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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者:
法廷編(後編)人狼メイドは真相を明かす

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総立会検証(上)

(上)(中)(下)となります。

「しかし」


 総立会検証執行を宣言したクラレント裁判長は、そこから憂い顔になった。


「人や移動手段を確保しなければいけません」


 やると口で言うのは簡単だが、実際にやるとなると大事だし、参考になる先例もないに等しい。


 法務貴族ギルティ出身である私も具体的にどういう手順で進めれば良いのかわからない。


「特別な準備は必要ありません。この法廷とジトーク邸を直接接続させます」


 事もなげに言ったハフリ先生は「壁をお借りします」と告げ、ガントレットの右の掌を法廷の壁に向けた。


 ハフリ先生の甲冑の中身は空洞ではなく、魔術や錬金術で駆動する機械と回路の塊だ。


 右のガントレット全体がガチャガチャと音を立て変形し、掌に砲口のような穴が開く。


 甲冑の胴部にある魔力炉からエネルギーが供給され、右腕部に収束されていく。


 甲冑のあちこちから緑色の光が漏れて、うおおおん、と唸るような音が聞こえた。


「空間穿孔弾、装填完了」


 物騒な単語と共に、ガントレットの掌が光を放った。


「――発射」


 長い杭のような形で射出された光の塊は高次魔術で創り出された術式弾。


 法廷の壁面に突き刺さると同時に空間を歪曲させ、ジトーク子爵邸までの間の約10キロの距離と障害物をショートカット。


 ジトーク子爵邸の壁面に突き刺さり、法廷とジトーク子爵邸の廊下を結ぶ、直径2メートルの空間の穴を創りだした。


「……こ、これは」


 クラレント裁判長がぎょっとした声をあげる。


「司法用の空間接続孔です。当法廷とジトーク子爵邸を空間を歪めて直結させました。持続時間は4時間」


 変形させていた右腕を元に戻しつつ、ハフリ先生はそんな説明をした。


「……すさまじいものですね」


 クラレント裁判長は放心気味に呟いた。


「神王国の魔術でしょうか」


「ええ、神王国の法廷で使用されていた司法魔術のひとつです。早速参りましょう」


 落ち着いた調子で告げるハフリ先生。


 そこに、甲高い声が投げかけられた。


「お待ちなさい! 私に断りもなく、勝手に屋敷に入り込まないで!」


 そう叫んだのは傍聴席にもどったフージン・ジトーク子爵夫人。


 クラレント裁判長は「申し訳ありませんが」と応じた。


「総立会検証は皇室顧問法務騎士の権限に基づく、強制力を持つ調査となりますので、実施にジトーク子爵家の許可は必要ありません。恐れ入りますが、ご理解とご協力の程をお願い申し上げます」





