証人尋問:捜査責任者セメルドー・ジショーエス警部
検察側の最初の証人セメルドー・ジショーエスはオークを思わせるシルエットをした大柄な中年男だ。
「氏名と職業をお願いします」
ワーラー検事が人定質問を行う
「セメルドー・ジショーエス。中央警視庁貴族部に所属。ジトーク子爵殺害事件の捜査責任者です」
「階級は?」
「警部です」
「ありがとうございます。ではジショーエス警部。事件の発生から被告人ノット・ギルティの逮捕に至るまでの経緯をご説明ください」
車椅子の上の私を恫喝するように睨んだジショーエス警部は、太い声で証言に入った。
「事件発生は1021年12月25日。帝都郊外のジトーク子爵邸敷地内の乳製品保管庫でジトーク子爵家当主ジゴー・ジトーク氏が遺体で発見されました。遺体の発見時刻は25日の17時過ぎ、第一発見者は被告人ノット・ギルティ。当時はギメイという偽名を名乗り、乳製品保管庫に併設の乳製品工房で働き、保管庫の管理を担当していました。中央警視庁が通報を受けたのは25日18時頃。貴族邸の敷地内の事件ということで中央警視庁貴族部の刑事が現場に向かい、捜査を行いました。被害者の死因は後頭部を大型の刃物で攻撃されたことによる脳幹損傷。鑑識官の調べによると、死亡推定時刻は同日15時から16時と見られています。遺体は床にうつ伏せに倒れこんでおり、体の前面が少量の【ガラス片】で傷ついていました。何らかの原因で転倒したところに、重く鋭利な刃物によって一撃されたものと思われます」
「現場の【ガラス片】とはこちらの証拠品ですね。何のガラスかはわかりましたか?」
ワーラー検事は証拠品保管用のシャーレに収めた緑色の【ガラス片】を、シャーレごと取って示した。
「酒瓶の破片と思われます。現場に出入りしていた被告人が持ち込み、誤って割ったものと見ています」
職場で酒を呑む女扱いされてしまっているが「異議あり」とはやらずにおくことにした。
法廷に呼ばれた証人は、なんでも好き勝手に話せるわけではない。
検察側の証人の場合は検察側の質問に回答する尋問の形式で証言を引き出され、その後反対陣営である弁護側が反対尋問を行ってさらなる証言を引き出したり、証言の信憑性を確認したりする。
弁護側の証人の場合は弁護側が証人尋問、検察側が反対尋問を行う形になる。
今は検察側の手番で、私の手番はまだ先となる。
「この【ガラス片】は事件に大きな関係はないということですね」
「はい」
「被告人の逮捕に至ったきっかけはなんでしょう」
「現場近くの古井戸で被害者の血液がついた【鉈】と【エプロン】が発見されたことです。いずれも被告人が仕事に使用していたもので【鉈】については被告人の指紋が付着していました」
「こちらの2点ですね」
ワーラー検事は陳列台の【鉈】と【エプロン】の現物を示した。
「はい、【鉈】の形状と被害者の頭部の傷の形が一致したことから、その【鉈】が凶器であると断定しました。【エプロン】にも被害者の返り血が付着していたことから【鉈】【エプロン】双方の所有者であり、事件現場である乳製品保管庫の管理者でもある被告人ノット・ギルティを有力な被疑者と見なし、事情聴取を行ったところ犯行を自供し、緊急逮捕いたしました」
「自供があったのですね」
「はい」
そんな覚えはない。
自供を迫られ拷問を受けた記憶はあるが、自供、自白をしたのはノット・ギルティという本名だけだ。
「ありがとうございます。被告人以外に被疑者となりうる人物はいなかったのでしょうか?」
「捜査の初期段階ではジトーク子爵邸にいた人間全員が被疑者でしたが、被告人以外の人間にはアリバイがありました」
「詳しく説明をしてください」
「事件当日、被害者であるジトーク子爵は15時に日課の散歩に出かけたのを最後に行方がわからなくなっています。普段は30分ほどで戻ってくるはずが16時を過ぎても戻らないということで執事のマーダラー氏が捜索に出向きました。被害者の散歩のルートはジトーク子爵家の敷地内を一周するもので、事件現場となった乳製品工房はそのルート近くに存在します」
執事のマーダラー氏はジトーク子爵家に仕えて30年のベテラン執事だ。
大柄な体躯、分厚いレンズのモノクルがトレードマーク。
今は未亡人となったジトーク子爵夫人フージンと並んで後方の傍聴人席にいる。
体格が亡きジトーク子爵に似ているのでフージン夫人と並ぶと収まりが良く見えた。
「乳製品工房にいた被告人にジトーク子爵を見なかったかとたずねたマーダラー執事は、そのままジトーク子爵の散歩ルートを一周しましたがジトーク子爵を発見できずに屋敷に戻りました。同日17時過ぎ、被告人が屋敷に現れ、マーダラー執事に乳製品保管庫で遺体を発見したと伝えたのことです。事件当時に乳製品保管庫近辺にいたのは併設の乳製品工房で働く酪農メイドのギメイこと被告人ノット・ギルティのみ。他の場所から乳製品保管庫近くに出向いた人間は被害者であるジトーク子爵、被害者の捜索に出向いたマーダラー執事のみとなります」
ジショーエス警部の説明どおり事件当日の夕方、マーダラー執事が乳製品工房にやってきて、子爵様を見なかったかと質問された。
見ていませんと返事をしたあと、バターをしまうために保管庫に入ったら、頭を割られたジトーク子爵が転がっているのに気付き、屋敷まで報せに走った。
