冒頭陳述:ジトーク子爵殺害事件
「冒頭陳述を開始いたします」
法廷の中心に歩み出たワーラー検事は厳粛な口調で宣言する。
冒頭陳述とは証拠や証人を出して行う本格的な審理の前に『今回の裁判で、検察はどういう事実を立証しようとしているのか』を説明するものだ。
基本的には最初にやった起訴内容の説明と同じだが、内容がより具体的なものとなる。
「1021年12月25日17時。帝都郊外に居を構える貴族、ジゴー・ジトーク子爵の遺体がジトーク邸敷地内の乳製品保管庫で発見されました。第一発見者は乳製品工房を管理していた被告人、酪農メイドのノット・ギルティ。ジトーク子爵の遺体は保管庫の床にうつ伏せに倒れており、後頭部を大型の刃物で一撃され、脳幹損傷によって死亡していました。貴族が被害者であり、貴族邸内の事件ということで、捜査は中央警視庁の貴族部が担当。翌26日の12時、現場付近の古井戸でジトーク子爵の血液のついた【鉈】と【エプロン】が発見されました。いずれも被告人が業務に使用していたものであることから中央警視庁が事情聴取を行ったところ、犯行を自供。翌月1月5日、殺人容疑で起訴を行いました。検察は、以上の犯罪事実について立証を行います」
「被告人、なにか申し述べたいことはありますか?」
「犯行の自供については否定させていただきます。他の事項は検察側の主張を聞いた上で適宜反論させていただきます」
今のところはそれくらいしか言うことがない。
「では、検察側から証拠・証人目録の提出をお願いします」
裁判で使う証拠品や証拠書類、証人などのリストを提出する手続きだ。
凶器や遺留品と言った物証類、捜査報告書や検死報告書、目撃者や被告人の供述証書などの書類のリスト、証言への同意が取れている、もしくは強制的に召喚すべき証人、鑑定人の名前が記載された証人名簿が裁判所の係官、それと被告人の私に渡された。
車椅子に固定されていた腕を解放してもらい、リストを確認する。
足の鎖はまだ付けっぱなしで、立ち上がるのはまだ不可能だ。
リストにあるものが全て正式な証言や証拠品として採用されるわけではなく、今後の審理を通して検討し、証拠能力に問題が無いと見なされたものだけが正式な証拠として採用され、判決を下すための判断材料となる。
リストで気になるのは凶器に使われたとされる【鉈】と血痕つきの【エプロン】。
証人としては、捜査責任者のセメルドー・ジショーエスがキーになりそうだ。
私を拷問し、自白を引き出そうとした張本人だ。
私に毒を盛ったのも、この男の指図だろう。
半年前に玉座に着いた新帝モフスコ一世はブタイノ帝国の司法制度改革に力を入れており、被疑者への拷問行為を禁止している。
法廷に出てきてくれれば捜査手法の正当性の面から主張を切り崩せそうだ。
「被告人、なにかありますか?」
証拠リスト、証人名簿に目を通し終えたクラレント裁判長が確認してくる。
この時点はどうこう言うようなところはなさそうだが、ひとつ、なんなのかわからない証拠品があった。
「リストの【ガラス片】というのはなんでしょうか?」
「ワーラー検事、説明をお願いします」
「事件現場の被害者の遺体の下などから少量の【ガラス片】が発見されたものです。事件との直接の関係はないと判断しましたが、遺体に傷を付けていましたので、質問があった特に備えて証拠品に加えてあります」
ワーラー検事が回答した。
「わかりました。他に質問や異議はありません」
「では、証拠品を提出してください」
クラレント裁判長の指示を受け、ワーラー検事を補佐するギルティ家の法務助手たちが捜査報告書や検死報告書、供述証書、鑑定書と言った各種書類の原本と写し、血のついた【鉈】【エプロン】【ガラス片】と言った遺留品の現物を収めたケースを裁判所係員に提出する。
【鉈】【エプロン】【ガラス片】などの物的証拠は裁判官席の前の証拠品陳列台に並べられ、書類の写しについては裁判所係員が確認の上、被告人である私に渡された。
裁判の過程で追加の証拠が出されることもあるが検察側の証拠提出の手続きはこれで一段落となる。
儀礼的に「弁護側からの『証拠目録の提出』はありますか?」と聞かれたが、この場は「ありません」と返答をした。
「それでははじめましょう。ワーラー検事、お願いします」
ブタイノ帝国の刑事裁判は検察側が被告人の犯行事実を立証し、弁護側がそれに反論、双方の主張を聞いた裁判官が判決を下す、という形で行われる。
立証義務は検察側にあるため、先手は必ず検察側となる。
「はい」
ワーラー検事が起立する。
「第一の証人として、事件の捜査責任者セメルドー・ジショーエスを入廷させます」
初期手続きはここまで。
本格的な審理が幕を開ける。