝わるとは思っていないだろうが二人にそう言った。

「ここまで乗せてもらったお礼だ。イヌくん聞いていこう。」


イヌくんが、ベンチに上って運転手の方を向きお座りをする。

夕日がちょっとまぶしかった。

運転手はちょっと待ってろと言うと、バスを少し動かしてベンチが日陰になるように調節した。


降りてきた運転手が再びバス停に腰掛け、彼は話し始めた。

自分は子供のころこの辺に住んでいたこと、このバス停は自分が学生であった時からずっとあったバス停であること、遠くの学校に通うようになってこのバスを使うようになったこと、そして、そのバスで同じように学校へ通う女の子と恋人になったこと。


二人でどこかに出かけるときは必ずこのバス停で待ち合わせしたこと。

バスの運転手になることを決めたこと。

一番最初のお客さんとして恋人を乗せたこと、このバス停のベンチで波の音を聞きながらプロポーズしたこと。


語ることがなくなったのか、運転手はそれ以上語ることはなかった。

この場を離れるべきか、とイヌくんは思ったが何となく離れづらい。

すると、それまで無言だったバスとバス停とベンチが声をかけてきた。


バスが言う「今日で私たちはお役御免なんだ」バス停が言う「最後にお客さんがいてよかった」ベンチが言う「もう少し一緒にいてもらってもいいかな」

「イヌくん、もう少しいようか」


そのまま、波の音を聞きながらみんなで時を過ごす。

すると運転手の奥さんがやってきた。「アナタ、懐かしいわね。こうして二人で待ち合わせするの。待つのはいつも私のほうだったけど」

奥さんは穏やかに微笑んでいる。


「最後くらい、待ってみようかなって思ってね。」

二人は、思い出を語るでもなくただ笑いあっていた。

バスとバス停とベンチは、長い間この二人の日常を見守ってきたのだろう。幸せそうな二人に満足していた。


そして、本当の最後の乗客として奥さんを乗せたバスがバス停を後にする。

「良い旅を、僕らの旅はここで終わるが、それは悲しいことではないんだよ」バスはそう言って走り出した。

バス停は「僕らが最後に、こうしていたことを君が知ってくれた」と言い、ベンチは「ほんの少しの間だけ僕たちがいたこと、僕たちは意外と幸せだったこと覚えていてほしいな」といった。


イヌくんは言う「うん、もちろんだよ。会えてよかった、あなたたちの大切なものを共有してもらえてよかった。思い出を頂きました。ありがとうございます。」

「イヌくん、さぁいこう。」


波の音に押されるようにして、イヌくんは走り出した。

「そうか、あの人たちの人生は命の意味は誰かと思い出を共有しあい分かち合うことだったんだね。」

「ああ、そして、今僕らもその一部となった。」


「嬉しいなぁ、ほんとうに嬉しいなぁ。」

「そうだね、そして、その嬉しさを表す言葉がある。」

「なんていうの?」


サービスだよ。と前置きしてドブネズミくんは告げる。

「こういうのを尊いっていうのさ」


こうして一つの季節が終わった。

そして次の季節が始まる。

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