総立会検証(中)
「都合の良い証拠がタイミング良く出過ぎではないでしょうか。ヤスリについているはずの【研磨粉】がないのに、どうして工具箱の中だけに【研磨粉】が残るというのでしょうか。被告人は何故、そんなことがわかったのでしょう。弁護側がドシンザン伯爵と共謀して、手のものに【研磨粉】を入れさせたのではないでしょうか? ドシンザン伯爵の証言によれば、ジトーク子爵家にはドシンザン伯爵のスパイがいるはずです」
クラレント裁判長はふむ、と鼻を鳴らした。
「捏造とまでは言いませんが、何故【研磨粉】があるとわかったのかは確かに気に掛かります。ご説明いただけますか?」
「【研磨粉】があるという確信はありませんでした。ただ、マーダラー執事がヤスリを入手したのが最近のことであったなら、ヤスリを使い慣れておらず、掃除に真鍮ブラシのような道具があることを知らなかった可能性が考えられます。真鍮ブラシの存在を知らず、ヤスリの目の中に落としきれない【研磨粉】が残っていた場合、真鍮ブラシを入手して【研磨粉】を処理するまでの間ヤスリが工具箱に入っていた可能性があります。工具箱に入っている間にヤスリに付着した【研磨粉】が底に落ちる可能性も」
「なるほど」
クラレント裁判長は納得してくれたが、自分の工具箱から【研磨粉】が出てしまっては、身の破滅となるマーダラー執事のほうはそう簡単には行かないようだ。
「それは、おかしくないでしょうか」
問い詰めるような調子で食い下がってきた。
「このヤスリで【マイコニドガス】の瓶を削ったと仰るならば、何故そんなものが工具箱に残っているのでしょうか。普通に考えればすぐ処分しているはずでしょう」
「仮定の話になりますが、マーダラー執事がヤスリを購入した事実を第三者に知られており、管理番号を削られた【マイコニドガス】の使用が明るみに出た場合、買ったばかりのヤスリの行方がわからないことは重大な疑惑を招きます。【研磨粉】を確実に除去した上で、手元に置いておくことには一定の合理性があると言えるでしょう。実際【研磨粉】の工具箱への落下の見落としがなければ【マイコニドガス】の線では追い切れなかった可能性があります」
マーダラー執事は「ぐっ」と息を詰まらせる。
だが、それで観念するところまではいかなかったようだ。
「これは陰謀です!」
マーダラー執事は叫ぶような声をあげた。
「すべてドシンザン伯爵の陰謀です! 裁判長! ドシンザン伯爵を拘束して取り調べを行うべきです!」
マーダラー執事の最終防衛線は、ドシンザン伯爵の謀略説となったようだ。
「レンガ検事、ドシンザン伯爵の証人尋問の請求をお願いします!」
マーダラー執事は血走った目でレンガ検事を見た。
レンガ検事は、扇子をぱちりと鳴らして黙考した。
マーダラー執事の要求通りドシンザン伯爵を尋問して何も出なければ、ギルティ家は恥の上塗りだが、ドシンザン伯爵がジトーク子爵家に内通者を入れているのも事実ではある。
判断が難しかったのだろう。
そしてレンガ検事は私に目を向けた。
「弁護側の意見をおうかがいしても?」
こちらに振ってきた。
我が姉レンガもマーダラー執事が真犯人だと悟っているようだが、自分で呼んだ証人を自分で斬り捨てるのは美意識的、性格的に無理だったのだろう。
クラレント裁判長に「よろしいでしょうか」と確認し、許可を得てから口を開いた。
「ジトーク家には確かにドシンザン伯爵の息のかかった人間が入っています。しかし、鍵のかかった執事室に忍び込み、工具箱に【研磨粉】を入れるような工作作業がこなせるような経歴を持った人間ではありません。敢えていうなら冒険者の経験があるマーダラー執事が挙げられますが、マーダラー執事がマーダラー執事を陥れたことになってしまいますので、該当者はゼロとなります」
「鍵開けの出来る人間を導き入れた可能性が考えられます!」
マーダラー執事が叫ぶ。
「不正な方法で鍵開けが行われたかどうかは、鑑定魔法で推定が可能です。ミヤブール鑑定士、扉の鑑定をお願いします」
「はい」
ミヤブール鑑定士が扉の鍵穴に鑑定魔法をかける。
「ピッキングなどが行われた形跡は発見できません」
「解錠魔法などが使われた形跡はあるでしょうか?」
ピッキングなどの『など』に入っているはずだが、念のため言質を取っておく。
「ありません」
マーダラー執事は言葉を失う。
このままでも撃沈できそうだが、このままドシンザン謀略説を叫び続けられるとうっとうしい。
とどめを刺しておくことにした。
