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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者: 今際之
法廷編(前編)人狼メイドはブラック法廷を打ち砕く
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証人尋問:皇室顧問法務騎士ハフリ+第六皇子グーセイ

「わかりました。では、次の証人尋問に移りましょう」


 クラレント裁判長がそう告げたところでワーラー検事が挙手をした。


「裁判長、恐れ入りますが審理の中断を申し入れます。先の証人尋問の内容を踏まえて証拠類の見直しを行いたいと思います」


 今日の審理はこれで終わりにして欲しい、という意味だ。


 クラレント裁判長はフムと鼻を鳴らした。


「被告人、いかがでしょうか?」


「構いませんが、審理を中断する前に被告側からも証人を出したいのですが、可能でしょうか」


「今から出せる証人と言うと、ハフリ法務騎士でしょうか?」


「はい、次回の公判にお呼びできるかはわかりませんので、この場においでのうちにお話をうかがっておきたいと思います」


「わかりました。やや変則的ですがハフリ法務騎士の同意があるならば許可します。検察側もよろしいですか?」


「はい」


 ワーラー検事は首肯する。


 本音としてはよろしくはないと思うが【エプロン】の証拠能力を潰され、審理中断を申し入れてしまった手前、下手な抵抗もできないのだろう。


 クラレント裁判長は傍聴席のハフリ法務騎士とグーセイ皇子に目を向けた。


「ハフリ法務騎士、いかがでしょうか」


「はい、喜んで」


「うむ」


 ハフリ法務騎士がそう応じ、何故かグーセイ殿下も一緒に立ち上がった。





 ハフリ法務騎士はそのままグーセイ皇子と一緒に証言台に立ってしまった。


「ハフリ、ブタイノ帝国の皇室顧問法務騎士です」


「グーセイ、ブタイノ帝国の第六皇子である」


 何故か証言台に立っているグーセイ皇子が名乗ると拍手と歓声があがる。


「尊い! 殿下!」


「バンザーイ!」


「ホーリー!」


 やたらカリスマ性が高い。


 殿下はお呼びしていないのですが、という指摘は不可能だった。


 そんなことを言える相手ではない。


 法務騎士ハフリ氏のほうもフルアーマー状態で押し通すつもりのようだ。


 クラレント裁判長も困り顔だが、相手が悪すぎて何も言えないようだ。


 ともかく尋問を始めることにした。


「今回お聞きしたいのは、私に投与されていた毒物についてです。棘貝毒とげかいどくと仰っていましたが、どのような毒物なのでしょうか」


「棘貝毒はムラサキトゲガイの内臓から取れる毒物です。体内に入ると痙攣や麻痺、言語障害などを引き起こします。特徴は致死量が多く、解毒が簡単であること。経口投与、血液投与の双方で効果があること」


「猛毒であるか」


 グーセイ皇子が呟いた。


「いえ、致死量とは、どれだけ摂取すると死に至るかを示す値ですので、致死量が少ないほど猛毒となります。致死量の多い棘貝毒は弱い毒ということですね。どちらかというとしびれ薬に近いものですが、矢などに塗って使っても、水や食物に混ぜても同様の効果が得られることが大きな利点です。古くは狩猟や捕虜の無力化などにも使われていました」


「なるほど、続けるがよい」


 主導権をグーセイ殿下に取られてしまった。


 気を取り直して質問を投げる。


「その棘貝毒が私に投与されていたのですね」


「はい、初期投与は経口投与。以降は点滴液を通じて投与を続けていたようです」


「異議あり!」


 ワーラー検事が叫んだ。


「根拠のない推測です!」


「ハフリ証人、その発言に証拠はありますか?」


 クラレント裁判長が確認した。


「検察側の指摘通り、最初の経口投与については推測です。突然妙な点滴をしようとしても抵抗をするだろうということで。一度麻痺をさせてしまえば、あとは治療の名目で点滴を続ければ、継続して被告人の意思表示能力を奪い続けることが可能です」


「点滴については、推測ではないというのですか?」


 裁判長が質問を重ねる。


「ええ、つい先ほどまで投与を続けていたようですので」


 ハフリ法務騎士は私の斜め後ろあたりを指さした。


 点滴台にぶら下げられた、私の点滴袋のある場所だ。


「……まさか」


 裁判長が顔を強張らせる。


「裁判長、すまぬが場を荒らすぞ」


 グーセイ皇子が口を開いた。


「ブタイノ帝国の皇子として命ずる! ハフリ法務騎士! 点滴袋を鑑定せよ!」


「仰せのままに」


 ハフリ法務騎士のガントレットが鑑定魔法の光を放ち、点滴袋を捕らえる。


 走査光が点滴袋の上を駆け抜けた。


「完了しました」


「申すがよい」


「点滴袋より棘貝毒の反応を検知しました」


「な、なっ、なななななっ!」


 裁判長が魂消た声を上げる。


 グーセイ殿下がびしりと告げる。


「裁判長! 法廷鑑定士による再鑑定を行うがよい! ハフリ法務騎士の言葉に誤りがなければ、この法廷では被告人に毒を盛って法廷に出し、裁きを行おうとしていたことになる! 儂の眼前がんぜんでの斯様かような蛮行! 断じて見逃すわけには参らぬぞ!」


