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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者:
法廷編(後編)人狼メイドは真相を明かす

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証人尋問:錬金術師ケルス・スパーラ

 錬金術ギルド『知を愛でる者』の総帥ケルス・スパーラ師は事件そのものの証人というより、鑑定人としての出廷となる。


「ケルス・スパーラ師への尋問に入る前に、まずこちらをご覧下さい」


 証拠品陳列台に置いた冷凍【パラライズ・マイコニド】のガラスケースを示す。


「これは法廷監視官、メヲ・ランラン氏立会のもと、事件現場の乳製品保管庫にて発生していた【パラライズ・マイコニド】と呼ばれるキノコを採取したものです。採取前の状況は資料の魔石写真をご覧下さい」


 クラレント裁判長、レンガ検事に資料をチェックしてもらいスパーラ師への尋問に入る。


「この【パラライズ・マイコニド】はどのようなキノコなのでしょうか?」


「ブタイノ北部の洞窟などに棲息する強力な麻痺毒を持つキノコです。放出する胞子を吸入すると数秒で全身が麻痺、1時間程身動きの取れない状態に陥ります」


「帝都近辺に自生するようなものなのでしょうか」


「帝都近くで定着をした事例はありません。稀に他の地域からやってきた胞子が発芽することもありますが、1週程度で枯死してしまいます」


「この【パラライズ・マイコニド】は帝都郊外の乳製品保管庫で発生していたものですが、どういった経緯で発生したものと考えられるでしょうか?」


「【パラライズ・マイコニド】の胞子を保存用のガスと共に瓶に詰めた【マイコニドガス】と呼ばれる加工品の使用が考えられます。ブタイノ帝国では、我が『知を愛でる者』が独占的に販売権を持ち、古くから軍や警察、冒険者ギルドなどに供給しておりますが、横流しや犯罪利用などが問題視されています」


「ありがとうございます」


 証拠品陳列台から【マイコニドガス封入用の瓶】を取り上げ、掲げて見せる。


「こちらは錬金術ギルド『知を愛でる者』よりご提供いただいた【マイコニドガス封入用の瓶】になります。こちらはどのような瓶なのでしょうか」


「工房によって異なる部分はあるのですが、そちらは2年前に亡くなった錬金術師ゲッコー・イカーレル師が製作したものです。イカーレル氏は横流し対策の一環として、自身の手による錬金薬には自分で焼いた色つきガラスを使っていました。実際の封入時には瓶の口と底の部分に法定管理番号を刻み込み、番号と薬品名の入ったラベルを貼ります。管理番号はコルクににも焼き付けられ、その上から漏出を防ぐ為の封蝋を施しています」


 続いて証拠品陳列台から検察側が提出した【ガラス片】のサンプルを出す。


「こちらは事件現場の乳製品保管庫から発見された【ガラス片】なのですが、口の部分にヤスリで削られた形跡が見られます。また血痕検出用魔法を使ってみたところ『101』『913-1』という数列が書き入れられていることを確認できました。ここまでに挙げた情報から、この【ガラス片】の正体と出処を特定することは可能でしょうか」


「可能です。ガラスの口の部分を削るのは横流しされた錬金薬物の管理番号を隠すために行われる処置であり、血痕検出魔法に反応をしたのは錬金薬の製作者が個人的な流出対策処置として、錬金薬管理番号を隠し文字として書き入れていたものと見られます。この【ガラス片】は、そちらのサンプルと同じくイカーレル師が焼いた色つきガラスで、冒険者向けの錬金薬に使用していたものです。イカーレル工房製の冒険者向け【マイコニドガス】で『101』『913-1』が当てはめられるものはGI10190913-1。帝都の冒険者ギルド『魂の彩り』より紛失報告が出ているものでした」


「つまり、ジトーク子爵殺害現場では横流しの【マイコニドガス】が使用されていた。その流出元は冒険者ギルド『魂の彩り』である、という理解でよろしいでしょうか」


「はい、錬金薬管理法違反の容疑で魔術・錬金術取締局が調査を進めており『魂の彩り』のギルドマスター、ヨー・コナガス氏が取り調べを受けています」


「GI10190913-1の【マイコニドガス】の横流し先についての情報はありますか?」


「今のところは不明です」


 このあたりは事前に聞いている通りである。


 あくまでクラレント裁判長やレンガ検事、傍聴席の面々に聞かせるための話だ。


 反応を見ておきたいマーダラー執事、フージン夫人などはまだ戻って来ていないが。


「ジトーク子爵の殺害に【マイコニドガス】が使用されたと仮定すると、どのような手口が想定できるでしょうか」


 別途用意した乳製品保管庫の見取り図を備品の掲示板に貼り付ける。


「ひとつめの形は被害者が現場に入った後、扉から【マイコニドガス】の瓶を投げ込むやり方です。被害者は10秒程度で全身麻痺状態に陥って倒れます。現場には【マイコニドガス】が漂っていますので、防毒用のマスクがない場合は、10分ほど間を置いた上で現場に入り、身動きの取れなくなった被害者を一撃して殺害、という流れになるでしょう」


