総立会検証(下)
総立会検証を終え、ジトーク子爵邸から中央法廷へ戻った私たちはジトーク子爵邸との空間接続孔を閉じ、審理を再開した。
「総立会検証の結果、注目すべき事実が発見されました」
クラレント裁判長が、重々しい調子でそう告げる。
私たちには既知の話だが、傍聴席のグーセイ殿下やナリアガッタ伯爵、錬金術師スパーラ師、あとは新聞記者に聞かせるのが目的となる。
ここで説明を省略して変な記事を書かれると困る。
「ジトーク家執事、クロイ・マーダラー氏所有の工具箱より、ジトーク子爵殺害現場の乳製品保管庫で発見された【ガラス片】と同じ【マイコニドガス】の瓶から削り出された【研磨粉】が検出されました。これまでに提示された証拠と証言から、この【マイコニドガス】は、ジトーク子爵殺害において重要な役割を果たした第二の凶器であると判断することができます。これは、マーダラー執事が事件の第二の凶器である【マイコニドガス】の管理番号を削る作業を行っていたことを意味します。つまり、ジトーク子爵殺害の準備をしていたと判断することが可能です。一方で、本公判の被告人である酪農メイド、ノット・ギルティ嬢が【マイコニドガス】に触れる機会はなく、検察側の提示した証拠、証言共に、被告人の犯行事実を立証するに足るものはありませんでした。以上の事実をもちまして、本公判の審理を終了し、判決に移りたいと思います」
まぁ、こんなところだろうか。
使えずじまいの手札が残ってしまったが、姉レンガの言った通り、この裁判は被告人ノット・ギルティが有罪か無罪かを問うもので、真犯人を追い詰めることは本来の目的ではない。
被告人を有罪と見なすことはできない、と判断する材料が揃えば、それで終わりだ。
真犯人としてマーダラー執事、虚偽のアリバイ証言をしたと思われるフージン夫人などを追い詰めるのはまた別の法廷の話になる。
と、思ったのだが。
「少々お待ちいただけないでしょうか」
ハフリ先生が、鎧を鳴らして起立した。
「最終弁論の機会はいただけるのでしょうか」
「被告人に無罪判決を下すための根拠は揃っています。敢えて最終弁論を行う必要は無いでしょう」
「弁護側には審理の済んでいない重要な証拠が残されています。本件の真相究明のため、その提示と、事件の全体像についての見解を述べる機会をいただけないでしょうか」
クラレント裁判長は少し思案顔になったあと「わかりました」とうなずいた。
「被告人の無罪については確信が持てましたが、事件の全体像については不明確な部分がまだあります。今後行われる再捜査と公判に役立てるため、ここで弁護側の見解をうかがうことにします。検察側もよろしいでしょうか?」
「異議はありませんわ」
レンガ検事も粛粛と同意した。
「それでは弁護側、最終弁論の前に追加の証拠の提示をお願いします」
これで終わりかと思ったが、もう少し続くようだ。
「あとは私が引き継いでも構いませんが、いかがなさいますか?」
ハフリ先生の声に「いいえ」と首を横に振る。
「続けさせてください」
やり足りないと思っていたところだ。
もう少し、殴り続けさせてもらうことにした。