「はっ! はっ! ははぁっ! か、係官っ! ただちに法廷鑑定士を呼んでください!」


 グーセイ皇子の大喝を受け、クラレント裁判長は慌てて指示を出す。


 三権分立もなにもあったものではないがブタイノ帝国の司法は現状こんなものである。


 検事席のワーラー検事、傍聴席にいるウッド弁護士、ジショーエス警部の顔を見ると、真っ青になって震え上がっているのが見て取れた。


 点滴袋回収のタイミングをうかがっていたようだが、ハフリ法務騎士とグーセイ皇子の目があったので、ここに至るまで身動きが取れなかったのだろう。


 ハフリ法務騎士の鑑定魔法は数秒で終わったが、これはハフリ法務騎士の能力が高すぎるだけで、法廷鑑定士による正式鑑定となるともっと時間が掛かる。


 約三十分の休廷のあと、法廷鑑定士シンガン・ミヤブール氏の報告を受けたクラレント裁判長は木槌を鳴らし、重々しく口を開いた。


「点滴袋の再鑑定の結果、ハフリ法務騎士の指摘通り棘貝毒が検出されました。中央警視庁セントラルヤードでの取り調べ中から今日に至るまで、被告人は棘貝毒を投与され、意思表示能力を奪われていたものと思われます。これは明らかな犯罪行為であり、帝国司法に対する重大な挑戦です。この事実により検察側より提出された被告人の供述調書などの証拠類も、その大半が証拠能力を喪ったものと見なさざるを得ません。検察に公判維持の資格なしとみなし、当法廷は検察側に起訴取り下げを要請します」


 既に覚悟していた通りの結論だったのだろう。


 ゾンビを通り越してスケルトンみたいな顔になったワーラー検事は、弱々しくうなずこうとする。


 ウッド弁護士とジショーエス警部に至っては傍聴人席から逃げ出してしまっていた。


「裁判長」


 ワーラー検事がなにか言う前に、私は声をあげる。


「検察側の回答の前に希望を申し述べさせていただきたいのですが」


「なんでしょうか」


「被告側は、公判の継続を希望します。起訴の取り下げは、あくまでも取り下げにすぎず、無罪判決ではありません」


 あくまで検察側が『この裁判はもうやめます』と宣言するだけだ。


 私にかけられた『殺人』の汚名そのものが拭い去られるわけではない。


 法で罪に問われなかったというだけで、その気になれば再起訴することも可能だ。


 過去の事例としては、一度起訴が取り下げられた事件が再起訴に至ることは少ないが、ゼロというわけではない。


 このまま引き下がってしまってはギルティ家のメンツは丸つぶれだ。


 執念で再起訴に持ち込み、有罪判決を取りに来る可能性は充分考えられる。


 ブタイノ法曹界における、法務貴族ギルティ家の影響力は絶大だ。


 今回はクラレント裁判長が中立的で、ハフリ法務騎士やグーセイ皇子の援護が得られたから良かったが、孤立無援でギルティ家よりの裁判長が出てきたりするとどうなるかわからない。


 その芽を摘むには、この公判で正式な無罪判決を勝ち取る必要がある。


「起訴の取り下げは事実上の無罪判決です。再起訴に至ることは滅多にありませんよ?」


 クラレント裁判長が言った。


「その、滅多にない再起訴の事例ですが、どれもギルティ家が関わっています。起訴取り下げで決着がつくとは思えないのです」


「そういうことでしたか」


 クラレント裁判長は首肯する。


「わかりました。裁判所からの起訴取り下げの要請は撤回することにします。とはいえ、正常な公判の継続が困難になったことは事実ですし、起訴の取り下げは検察側の権利でもあります。検察側、いかがですか?」


「……検察局と中央警視庁セントラルヤードと協議の上、方針を決定したいと思います」


 さすがにボロボロのようだ。


 ダウン寸前の拳闘士のようにふらつきながら、ワーラー検事はそう応じた。


「わかりました。では、本日の審理はこれにて終了します。また、被告人ノット・ギルティの身柄については安全確保のため中央警視庁セントラルヤード所管拘置所より、司法省所管の拘置所へと移動するものとします。次回開廷は一週間後の9時より。検察側はそれまでに、公判方針の再検討を済ませておいてください」


 カン!


 クラレント裁判長が閉廷の木槌を鳴らす。


 最後の糸が切れたのだろう。


 海藻みたいにふらついていたワーラー検事はがくりと膝をつき、真っ白になって崩れ落ちた。


<裁判編(前編)終了>

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