証人尋問:メイド長コロンダ・カネデー
ジトーク子爵家のメイド長コロンダ・カネデーは40手前、福々しく太った、生命力の強そうな中年女性だ。
メイド長なので元上司にあたるが、本館から出てくることはあまりなかったので交流はほとんどなかった。
登録上は検察側証人ということになっているが、聞くべきことは検察側の主張と矛盾するジトーク子爵の14時頃の目撃情報となるので、弁護側の私が先に質問に立つことになった。
接点が少ないとはいえ、被告人の酪農メイドが弁護人として前に出てきて質問をしてくるというのは想像外すぎる状況だったのだろう。
カネデー証人はあからさまに「なんなのよ」という表情を浮かべていた。
ここは気にせずに話を進めることにした。
「事件のあった日についてですが、カネデー女史がジトーク子爵を最後に目撃したのはいつ頃でしょう?」
「14時頃だったと記憶しています」
「その時、ジトーク子爵はどのような様子でしたか?」
カネデー女史は、傍聴席のほうにちらりと目をやった。
傍聴席にいるナリアガッタ伯爵の様子をうかがったようだ。
「話せ」のサインがあったようだ、カネデー証人は口を開いた。
「お屋敷の外に出ようとしておいでのようでした。「今日はお早いですね」と声をおかけしたところ「時間を間違えた」ということで引き返して行かれましたが」
「実際に出かけるところは目にしていないのですね?」
「はい」
「ありがとうございます。弁護側の質問は以上です」
「検察側、反対尋問はありますか?」
「ありません。実際に出て行った姿を目にしたという内容でない以上、証拠として採用すべき証言でもないと主張いたします」
レンガ検事は「くだらない」と言いたげな調子で言った。
「弁護側の意見は?」
「重要な証言だと認識しております。事件当日、被害者ジトーク子爵が『人目につかぬよう外出しようとしていた』ことを示唆するものです」
「人目につかぬように、乳製品工房に行こうとしていたと言うのですか?」
「はい」
そろそろ、勝負に出るタイミングだろう。
「私どもの調べによると、ジトーク子爵には海外への逃亡を目論んでいた形跡があります。ジトーク子爵が乳製品工房に足を運んだのは、その第一歩であったと主張します」
「お待ちなさい!」
レンガ検事が声をあげた。
「唐突になにを言い出すのです。海外逃亡などと、荒唐無稽にも程がありますわ」
「弁護側、それなりの根拠はあっての指摘なのですか?」
「はい、先日の公判でも言及がありましたが、近年のジトーク子爵家の経営状態は芳しいものではありませんでした。主な原因は、ジトーク子爵家の収入源である貸金業が新興有力貴族ドシンザン伯爵が経営する帝海銀行による切り崩しを受けたことでした。この状況の背景には、ジトーク子爵とドシンザン伯爵の間の遺恨が存在します」
「遺恨といいますと?」
「ドシンザン伯爵の父、キセラレータ・ヌレギーヌ刑事が起こしたとされる『ヒトキリ連続殺人事件』そして『ヒトキリ最後の事件』です。ドシンザン伯爵によるジトーク子爵への攻撃は、父ヌレギーヌ氏に殺人鬼ヒトキリの汚名を着せ、殺害したヒトキリ事件の真犯人、ジトーク子爵に対する復讐を意図したものでした」
「で、でたらめを言わないで!」
傍聴席から金切り声が飛んできた。
フージン・ジトーク子爵夫人の声だった。
「黙りなさい! この人殺しっ!」
顔を蒼白にして、痙攣でも起こしそうな勢いでわめきちらすフージン夫人。
こちらの指摘が当たっていれば、焦るのは仕方がないが、少し反応が良すぎないだろうか。
「静粛に!」
クラレント裁判長が声をあげ、フージン夫人の側にいたマーダラー執事がフージン夫人を外に連れ出した。
一番反応を見たい相手が出て行ってしまったが、このまま続けるしかない。
ヒトキリ事件という手札を切ってしまった以上、あとは走って行くだけだ。
「ジトーク子爵をヒトキリ事件の真犯人として告発するというのですか?」
「はい、その事実が、今回のジトーク子爵殺害事件の真実に至るための、最も大きなカギになると考えます。弁護側は証人としてナリアガッタ・ドシンザン伯爵の入廷を要請します」
「異議を申し立てます! ヒトキリ事件は20年前に決着した事件です。今更蒸し返す必要などありません」
レンガ検事がうなるように言った。
「異議を却下します。20年前のヒトキリ事件の真相がどうあれ、ジトーク子爵とナリアガッタ伯爵の間に重大な対立があることは周知の事実です。その背景を把握しておく必要性は充分に認められます。弁護側証人として、ナリアガッタ・ドシンザン伯爵を入廷させてください」
クラレント裁判長の宣言で、公判は次の段階へと移行する。
ジトーク家の物語の終幕に向かって。