私の仕事場である乳製品工房はジトーク子爵邸の本館から500メートルほど離れた距離にあり、敷地内で飼育している牛馬の世話とチーズやバターなどの乳製品作りを行っている。
ジトーク子爵家における私の仕事は酪農メイド。
一応メイドという肩書きでメイド服を着ているが仕事内容は酪農家に近い。
ジショーエス警部は続ける。
「【検死報告書】によれば被害者ジトーク子爵の死亡推定時刻は25日の15時から16時。この時間帯に乳製品保管庫の方角に向かった人間は被害者ジトーク子爵のみで、現場近辺にいた人間は被告人ノット・ギルティのみ。もうひとり現場付近に向かっているマーダラー執事がジトーク子爵邸の本館を出たのは16時であるため、被告人以外の人間は全員被疑者から外れることになりました」
「被害者を恨んでいた人間などはいないのですか?」
「貴族社会における確執のようなものはあったようです。また、冒険者ギルドを通じて街道に出没する盗賊の賞金をかけていたようですが、今回の事件とは無関係と判断しました」
「被告人と被害者の関係は?」
「被告人はジトーク子爵家の屋敷の離れにあたる牧草地の乳製品工房で働いていたため接触は少なかったようです。ですが、ジトーク子爵家は近年経済状態が悪化し、使用人の給与削減、解雇を繰り返していました。乳製品工房についても採算の関係から取り潰しを検討していたそうです」
前半は知っているし、実際賃下げを喰らった記憶もあるが、取り潰し云々は初耳だ。
ジトーク子爵家の乳製品工房はブタイノ帝国の皇宮にもチーズやバターを献上し続けている皇室御用達の工房だ。
そう簡単には取り潰せないはずだった。
皇帝の代替わりで御用達を外れたというなら取り潰しもあり得るが、そんな話も聞いていない。
「それが殺害の動機になったものと思われます。散歩の途中で乳製品工房に立ち寄った被害者が乳製品工房の閉鎖と解雇を告げ、激昂した被告人が薪割り用の【鉈】を手に取り、被害者に襲いかかった」
「被告人は普段から薪割りを?」
「はい、鉈の扱いには慣れていたようです」
そこは事実だ。
乳製品工房はもちろん、ジトーク子爵邸の本館などで使う薪も割っていた。
「ジトーク子爵殺害の流れについての中央警視庁の見解をお聞かせください」
「事件発生時、被告人ノット・ギルティは乳製品工房の屋外の作業場で薪割りをしていました。日課の散歩の途中で被告人に気付いた被害者ジトーク子爵は被告人に話しかけ、以前から検討していた乳製品工房の閉鎖について話をした。激昂した被告人は持っていた【鉈】を振り上げ、被害者に襲いかかろうとした。攻撃を逃れた被害者は乳製品保管庫に逃げ込み難を逃れようとしましたが、そこで転倒。戸締まりをされる前に乳製品保管庫に入った被告人は転倒した被害者の頭部を【鉈】で一撃し、殺害したものと見ています」
「被害者ジトーク子爵の資料に火辻鳴々流免許の腕前とありますが、これは東方剣術の鳴々流の達人ということでしょうか」
「はい、その通りです」
「一介のメイドが剣の達人を追いかけ回して惨殺したということになりますが?」
「ジトーク子爵は事件当時徒手空拳でした。犯行に使われた【鉈】は刃渡り70センチにも及ぶ山刀のような刃物です。剣の達人といえど、やすやすと取り押さえられるものではないでしょう。むしろ剣の達人であるからこそ冷静に逃げる判断をしたとも考えられます」
「それでも齢18の娘を相手に武芸の心得のある大の男が慌てて逃げるものでしょうか」
「被告人は通常の人間ではありません」
事前の打ち合わせどおりのやり取りなのだろう。
ジショーエス警部は心得た調子で応じる。
「被告人ノット・ギルティは人狼種の隔世獣人です」
法廷がざわめき、クラレント裁判長が「静粛に!」と声をあげた。
「隔世獣人とは?」
実の妹の話なのだが我が兄ワーラーは他人事のように問う。
「獣人の血が混じった一族に稀に生まれる先祖返りの事です。人間の両親を持ちながら獣人の姿と能力、凶暴性が色濃く表出した存在です」
凶暴性はともかく、これもおおむね事実である。
メイド帽で隠しているが私の耳は顔の横じゃなくて頭の上に乗っていて、スカートの下には尻尾があった。
どちらも人狼と呼ばれる獣人種の形質だ。
人狼は人間よりも身体能力と魔力が高く、五感と霊感が鋭い。
四人の兄妹の中でひとり異形の生き物として生まれてしまったせいで母親には盛大に疎まれた。
ただ、父親のアイム・ギルティからすると人狼の特性は鑑識、鑑定などに用いる魔術の使い手、猟犬としての有用性が高かったらしく、物心つく前頃から訓練を受けさせられ、5歳にして現場検証や遺留品鑑定に立ち会わされたり、鑑定人として法廷に立たされたりしていた。
そんな生活に嫌気が差して12で家出、15で帝都に戻り、18になるまでジトーク子爵家の酪農メイド、ギメイとして暮らしてきた。
「被告人は獣人種の中でも高い身体能力、獰猛で凶暴な精神性を持つ人狼の隔世獣人です。人狼の被告人が【鉈】を持って迫ってきたとなれば武芸の達人であったとしても警戒し、距離を取ろうとするのは当然のことでしょう」
このあたりは否定できない。
実際に殺せる力は持っている。
というか【鉈】などなくても殺せる。
どちらかというと「そんな獰悪で凶暴な生き物をよく拷問しましたね」というところに嫌味を言いたい。
「ありがとうございます。それでは、検察側の尋問を終了します」
ワーラー検事が検察席に戻る。
クラレント裁判長が「被告側、反対尋問を」と告げた。