 空間接続孔を抜け、私とハフリ先生はジトーク子爵邸内に足を踏み入れる。


 裁判所側からはクラレント裁判長と、法廷監視官のメヲ・ランラン氏、法廷鑑定士のシンガン・ミヤブール氏の3名。


 検察側からはレンガ検事と法務助手2名。


 ジトーク子爵家からは女主人であるフージン・ジトーク子爵夫人、執事のクロイ・マーダラー氏が立ち会う形になる。


「どこから検証をなさるのですか?」


 クラレント裁判長が問いかけて来る。


 今回の総立会検証は弁護側の要求なので、具体的な調査箇所はこちらで指定する形になる。


 ハフリ先生に任せておとなしくしていようと思ったが、


「ミス・ノット。お願いします」


 また主導権を渡された。


 遠慮をしている時間も惜しい。


 すぐに要望を出す。


「マーダラー執事の部屋を」


「わかりました。マーダラー証人、お手数ですが案内をお願いします」


「かしこまりました」


 落ち着いた様子で応じたマーダラー執事が一行を先導し、部屋の鍵を開ける。


 大きな机と帳簿の棚が並んだ書斎風の部屋である。


「どうぞお調べください」


 マーダラー執事の部屋に入るのは初めてだが、調べるべきものはすぐに目に付いた。


「ミヤブール鑑定士、あちらの工具箱の鑑定をお願いします」


「はい」


 ミヤブール鑑定士は書類棚の下段にあった木製の工具箱とその周囲に鑑定魔法の走査光をあてていく。


「表面に薄く埃がつもっています。ここ2週ほどは人の手は触れていないようです」


「わかりました。中を調べていただけますか?」


「はい」


 ミヤブール鑑定士は工具箱をそっと引き出し、現場検証用の白布の上に載せて蓋を開いた。


 小型のノコギリや金槌、ペンチなどの工具の中に、一本の棒ヤスリがあった。


「ヤスリがありますが見たところガラスの粉末などが付着している様子はありません」


 ミヤブール鑑定士はヤスリを取り上げ、光源魔法を使ってヤスリの目を確かめる。


 ヤスリにガラスの粉末がついていれば一発だったのだが、さすがにそう甘くはないようだ。


「精密鑑定をしてみます」


「おねがいします」


 ミヤブール鑑定士の走査光が、ヤスリの上を走って行く。


「ガラスや【マイコニドガス】の成分は検出できません。わずかに真鍮の成分が付着しているようですが。柄や地金の変色具合から見て、かなり新しいヤスリのようです」


「真鍮ブラシか何かを使ったのでしょうか」


「真鍮ブラシ?」


 私の言葉に、クラレント裁判長が首を傾げる。


「ヤスリの掃除に使う細い真鍮糸のブラシです。この工具箱の中には入っていないようですが」


 ヤスリについたガラス粉の掃除に使ったとすると、ガラス粉が移っている可能性がある。


 処分されてしまったのだろう。


「お心当たりはありますか?」


 マーダラー執事に問いかける。


「はい、すこし前に処分をしてしまいました。不良品に当たってしまったのか、一度使っただけですぐに傷んでしまいまして」


 人狼の鼻が、マーダラー執事の汗の臭いが濃くなるのを感じた。


 嘘を嗅ぎ分けるとまではいかないが、緊張具合程度はわかる。


 急所に近いところに、牙が触れているようだ。


「このヤスリを入手したのはいつごろでしょうか?」


「2ヶ月ほど前でした」


「【マイコニドガス】の入手と同時期ですね。何を削るためにお買い上げに?」


「あちらのチェストの角のささくれを削ったのです」


 マーダラー執事は部屋の一角のチェストを指さした。


「その為だけに?」


「はい」


「そうですか」


 鑑定通り、かなり最近入手、使用されたものであることは間違いないようだ。


「他になにか削ったものはありますか?」


「いえ」


「やすりでものを削ることはあまりしない、ということでしょうか」


「はい」


「わかりました。ありがとうございます」


 もうひとつ、調べる場所を思いついた。


「ミヤブール鑑定士。工具箱の中身を全部外に出して、箱の底に光を当ててみててください」


「はい」


 ミヤブール鑑定士は金槌、鋸などを箱から出し、箱の中を空にし、光源魔法の光を投げる。


 少しの間の後。


 ミヤブール鑑定士は「なにか光りました!」と叫んだ。


 読みが当たった、と言いたいところだが、喜ぶにはまだ早い。


 精密鑑定を要請し、更に待つこと五分。


「鑑定結果を報告します」


 ミヤブール鑑定士が強張った声で告げる。


「ジトーク子爵殺害現場で発見された【ガラス片】と同一成分のガラス粉と、コルクの成分が混じった【研磨粉】が検出されました」


 ようやく、決定的な証拠を掴んだようだ。


 だが、まだ観念するつもりはないようだ。


 マーダラー執事は怒気と殺気を押し殺したような声で言った。


「……これは、捏造ではありませんか? 」

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