最終弁論:被告人ノット・ギルティ(前)
最終弁論。
通常は検察側が立証された犯行事実をもとに適用すべき刑罰を求刑し、それに対して弁護側が無実や減刑を訴える陳述をする、というものだが、今回の裁判の場合既に「有罪判決の出しようがない」状態になってしまっている。
検察側の最終弁論は省略し、事件の真相に関する見解を弁護側が陳述する、というイレギュラーな形式となる。
最終弁論と言う名の別の何かと言った方がいいだろう。
「それでは、はじめてください」
クラレント裁判長の指示を受け、私は証拠品陳列台の前に歩み出る。
証言台と被告人席は空、検察席にはレンガ検事とギルティ家の法務助手たち、弁護人席にはハフリ先生。
傍聴人席にはグーセイ殿下とギリー執事官、ドシンザン伯爵にスパーラ師。
土気色の顔をしたマーダラー執事、フージン夫人の姿もあった。
逃げ出したそうだが、逃げ出したら容疑を認めたようなものになってしまうので、身動きが取れないのだろう。
既に四方は係官に囲まれた状態だ。
それともう一人、見覚えのある顔があった。
ギルティ家当主、アイム・ギルティ。
薄めの白髪頭に赤茶色の瞳をした、気難しそうな壮年男性。
長女レンガと末の妹の対決を見に来たようだ。
ハフリ先生の話によると中央警視庁の幹部も足を運んできているそうだが、面識がないので誰かはわからなかった。
「それでは、ジトーク子爵殺害事件の全容について、弁護側の見解を述べさせていただきます」
一礼をして、本論に入る。
「ジトーク子爵殺害事件は1021年12月25日、私の仕事場であったジトーク子爵邸の乳製品保管庫にて発生しました。直接の凶器は私、ジトーク子爵家の酪農メイド、ノット・ギルティが薪割りに使用していた【鉈】ですが、第二の凶器として、吸入した生物を麻痺状態に陥れる【マイコニドガス】の使用が判明しています。ジトーク子爵は現場である乳製品保管庫内で【マイコニドガス】を吸入、麻痺状態に陥ったところを【鉈】の一撃によって殺害されたものと思われます」
証拠品陳列台から【鉈】の現物を取り上げてみせる。
「犯行に使用された【マイコニドガス】は製作者である錬金術師ゲッコー・イカーレル師が施していた隠し番号により、冒険者ギルド『魂の彩り』より横流しされたものであることが判明。ジトーク子爵家執事クロイ・マーダラー氏がジトーク子爵の護身用という名目での入手を認めています。ジトーク子爵邸で行われた総立会検証で、マーダラー執事の工具箱から【マイコニドガス】の瓶の【研磨粉】が出たことを考えると、実際にはジトーク子爵の手には渡ることなく、マーダラー執事の手元に置かれていたと見なしてよいと思います」
【鉈】と現場の【マイコニドガス】の【ガラス片】を左右に並べて取り上げる。
「【鉈】は現場近くの薪小屋に置いてありましたので入手は容易でした。これで【鉈】【マイコニドガス】の二つの凶器が揃ったことになります。次の問題は、犯人は具体的にいつ、どのようにしてやってきてジトーク子爵を殺害し、どのように立ち去っていったかということです。いつという点についてですが、事件発生前のジトーク子爵の目撃情報に、注目すべき事実が存在しました」
備品の黒板を借り、
・14:00頃
メイド長コロンダ・カネデー
外出の準備をしたジトーク子爵の姿を目撃。
「散歩の時間を間違えた」としてジトーク子爵は引き返した。
・14:00~14:30
窃盗犯アーキス・ネラウゼ
乳製品工房に向かうジトーク子爵らしき男性の姿を目撃。
・15:00頃
執事クロイ・マーダラー、フージン・ジトーク子爵夫人、他数名。
散歩に出かけるジトーク子爵の姿を目撃。
と書き出した。
「マーダラー執事とジトーク子爵夫人の証言についてはそのまま採用して良いものかどうか、というところもあるのですが、捜査資料によると他にも3名の方の目撃証言があるようですので、今回はそのまま採用することとします。これらの証言が全て正であると考えた場合、ジトーク子爵は二度、子爵邸から出て行ったことになります」
「コロンダ・カネデーさんの目撃時には引き返していった、ということのようですが?」
クラレント裁判長の問いに「はい」とうなずく。
「ご指摘の通りです。これはジトーク子爵が人目につかずに外に出ようとしたところをカネデー証人に目撃され、一旦引き返したものと考えられます。その後改めて外に出て乳製品工房に向かい、そこをアーキス・ネラウゼ証人によって目撃されたと解釈すれば話の筋が通ります」
