証人尋問:クロイ・マーダラー執事
三十分の休廷時間を経て、私とハフリ法務騎士は法廷へ戻る。
クラレント裁判長、レンガ検事の後、検察側証人としてクロイ・マーダラー執事が入廷した。
聞きたいこと、問い詰めたいことは山ほどあるが、マーダラー執事は検察側証人として呼ばれているので、こちらには主導権がない。
まずは大人しく話を聞くしかない。
証言台の前に、レンガ検事が歩み出る。
「氏名と職業をお願いします」
「クロイ・マーダラー、ジトーク子爵家に執事として仕えております」
「それでは、尋問を始めさせていただきます。マーダラー執事はジトーク子爵家に仕えて何年になりますか?」
「最初にご奉公にあがったのは25歳の頃でしたので、30年になります」
「30年にわたってジトーク子爵家に仕えて来られたのですね。本日の審理では、ジトーク子爵こそヒトキリ事件の真犯人であるとの主張がありましたが、どのように思われましたか?」
「荒唐無稽な主張と言わざるを得ません。しかし、ドシンザン伯爵からの異様な敵意は、私もジトーク子爵も感じておりました。その意味では、得心が行ったところもございます」
『ヒトキリ=ジトーク子爵説』は否認のようだ。
傍聴席ではドシンザン伯爵がゴゴゴと地響きがしそうな圧力を放っているが、マーダラー執事の態度は崩れなかった。
「ありがとうございます。また、今日の公判では、事件に冒険者ギルド『魂の彩り』より横流しされた錬金薬品【マイコニドガス】が使用された可能性が指摘されましたが、この点についてはどう思われますか?」
「その件については、ご指摘の通りだろうと思います」
法廷がざわめいた。
完全な想定外というわけではないが、私も少し驚いた。
かなり大胆な手を打ってきた。
「なぜ、そう思われるのでしょうか」
事前の打ち合わせ通りの答弁なのだろう。
レンガ検事は冷静に確認する。
「レンガ検事には先ほどお話ししたのですが、事件に用いられた【マイコニドガス】はジトーク子爵の指図を受け、私が『魂の彩り』と取引をし、非合法に入手したものです」
「なんと!」
クラレント裁判長が驚きの声をあげた。
「何故、そのようなものを?」
レンガ検事は粛粛と問う。
「先のドシンザン伯爵の証言にあったとおり、ジトーク子爵はドシンザン伯爵からの敵意に恐怖を覚えていました。刺客が送り込まれた場合の対応手段として【マイコニドガス】の入手を命じられたのです」
『【マイコニドガス】なんて知らない』という路線では逃げ切れないと判断し【マイコニドガス】の不法入手を認めることにしたようだ。
「不法行為であるという認識はあったのですか?」
「はい、そのために【マイコニドガス】の存在を伏せておりました。謹んで裁きを受ける所存です」
マーダラー執事は仰々しい調子で言った。
「【マイコニドガス】の不法入手については別途当局より調べがあるものと思います。この場は引き続き、ジトーク子爵殺害事件に関してお聞きします。【マイコニドガス】の保管は何処でおこなっていたのでしょう?」
「入手後すぐにジトーク子爵にお渡ししました。外出時は護身用として持ち歩いておられたようです」
「事件当時も【マイコニドガス】を持ち歩いていた可能性が?」
「はい」
「お聞きいただけましたでしょうか」
レンガ検事はクラレント裁判長、そして傍聴席を見渡した。
傍聴席にアピールしても判決には影響しないが、新聞記者が入っているので明日の新聞記事の内容に影響する。
「弁護側がその存在を強調している【マイコニドガス】はジトーク子爵自身が護身用として所持していたものでした。被告人に追われたジトーク子爵が被告人を押しとどめる為に使用しようとしたところ、誤って通気口の近くに落とし、自らがガスを吸入したものと思われます」
朗々と告げるレンガ検事。
何故かカーテシーまで決められた。
【マイコニドガス】はジトーク子爵自身が所持していて事件現場で自爆した。
【マイコニドガス】の存在を認めた上でノット・ギルティ犯人説で押し通すとすると、そういう主張で行くしかないのだろう。
「もう一点、先のドシンザン伯爵の証言で、ジトーク子爵は海外逃亡を考えていた、という指摘がありましたが、こちらについての見解をお聞かせください。ジトーク子爵が海外逃亡を考えていたというのは事実なのでしょうか」
「考えていたことがあった、というのは事実です。先のドシンザン伯爵の証言通り、ジトーク子爵はトナリーノ王国に嫁したイコクニ・トツイダ夫人に亡命を相談する書状を送っていました。ですが、トツイダ夫人からの回答は色よいものではなく、海外逃亡の話はそれきりとなっていました」
「それ以降は手紙のやりとりはなかったのですね」
「はい、ございません」
「ドシンザン伯爵の証言によれば、トツイダ夫人宛の手紙を目撃したという情報があるようですが」
「存じ上げません。なにかの見間違いかと思われます」
「ジトーク子爵家への私怨からの偽証ということも考えられますね」
「異議あり」というべき場面だが、私が口を出すより先にマーダラー執事は「いえ」と応じた。
「そのことについては、私が憶測をさしはさむべきではないと思います」
優等生の回答。
レンガ執事もしれっとした顔で「失礼いたしました」と謝罪した。
「質問を取り下げさせていただきます」
クラレント裁判長に「ドシンザン伯爵が私怨で変な証言をしたのではないか」と印象づけるためのやり取りだろう。
「検察側の尋問は以上です」
扇を口元に当て、レンガ検事は優雅に告げた。
「弁護側、反対尋問をお願いします」
「はい」
いよいよ正念場だ。
証言台の前に立ち、マーダラー執事と対峙する。