「マーダラー執事におうかがいします。仮にドシンザン伯爵のスパイによる工作があったとして、それは、いつのことだったのでしょうか?」
「……最初からです」
マーダラー執事は追い詰められた獣のような顔で言った。
「被告人は最初から、ドシンザン伯爵の刺客だった。そう考えれば説明がつきます。ドシンザン伯爵の指令を受けてジトーク子爵家に潜入した貴女は、ジトーク子爵を乳製品工房に誘い込み、ジトーク子爵が持っていた【マイコニドガス】を奪い取って使い、ジトーク子爵を殺害したのです。しかし、慌てて証拠の【鉈】【エプロン】を近くの古井戸に捨て、逮捕されてしまった。ドシンザン伯爵は、刺客である貴女を救うため、犯行に使用した【マイコニドガス】の瓶の【研磨粉】を私の工具箱に仕込み、私を真犯人に仕立て上げようとしたのです」
「その【研磨粉】はどこからどのように調達されたのでしょうか」
「保釈後であれば入手機会はいくらでもあったはずです。【マイコニドガス】の【ガラス片】は、その大半が未発見です。犯人であれば、投棄場所もご存知のはずです」
ドシンザン伯爵の存在を徹底的に利用するつもりのようだ。
こちらもドシンザン伯爵の動向を全て把握しているわけではないのでやりにくい部分もあるが、攻めどころは見つかった。
「前回の公判から今日までの1週間以内ということですね」
事件後1週間以内、などと言われると厳しかったが、これなら楽に叩き潰せる。
私の念押しで主張の破綻に気付いたのだろう、マーダラー執事は顔を強張らせたが、手遅れだ。
「ミヤブール鑑定士。工具箱の最初の鑑定結果をもう一度お聞かせください。こちらの工具箱に人の手が最後に触れたのは、いつ頃のことだったでしょうか」
ミヤブール鑑定士は淡々と告げた。
「2週間程度は人の手は触れていないと判断できます」
「ありがとうございます。私が保釈されて以降は、誰も手を触れていないことになりますね。
2週間以上前のこと言われていると面倒だったが、うまく墓穴にはまってくれた。
ミヤブール鑑定士の話は、マーダラー執事も耳にしていたはずだが、処分したはずの【研磨粉】が見つかってしまい、即興で言い訳をひねり出し続けている状況だ。
話の整合性を維持できなくなったのだろう。
これで終わりと思ったが、まだ闘志が残っているようだ。
マーダラー執事は言いつのる。
「魔法を使えば良いことです! ハフリ法務騎士が魔法を使えば、手を触れずに【研磨粉】を仕込む程度のことはできるのではありませんか!?」
「技術的に不可能ではありませんので、絶対にやっていないという証明は困難なのですが」
舌鋒を繰り出されたハフリ先生は、鎧を鳴らして静かに応じる。
「そのようなリスクを取る意味はありません。本公判において検察側は、被告人への薬物投与、偽証という重大な不正を犯した上、被告人の有罪を立証しうる決定的な証拠も存在しません。放っておいても無罪になるのに無関係の方に濡れ衣を着せ、余計なリスクを取る理由とはなんでしょうか」
あっさり斬り捨てられ、マーダラー執事は言葉を詰まらせる。
最後に、レンガ検事が口を開いた。
「やはり、ドシンザン伯爵の工作を立証することは不可能ですわね。ドシンザン伯爵を再召喚する理由は見いだせません」
「なっ! なにを言っている!」
マーダラー執事は絶叫めいた声をあげた。
「貴様は検事だろう!!! 犯罪者を有罪にするのが仕事だろう!!! 何故殺人者の味方をするようなことをっ! ギルティだからか? 結局身内をかばおうというのかっ! 最初からグルだったんだな!」
目を見開き、血走らせながら、滅茶苦茶なことをわめくマーダラー執事。
グルも何も最初は変な薬を打たれて死刑と飼い殺しの二択を強要されかけていたのだが、私がギルティ家の人間である以上、そういう言いがかりを付けられるのはどうしようもないところかも知れない。
「おだまりなさい」
レンガ検事はぴしゃりと言った。
「この裁判は貴男を裁くものではなく、ノット・ギルティという被告人の有罪、無罪を問うものです。被告人が有罪になろうと無罪になろうと、貴男には関わりのないこと。貴男には、いかなる指図をする権利も権限もありません」
マーダラー執事は息を詰まらせ、「うぐっ」と声をあげた。
最早逃げ場はない。
そう理解せざるを得なかったのだろう。
マーダラー執事はその場に膝をつき、顔を覆ってうずくまった。
ああ、うああ、と、なにかを呪うようなうめき声をあげながら。




