ちょっとそこまで
そこはガッコウと呼ばれる場所、人ではなく鳥や牛、猫に犬そういった動物たちが集まっている場所だ。
特に何をするという決まりはなく、彼らは思い思いに過ごしていた。
それはある日のこと、「みんな、生まれ変われるとしたら何になりたい?」
よくある問いかけだ。
きっと暇だったんだろう、その問いをみんなに投げかけたのはネコちゃんだった。
クマくんは答えた「トリくんみたいに空を飛んでみたいなぁ」
ウマくんも答えた「ぼく、サカナちゃんになって泳いでみたい。」
ウサギちゃんは「私は、ゾウくんみたいにおっきくなりたい。」
などと、みんなぱっと思いついたなってみたい姿を思い浮かべては口にしている。
ネコちゃんは、その場で唯一なにもいわないイヌくんを見つけ聞いてみた。
「イヌくん、イヌくんは何になってみたい?」
「え、えっと、そうだなぁ、うん、その、えっと・・・」
イヌくんは考えてみたが、答えられなかった。
誰かと同じにしてしまえとも思ったが、それは違うと何かが否定して何も言えなかった。
「なりたいの無いの?」
なぜだろうか、イヌくんはその何気ない一言が深く心に刺さった気がした。
なんだかすごくつらくなってしまって、イヌくんはそこから逃げるみたいな形でネコちゃんから離れていく。
イヌくんの足は自然とガッコウの正門とは反対にある花壇へと向かっていた。
ここには、あまり誰も来ない。
だけど、花が咲いていて独りぼっちにもならない。
そんな場所だ。
しかし、今日はそこに誰かがいたようだ。
その『誰か』は、やってきたイヌくんに気が付いたようで、イヌくんのほうへ体を向ける。
「すまないね、ここは『君の場所』だったかい?」
「どうかな、よくここには来るけど、僕の場所というわけじゃないよ。」
「そうか、なら、ここにいてもかまわないかな?」
「そりゃ、僕にはそんな権限ないし」
イヌくんは、一人になりたかったので少し残念だったが、それは目の前の彼には関係のないことだとあきらめた。
「ふむ、君は少し元気がないようだね。」
「初めて会ったと思うけど、わかるの?」
「そうか、当たりだったようだね。おっと失礼、僕はドブネズミだよろしく。」
「イヌです。よろしくドブネズミくん。」
イヌくんがそう返すと、ドブネズミくんはニヤッと笑う。
「話してごらんよ、聞いてあげよう。そうだな、初めて会った記念の・・・サービスというやつだ。」
あまりにも上から来られたので、イヌくんは何となくさっきあったことをそのまま伝えた。
そして聞いてみた。
「ドブネズミくんだったら、なんて答える?」
一瞬、ドブネズミくんの表情にピリッとした緊張が走ったように見えたが、思い違いにも見えた。
ドブネズミくんは「う~ん」と口に手を当てて考え答えを告げる。
「そうだね、僕なら、また僕として生まれて、生きて、死んでいきたいかな」
何かをあきらめ、そういうこともあるだろう。皮肉をきかせてそういうこともあるだろう。
しかし、ドブネズミくんにの言葉にはそうなそぶりはなかった。
その答えは、そう言える彼が、イヌくんにとって衝撃的なものに見える。
そして、やっぱり何も答えられなかった自分がとてもみじめに思えた。
自分には自分というものがないんだ。
イヌくんは思った。それは言葉として出てしまっていた。
「僕は何も答えられなかった。みんななりたい自分があったのに、僕は、君のように自分を生きたいとも、別の誰かのように違ったことをして生きてみたいとも答えられなかった。僕は、まるで自分がどこにもいないみたいでとても悲しい。僕はいったいどこにいるんだろう・・・」
ドブネズミくんは答えた。
とても優しい声で。
「大丈夫、君は今探しているのさ。自分のことをね。この世界にちゃんといる君自身を探し始めたのさ。よいことだ、その始まりに僕が立ち会えたことを少し嬉しく思う。」
ドブネズミくんは、軽やかにイヌくん背に飛び乗る。
そして、楽しそうにこう言った。
「さぁいこう、探しに行ってみよう。君はね、生きるということは何なのか、それが知りたいのさ。その答えはガッコウにはここにはないよ。勇気を出して旅立とう。なーにちょっと散歩に出かけるようなものさ。」
ここにはない答えを探しに行く。
それは、イヌくんの心を躍らせた。
そうだ、答えが欲しい、それを見つけたい。
探しに行こう。イヌくんい迷いはなかった。
花壇の脇を通り過ぎ、ここではないどこかへ向かう旅が始まる。
「イヌく~ん、どこか行くの~?」
イヌくんを心配して追いかけてきたのか、ネコちゃんが遠くから声をかけてきた。
イヌくんは元気よくそれに答える。
「散歩してくる~!!」
「お散歩行くの? どこまで?」
なんて言おうかな、ちょっと悩んだイヌくんの耳元でドブネズミくんが「サービスだよ」と耳打ちする。
イヌくんは元気よく駆け出しながら、ネコちゃんにこう言った。
「ちょっとそこまで~!!」
そして二人の旅が始まる。
これは、4つの季節を廻り、答えへとたどり着く物語だ。