「10分の間というのは?」


「空気中に放出された【マイコニドガス】が毒性を喪うまでの時間です。【マイコニドガス】の効力は空気に触れると1分程度で半減し、10分もすれば吸入してもほぼ無害になります」


「直接投げ込む以外の方法は考えられるでしょうか」


「保管庫の天井近くにある小窓に紐を通して【マイコニドガス】の瓶を吊り下げ、被害者が保管庫に入ったところで紐を切って瓶を落とす。落下地点に石などを置いておけば瓶が割れ、保管庫内に【マイコニドガス】の胞子が充満します。あとは直接投入の場合と同様、10分の間を置いて保管庫に入り、身動きの取れなくなった被害者にとどめを刺します」


「後者の場合、非常に計画的な犯行であると考えられますね」


 前者であっても【マイコニドガス】を不法に持っていた時点で大分厳しいが。


「はい」


 スパーラ師は沈着な口調で言った。


 私は陳列台から魔石カメラの写真を取り上げる。


「メヲ・ランラン監視官の立会のもと乳製品保管庫の調査を行ったところ、乳製品保管庫の通気口に細い糸がこすれたと見られる痕跡が確認されました。これは【マイコニドガス】の瓶が通気口に糸で吊り下げられ、ジトーク子爵殺害直前に乳製品保管庫に落とされたものであると示すものだと弁護側は主張します」


「異議を申し立てます。その【マイコニドガス】をぶら下げた糸とやらはどこにありますの? 根拠が薄弱です」


「弁護人、魔石カメラの写真以外の根拠はありますか?」


「これ以上の物証はありませんが、ジトーク子爵の遺体は乳製品保管庫の通気口に向かって倒れていました。これは、通気口の側で【マイコニドガス】の瓶が割れ、その音に反応して振り向いたものと解釈できます」


「ですが、糸で吊したということにはなりませんわね。通気口から手で押し込んだという可能性も考えられますわ」


【マイコニドガス】を糸で吊り下げていた、とすると計画的犯行ということになる。


 私の衝動的犯行という主張をしている検察としては認められないところなのだろう。


「そうですね。【マイコニドガス】がどのように割れたかについての見解は、一旦取り下げさせていただきます」


 今の手札だけで押し切るのは無理そうだ。


 この場は引き下がっておくことにした。


「尋問を続けさせていただきます。資料によりますと今回名前が挙がった冒険者ギルド『魂の彩り』は、過去の『ヒトキリ最後の事件』でも【マイコニドガス】の横流しの容疑で調べを受けていますね。『魂の彩り』が調べを受けた経緯はご存知でしょうか」


「20年前の『ヒトキリ最後の事件』の現場でも、ゲッコー・イカーレル師が制作した錬金薬の瓶の破片が発見されています。当時は錬金薬の管理番号制度などはなく、冒険者がモンスター討伐で使ってしまった、その冒険者はギルドをやめた、と言われてしまうと、それ以上の追跡は困難でした。四件のギルドの名前があがり、聞き取りなどの調査を行ったのですが、それ以上の絞り込みはできずじまいとなったようです。『魂の彩り』は、そこで容疑のかかったギルドのひとつです」


「ありがとうございます。弁護側の尋問は以上です」


『ジトーク子爵殺害事件』でも『ヒトキリ最後の事件』でも【マイコニドガス】が使用され、流出元として『魂の彩り』が浮上している。


 その事実を提示できればここは充分だ。


「それでは検察側、反対尋問を」


 クラレント裁判長に促されたレンガ検事は、すぐには反応しなかった。


 何か考え込んでいるようだ。


「レンガ検事」


 クラレント裁判長に再度促され、ようやく反応したレンガ検事は、厳しい表情で「反対尋問はありません」と応じた。


「それでは、次の証人尋問に」


「裁判長」


 レンガ検事が挙手をした。


「恐れ入りますが、30分の休廷を申し入れさせていただきます」


「なにかありましたか?」


「検察側の証人として、クロイ・マーダラー執事を入廷させたいのですがフージン夫人と一緒に救護室にいるようです。調整の為に休廷を要請します」


「そうですな、弁護側はいかがでしょうか?」


「異議はありません」


 レンガ検事が出してこなければ、こちらのほうから指名するつもりでいた相手だ。


 いよいよ本命。


 レンガ検事も、こちらが誰を標的に定めているのかわかっているのだろう。


 こちらに主導権を持たせて狙い撃たせるのではなく、先手を取ってぶつけることで、こちらの主張を切り崩す腹だろう。

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