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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者:
法廷編(後編)人狼メイドは真相を明かす

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証人尋問:ナリアガッタ・ドシンザン伯爵

 クラレント裁判長の指名を受けた渦中の人物ナリアガッタ・ドシンザン伯爵は傍聴席より立ち上がり、証言台に入った。


「では弁護人、証人尋問を」


「氏名と職業をお願いします」


「ナリアガッタ・ドシンザン。帝国海軍提督、帝海銀行の頭取などをつとめている。爵位は伯爵である」


 私の人定質問に、ドシンザン伯爵は冷めた声で応じる。


「ありがとうございます。早速ですが、ドシンザン伯爵が設立した金融機関、帝海銀行はジトーク子爵家の行う貸金業に対して、敵対的な戦略をとっていましたか?」


「ジトーク子爵家を経済的に破滅させることを目標としていた」


 こちらの想定より過激な言い回しをしてきた。


 傍聴席がざわめいて、裁判長が「静粛に」と声を上げた。


「何故、そのような目標を掲げたのでしょうか」


「私的な復讐のためだ。周知の通り、我が父キセラレータ・ヌレギーヌは中央警視庁セントラルヤードの刑事でありながら、私を除いた家族全員を斬殺し、『帝都を騒がす殺人鬼ヒトキリは我である』との遺書を残し割腹。殺人鬼ヒトキリの正体であるとされている。しかし、ヌレギーヌ一家殺害、割腹事件、いわゆる『ヒトキリ最後の事件』の前夜、私はひとりの不審な男の姿を目にした。平民街にあったヌレギーヌ邸の近所では見かけぬ、貴族風の男だった」


「その人物が、真のヒトキリだと仰るのですか?」


「当時はそこまで考えなかったが、貴族風の不審な男を見たことは確かだ。事件を担当した刑事らには聞き入れられず終わったが。ヒトキリ事件は父を犯人として決着し、私はそれから船乗りとして生活し、やがて功を上げて叙爵された。そうして偶然に、ジゴー・ジトークという男に出逢った。ヌレギーヌ一家殺害の前夜に目にした、あの貴族の男だった」


「ドシンザン伯爵がジトーク子爵と出逢ったのは、事件の何年後のことだったのでしょうか」


「15年後だ」


「15年が過ぎていて、事件前夜に目撃した人物がジトーク子爵その人であると確信できた理由はなんでしょうか」


「ジトーク子爵が火辻鳴々流ひつじめいめいりゅうの使い手であったことだ。『ヒトキリ最後の事件』で、我が父キセラレータ・ヌレギーヌがヒトキリとされるまでは、殺人鬼ヒトキリは当時帝国で流行していた東方剣術、火辻鳴々流の使い手と見なされていた。ジトーク子爵は火辻鳴々流目録の使い手であり、当時の捜査対象者にも入っていた。外見的印象が近く、ヒトキリ事件の捜査対象でもあったことで、ジトーク子爵こそ、ヒトキリ事件の真犯人であるという確信に至った」


「当局に訴え出ようとは思わなかったのですか?」


「ヒトキリの実子とされている私の目撃証言では、父の無罪を立証するには足りないと判断せざるを得なかった。そこで、ジトーク子爵を経済的に追い詰めることで反応を引き出そうと考えた」


「ジトーク子爵はどのような反応を?」


「私の動きに気づいてはいたようだが、直接私に接触を取ろうとすることはなかった。私とジトーク子爵の軋轢に気付き、仲裁を申し出る向きもあったのだが、私との対面そのものを忌避し続けていたようだ。私と直接接触し、ヒトキリ事件の話をすることを恐れたのだと思っている。直接対面する機会が無いまま死んでしまったので『そう思う』という以上のことはいえないが」


「ジトーク子爵家の動向は、どのように把握していらしたのですか?」


「人を使って監視させていた。現在ジトーク子爵家にいる使用人の中に内通者がいる」


 法廷がざわめいた。


 このへんは深く突っ込むのはやめておいたほうがいいだろう。


 我が姉レンガが何か言ってくるかと思ったが、今のところは様子見の構えのようだ。


「ジトーク子爵が亡くなる前、なにか変わった報告などはありましたか?」


「海外への逃亡を企てている様子があった。隣国トナリーノ王国に嫁した妹、イコクニ・トツイダ夫人に対し、亡命への協力を求める書状を送っている。部下を使ってトツイダ夫人に直接確認をしたが、亡命への協力を求める書状は一度受け取ったが、断ったという回答を得ている」


