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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者:
法廷編(後編)人狼メイドは真相を明かす

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反対尋問:クロイ・マーダラー執事

 マーダラー執事が真犯人であるなら、私の【エプロン】を身に付けてジトーク子爵の殺害に及んだのは彼ということになる。


【鉈】で主人を打ち殺し、返り血まみれになるメイド【エプロン】の壮年執事。


 絵面が大変なことになりそうだ。


 そんな雑念を横にやり、最後の尋問に入る。


「それでは反対尋問に入ります。先ほどのお話によれば、ジトーク子爵は護身用として【マイコニドガス】の瓶を持ち歩いていたということですが、マーダラー執事が【マイコニドガス】を実際に入手し、ジトーク子爵に渡したのはいつのことでしょうか」


「10月後半、事件の2月前になります」


「【マイコニドガス】の瓶に刻まれていた管理番号が削られていたようですが、この処置はいつ頃なさいましたか?」


「入手時点で既に削られていたようです。特別な処置はしていません」


「マーダラー執事が削ったわけではないのですか?」


「はい」


 マーダラー執事は首肯する。


「恐れ入りますが、それは不自然ではないかと」


 証拠品陳列台からスパーラ師より提供された【マイコニドガス瓶のサンプル】を取り上げる。


「この【マイコニドガス瓶のサンプル】のラベルには、<封蝋を取らないこと! 劣化と漏出の恐れあり!>という注記があります。錬金術ギルド『知を愛でる者』のケルス・スパーラ師によりますと、封蝋を取ると保存用のガスがコルクを透過してしまうため2週間程度で効果が失われ、胞子そのものも死滅するとのことです。事件現場に【パラライズ・マイコニド】が発生していたということは、事件の2週間前までは、瓶に封蝋がついていた、ということになります」


 続いて事件現場で見つかった【ガラス片】を提示する。


「こちらの【ガラス片】は事件直後中央警視庁セントラルヤード貴族部が回収した【マイコニドガス】の瓶の欠片です。瓶の口にあたる部分、ちょうど封蝋の下にあたる部分の番号が削り取られています。よってこの番号は、2ヶ月前の入手時点ではなく、事件の直前に削られていたものと考えられます」


「異議を申し立てます」


 レンガ検事が挙手をする。


「封蝋を外して番号を削り取った後、新たに封蝋をし直した可能性も考えられます」


 スパーラ師にも指摘された部分だ。


【マイコニドガス】の管理番号が事件直前に削られているとを立証できれば、事件が計画的犯行であることを示し【マイコニドガス】を入手していたマーダラー執事を最有力容疑者として追い詰められるのだが、決定的な証拠が足りない。


 封蝋がないと【マイコニドガス】は2週間程度で劣化する。


 封蝋があると瓶の口部分の番号は削れない。


 このあたりが攻め口になるのは間違いないが、再封蝋説を出されてしまうと今の証拠だけでは攻めきれない。


「いかがですか、弁護人」


 クラレント裁判長が回答を促す。


 つばぜり合いを制したと思ったのだろう、レンガ検事が扇の下でふふんと笑うのが見えた。


 私一人では、ここまでが限界のようだ。


 お願いします、と目配せを送る。


 がしゃりと鎧の音をさせ、ハフリ先生が立ち上がった。


 これまで大きな動きを見せなかった皇室顧問法務騎士がついに動き出す。


 クラレント裁判長、レンガ検事、マーダラー執事や傍聴席の面々が息を呑む中、ハフリ先生は口を開いた。


「検察側の指摘の通り【マイコニドガス】の管理番号を削った後、新たに封蝋がされた。そう考えると、管理番号が事件直前に削られたという弁護側の主張は成り立たなくなります。しかしながら、今回のマーダラー執事の証言には、注目し、慎重に吟味すべき点がありました。マーダラー執事は『【マイコニドガス】の管理番号は入手時点で既に削られていた』『自分は管理番号を削っていない』と証言しています。この証言の真偽を確認することができれば【マイコニドガス】の番号が削られたのは何時であるか、という命題に解を得ることができるでしょう。ここで私は、皇室顧問法務騎士の権限を発動し、ジトーク子爵邸の総立会そうたちあい検証けんしょうの実施を請求します」


「総立会検証!?」


 クラレント裁判長が目を見開いた。


 総立会検証とは、裁判所側、弁護側、検察側の三者が全員現地に赴き、事件現場などの検証を行うことだ。


 一応制度としては存在するが、費用と時間がかかる上、事件現場を踏み荒らしてしまうことにもつながるため、実施されたのは史上数例しかない。


「既にご存知のことかと思いますが、帝国法により、皇室顧問法務騎士には総立会検証請求の特権を認められております」


 ハフリ先生は重々しい調子で告げた。


「本公判はギルティ家出身者のノット・ギルティ嬢を被告人とし、検事弁護士はその兄ワーラー・ギルティ、姉レンガ・ギルティが務めています。弁護人も当初は次兄にあたるウッド・ギルティ弁護士が担当していました。さらには捜査関係者による被告人への暴行や薬物投与、中央警視庁セントラルヤードの指示による偽証など、看過できない不正が複数発覚しています。このような状況から真実を見いだす為には、人為の入り込む余地のない物的証拠による立証が必要です。この事由により、弁護側は総立会検証の実施を要求します。これは皇室顧問法務騎士の特権に基づく要求であり、裁判所側、検察側共に正当な理由のない拒絶は認められません」


 実際に行使された記録はないが、総立会検証の請求権は、皇室顧問法務騎士の伝家の宝刀のひとつである。


 実際に請求されてしまうとそれこそ皇帝陛下くらいでないと止められない。


「ひとつ、確認しておきたいのですが」


 目を白黒させていたクラレント裁判長は、改めてハフリ先生に目を向ける。


「弁護側は、ジトーク子爵殺害の真犯人はマーダラー執事であると考えているのでしょうか?」


「はい」


 ハフリ先生は首肯し、宣言する。


「弁護側はジトーク子爵殺害に使用された【マイコニドガス】はマーダラー執事が入手したものであり、マーダラー執事によって犯行に使用されたものである。すなわち、ジトーク子爵殺害の真犯人は、執事クロイ・マーダラー氏であると主張します」


 これまでのやり取りからマーダラー執事を標的にしている雰囲気は伝わっていたと思うが、真犯人としてマーダラー執事を名指しするのはこれが初めてだ。


 傍聴席にざわめきがひろがった。


「そうですか」


 クラレント裁判長は小さく「ううむ」と唸り、しばし沈黙した。


 思案するというよりは、覚悟を決めるための間だったのだろう。


 顔をあげたクラレント裁判長は重々しい調子で「わかりました」と告げた。


「ハフリ皇室顧問法務騎士の要請を受理し、ジトーク子爵邸の総立会検証を執り行うこととします!」

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