「わかりました。続けてください」
「続いて15時頃に、ジトーク子爵が本館を出て行く姿が目撃されていますが、1日に2度、同じ方向に散歩に出向くというのは、少々不自然な挙動といえます。忘れ物や落とし物の可能性もゼロではありませんが、ジトーク子爵が最初に目撃されたのは、普段の散歩の時間より1時間早い14時台のことです。最初の出発の時点で、普段の生活習慣と異なる動きをしていることになります。ここまではよろしいでしょうか」
「ええ」
クラレント裁判長が首肯する。
傍聴人席のグーセイ皇子が小さく「うむ」と言う声も聞こえた。
黒板を消そうとすると「こちらを」と、ハフリ先生が新しい黒板を出してくれた。
空間魔法で黒板をストックしているらしい。
「不可解な挙動と申し上げましたが、事件のあった12月25日、ジトーク子爵家ではこの他にも不可解な出来事がありました。一点目は、ワインセラーに【盗賊の死体】が安置してあったという事実」
黒板に、
・ワインセラーに【盗賊の死体】。
と記入する。
「これまでにも何度か名前が挙がっている冒険者ギルド『魂の彩り』に盗賊討伐を依頼。その死体のひとつをジトーク子爵邸に搬入させ、ワインセラーで保管していたそうです。【盗賊の死体】はジトーク子爵の死後中央警視庁の捜査時に発見されましたが、治安維持のために公開することが目的ということで、ジトーク子爵殺害事件との関わりや犯罪性はないものとして処理されました。ジトーク子爵の死後、この死体は共同墓地に埋葬されたとのことですが、この死体は、盗賊の頭目の死体などではなかったとのことです」
再び黒板に向き直る。
「もう一点は、【ホテルコーキュー館への予約】です」
・【ホテルコーキュー館への予約】
と書き加える。
「ホテルの予約はしていましたが、ジトーク子爵は遠出をするような服装や、荷造りなどはしていなかったようです。ジトーク子爵の挙動が、非常に不自然になっていますが、これは、ジトーク子爵の海外逃亡計画の一環であると考えると、説明をつけることができるでしょう」
【盗賊の死体】【ホテルコーキュー館】の記述の上に、見出しのように『海外逃亡計画』と書き出した。
「ジトーク子爵が海外逃亡を考えた動機は、ナリアガッタ・ドシンザン伯爵からの圧力です。しかし、ただ単に海外に逃れたところで、その追及を逃れられるとは限りません。ドシンザン伯爵は提督伯の名で知られる大海運王です。トナリーノ王国にいるとわかれば、圧力をかけられて強制送還、といった事態も考えられます。その事態を回避する為にはどうすれば良いか」
少し間を置いて、黒板に『死』と書いた。
「死んでしまえば、それ以上の攻撃を受ける心配はなくなります。もちろん、本当に死んでしまうわけには行きませんので『死んだふり』ということになりますが」
『死』に横棒を引き『死んだふり』と書き直す。
「事件現場である【乳製品保管庫】には、新年用の【バターランプ】など可燃性の油脂類が多く保管されていました。これを利用して、用意しておいた【盗賊の死体】を焼き、身代わりとして死を装い、自身はトーボー港よりトナリーノ王国へと逃れる。それがジトーク子爵の頭にあった『海外逃亡計画』の筋書きだったのではないでしょうか」
【盗賊の死体】の横に【バターランプ】と書いて矢印で結び、炎のマークを入れた。
「ですが、この計画には『協力者が必要であるにもかかわらず、協力者に全くメリットがない』という欠陥があります。首尾良く成功したにしても、執事のマーダラー氏にせよ、奥方のフージン夫人にせよ、その後は失業か口封じ、あるいは他国で息を殺して一生を終えなければなりません。一番都合が良いのはジトーク子爵に死んでもらい、ドシンザン伯爵に矛を収めてもらうことでしょう。そこでクロイ氏は、フージン夫人を抱き込んで、ジトーク子爵の殺害を企てた」
「マーダラー執事が主犯ということで良いのでしょうか?」
クラレント裁判長が言った。
「はい、【マイコニドガス】を使った殺人計画などはフージン夫人の着想とは考えにくく、海外逃亡の準備などでもフージン夫人が関与している様子はありませんでした。マーダラー執事の中で殺意が固まったところで、協力を持ちかけたと考えるのが自然かと思います。フージン夫人の関与はアリバイ工作のための口裏合わせ程度かと」
主導的な立場ではないはずだ。