「異議を申し立てます」


 レンガ検事が声をあげた。


「部下を通しての伝聞では、信憑性のある証言とは言えません」


 まぁ、もっともな指摘だ。


 トツイダ夫人自身の証言でなければ、法廷の証言としては認めらない。


 誰々から聞いた、という話をそのまま証言として認めてしまうと弁護側も検察側も適当なことを言い放題になってしまう。


 ジトーク子爵の海外逃亡については他の線から攻めるべきだろう。


 と、思ったのだが。


 ドシンザン伯爵は懐から一通の【書状】を取り出した。


「これはつい先ほど、部下を通じて届いたものだ。トツイダ夫人に提供してもらったジトーク子爵の【書状】の現物になる。確認と鑑定をしてほしい」


 レンガ検事の表情が凍り付く。


 クラレント裁判長が口をあんぐりとさせた。


 私も聞いていない。


「なんですかそれは」と言いたくなるのをどうにか押さえて「ドシンザン証人」と声を掛けた。


「目録にない証拠を証言中に提示することはできません」


 原則としてダメと言うレベルではあるが、褒められたことではない。


 不意を打って相手を混乱させようとする奇襲的行為として、注意や警告の対象になる。


「すまなかった。では、これは弁護人に預けておく」


「お預かりします」


 ドシンザン伯爵から【書状】を受け取り、クラレント裁判長とレンガ検事に目を向ける。


「お騒がせして申し訳ありません。こちらは後日改めて提示させていただきます」


 もう一日早く届いていれば、強力な証拠になったはずだが、今回はタイミングが悪かった。


 ここで採用を求めるとルール違反になってしまう。


 そのまま引っ込めておこうと思ったのだが、クラレント裁判長は「いえ」と応じた。


「確かな証拠であるならば、この場で確認しておくべきでしょう。法廷鑑定士による筆跡鑑定を許可します」


 有力な証拠の存在だけ示唆されて、中途半端に引っ込められてもかえって話が混乱するということだろう。


 ドシンザン伯爵はこうなることを狙って、敢えてこのタイミングで【書状】を出したに違いない。


 後方のハフリ先生に視線を送ると「そのまま進めてください」のサインが戻って来た。


「申し訳ありません。では、筆跡鑑定をお願いします」


 正攻法とは言いがたいが、ここはこのまま押し切るしかない。

 

 法廷鑑定士のシンガン・ミヤブール氏に【書状】を渡し、検察側の用意したジトーク子爵の筆跡と照合してもらう。


 その結果は。


「一致しました。ジトーク子爵の筆跡に間違いありません」


 文面の方も、ドシンザン伯爵の言葉通り、ジトーク子爵が妹のトツイダ夫人に亡命への協力を求めるものだった。


「驚きました」


 クラレント裁判長は唸り声を上げた。


「ジトーク子爵が本当に、亡命を考えていたとは」


「回答の書状についてはジトーク子爵宛に送付済みということで確認できませんでしたが、郵便局に配達記録が残っていました。国際郵便の記録が残っているのは、ジトーク子爵からトツイダ夫人宛に送られたこちらの【書状】、その返書となるトツイダ夫人からジトーク子爵にあてた手紙の二通のみで、それ以降手紙のやり取りは記録に残っておりません」


 そう補足をし、郵便局から調達した国際郵便の記録の書面と写しも、あわせて提出した。


「わかりました。検察側からはなにかありますか?」


「……ありませんわ」


 話が想定外の方向に行きすぎているのだろう、レンガ検事は慎重な調子で言った。


 皇室顧問法務騎士ハフリ先生と、提督伯ことドシンザン伯爵のおかげで、普通の弁護人ならば調達しようのない証拠品がどんどん出てきてしまっている。


 レンガ検事としては相当にやりにくい状況のはずだ。


「それでは、尋問を再開させていただきます。国際郵便の記録を見る限り、ジトーク子爵とトツイダ夫人の連絡は途絶えていたようですが、ジトーク子爵は海外逃亡を断念したのでしょうか」


「いや、それ以降もトナリーノ王国への逃亡準備を続けていたようだ。事件の直近に解雇されたメイドがトツイダ夫人宛の手紙を目撃していた」


「ジトーク子爵とトツイダ夫人とのやり取りは一往復のみだったはずですが、それ以降も手紙のやり取りをしていた形跡があったのですか?」


「聞いた話では、そういうことになる。実際にその手紙が送られたかまでは確認していない」


「ありがとうございます。弁護側の尋問は以上です」


 一礼をして引き下がる。


 次は我が姉レンガ検事の反対尋問だ。

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