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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者: 今際之
法廷編(前編)人狼メイドはブラック法廷を打ち砕く
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証拠鑑定:【エプロン】

 反対尋問。


 今度は私がジショーエス警部を尋問する番だ。


 私の犯行を立証するための質問をしたワーラー検事に対し、私は私の犯行を否定するための、あるいはジショーエス警部の証言の信頼性をぐらつかせるための質問をする必要がある。


 しかし、このまま反対尋問に入っても使える手札が少なすぎる。


「反対尋問の前に、証拠品の【エプロン】の確認をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 まずは証拠品のチェックを申し入れた。


「わかりました。10分間休廷とします」


 陳列台の前に車椅子を動かし、問題の【エプロン】をチェックしていく。


 表側には被害者の頭部から飛び散った血飛沫のあと。


 古井戸に沈んでいたせいで全体に泥水を吸っている。


 私の【エプロン】であることは間違いない。


 血液の飛散具合から見ると事後工作として血を付けたのではなさそうだ。


 他の誰かが私の【エプロン】を身に付けて犯行を行ったのだろう。


 つまり、私以外の誰かが【エプロン】をつけていた痕跡があれば証拠能力を否定できることになる。


【エプロン】の裾の裏側に、気になるものがあった。


 裾の一番端、他の血飛沫から離れた場所にぽつりとついた黒い汚れ。


 泥を吸ってしまっているのでわかりにくいが血の汚れに見えた。


 検察側の用意した鑑定書には記載のない汚れだ。


「裁判長。【エプロン】に鑑定を行いたい部分があるのですが」


「鑑定を行う場合、費用は弁護側持ちとなりますが、よろしいですか?」


「魔法の制限を一時的に解いていただくことは可能でしょうか。鑑定魔法であれば心得があります」


「却下します。鑑識結果の信頼性が保証できません」


 被告人が自分で鑑定をやるのは、やっぱり難しいようだ。


 頼めば裁判所付きの法廷鑑定人を頼むこともできるが、鑑定料を払えるアテがない。


 鑑定なしでどうにかするしかなさそうだ。


 そう思った時。


「裁判長」


 再び傍聴席から声が響いた。


「鑑定であれば、私がお引き受けしましょう」


 例の鎧の怪人ハフリ氏の声だった。


「ハ、ハフリ先生が?」


 クラレント裁判長は慌てた調子で言った。


「はい、グーセイ殿下の裁判見学の一環として鑑定魔法の実演をさせていただこうかと」


 落ち着いた調子で言ったハフリ氏は振り向いた私の顔を見やった。


「いかがでしょうか」


「……貴方は……?」


 さっき聞きそびれていた問いを投げる。


 裁判長やワーラー検事などの表情からすると相当の大物のようだが、正体がわからない。


 私が知っているブタイノ法曹界に、こんな怪人はいなかった。


「これは失礼をいたしました。私の名はハフリ。モフスコ一世陛下にお仕えする皇室顧問法務騎士です。本日は第六皇子グーセイ殿下の家庭教師として裁判所と公判の見学をしておりました」


 皇室顧問法務騎士。


 超大物だ。


 名前の通り皇室に関わる法務を司る最上位弁護士。


 先帝クラーボンの代は空席になっていたはずだが、最近戴冠したモフスコ一世陛下が選任したのだろう。


 弁護士の中の弁護士と言うべき存在で、司法長官、検事総長と並ぶ法曹界三巨頭の一角に数えられている。


 ただ、腑に落ちないところもあった。


 皇室顧問法務騎士になるくらいの大物だったら皇室顧問法務騎士になる前から有名人のはずなのだが、家出前にも家出後にも噂を聞いたことがない。


 また、皇室顧問法務騎士というのはあくまで「そういう肩書き」に過ぎないはずだ。


 本当に鎧を着て法廷に出入りする皇室顧問法務騎士なんて聞いた事もない。


 そんな疑問を覚えつつ「鑑定魔法を扱えるのですか?」と確認する。


 鑑定魔法が使える弁護士、法務助手もいないわけではない。


 私自身も鑑定魔法が使える法務助手だが、一般的には鑑定魔法は裁判所付きの法廷鑑定士や中央警視庁セントラルヤードの鑑識官などの領分とされている。


「ええ、心得ております」


「謝礼のお約束ができないのですが」


「グーセイ殿下に鑑定魔法の実際をお見せすることが目的ですので、ご心配には及びません。本当の血痕のついた証拠品を扱う機会など、なかなかあるものではありませんからね」


「わかりました。お願いいたします」


 ここは素直に力を借りる他ない。


「ありがとうございます。裁判長、よろしいでしょうか」


「わかりました。許可します」


「ありがとうございます。では殿下、参りましょう」


「うむ」


 ハフリ法務騎士とグーセイ殿下がゲートを抜け、証拠品陳列台に歩みよる。


「この【エプロン】を鑑定すれば良いのですね」


「はい、こちらの汚れが気になっています。血痕のようですが、鑑定書に記述がありません」


「心得ました。早速はじめましょう」


 ハフリ法務騎士はガントレットを付けたままの手を【エプロン】にかざす。


「記録官、口述内容の筆記をお願いします」


 ハフリ法務騎士のガントレットから数十本の青い光線が伸び【エプロン】の上を滑るように駆け巡る。


「【エプロン】表面の血液には脳漿の成分が混じっています。被害者の殺害時に飛散したものでしょう。【エプロン】裏面、裾側にある小さな汚れも血液と断定可能です。ただし、脳漿の成分は検出できません。血液型は表側がA、裏側がO。表と裏で別の人間の血液が付着していることになります。裏側の血痕の中心に微細な穿孔を確認。エプロンの着用者がしゃがみ込み、針や棘、微細な【ガラス片】のようなものを膝で踏み、負傷したものと思われます。他に気になる点はありますか?」


「表面に泥汚れの痕跡はありますか? 地面に膝をついた痕跡のような」


「検出できません。痕跡があった可能性はありますが井戸の泥水で流されたのでしょう」


「わかりました。ありがとうございます」


 勝負のできそうな手札が手に入った。


「先ほどの麻痺毒の件も含め、必要であれば証言台に立たせていただきます。いつなりとお呼び下さい」


 穏やかな調子で告げたハフリ法務騎士はグーセイ皇子と共に傍聴人席へ戻っていった。


「では、審理を再開します」


「裁判長、反対尋問の前に、証拠品を提出させていただきます」


 法廷記録官が記述したハフリ法務騎士の【エプロン】の鑑定メモを証拠として提出、ジショーエス警部の反対尋問に入った。

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