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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者: 今際之
法廷編(前編)人狼メイドはブラック法廷を打ち砕く
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罪状認否:被告人ノット・ギルティ(後)

 今の私でも、瞬きくらいはできる。


 ゆっくり二回目を閉じて、三度目の瞬きをしてしまわないよう我慢した。


 何が起こっているのか全くわからないが、この絶体絶命の状況を少しでも動かすには、同意する他ない。


「ありがとうございます。では、少々失礼いたします」


 そう告げた怪人ハフリ氏は指先から医療魔法の走査光を出し、心拍や体温などを確認していく。


「どうじゃ?」


 グーセイ皇子と思われる少年の問いにハフリ氏は「棘貝毒とげかいどくのようです」と応じた。


「瞳孔の拡大、爪先に変色あり。記録しておきましょう」


 ハフリ氏はどこからか小型の魔石カメラを取り出した。


「お、お待ちください」


 我が兄ウッド弁護士が焦った声をあげた


「依頼人の体を勝手に撮影するのは」


 ウッドは私の弁護人だが、私を有罪にする方向で動いている。


 よけいな記録を残されては困るのだろう。


「そうですね」


 鎧の怪人ハフリ氏はうなずいた。


 鎧がかしゃりと音を立てる。


「許可を取ってからにしましょう。ミス・ノット、写真撮影をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。先ほどと同じく、許可をいただけるならゆっくり二回、不許可なら早く四回瞬きをしてください」


 二回瞬きをして同意する。


「ありがとうございます。それでは失礼をして」


 ハフリ氏は魔石カメラを使い、私の目や指先、左腕につながった点滴の様子などを撮影していく。


「こんなところでしょう。グーセイ殿下、治療をお願いします」


「うむ」


 涼やかな声で応じたグーセイ皇子は祈りを捧げるように手で印を組み、目を閉じる。


 魔術や錬金術ではなく神々への祈りによって奇跡を起こす聖術の動作だ。


「その点滴は外すが良い、邪魔になる」


 指図を受けたハフリ氏が私の腕の点滴針を外して下がる。


 グーセイ皇子の唇が言の葉を紡ぐ。


「尊き地天ちてんこいねがう。その力を顕現し、衆生の傷病を癒やし給え」


 地天呪ちてんしゅ


 衆生を治癒医療する女神、地天プリティヴィの力を来臨させる聖呪せいじゅだ。


 両手で組んだ皇子みこの手印が強く金色に輝いた。


 神々しく、清浄な気配が法廷を満たし、麻痺していた私の体に感覚が戻っていく。


 法廷にざわめきが広がりはじめる。


「……あ、おおっ、目が! 目がっ!」


「腰が!」


「膝がっ!」


 グーセイ皇子が起こした奇跡は私一人を癒やすだけでは留まらなかったらしい。


 私の解毒のついで、あるいは余波で法廷にいた傍聴人の古傷や持病の類も治癒しているようだ。


 金色の光が収まった時には私の麻痺が完全に取れたばかりか、古傷や持病が癒えたらしい傍聴人達が床にひれ伏していた。


「ありがたやありがたや」


「尊し」


「いと尊し!」


「聖なるかな!」


「グレイトフル!」


 聖者か生き神を前にしたような勢いだ。


 法廷が大混乱に陥っているが、ひれ伏したくなる気持ちは理解できた。


 現人神、あるいは神人といった言葉を思わせる聖力だ。


 車椅子に固定されていなければ私も跪いていただろう。


 というか私とハフリ氏以外は全員平伏してしまっている。


 クラレント裁判長やギルティ兄弟までひれ伏してしまっていた。


 グーセイ皇子本人はというと、平伏慣れしているのだろう。


 鷹揚な表情のまま「くるしゅうない」と笑っていた。





「どうじゃ?」


 ひれ伏してしまった傍聴人達をクラレント裁判長が着席させる中、グーセイ皇子が問いかけてきた。


「はい、すっかり良くなったようです。ありがとうございます」


 車椅子につながれたままではあるが感謝の言葉を告げる。


わしではなく天の功徳じゃ、地天様に感謝するが良い」


 そう告げたグーセイ殿下は私の車椅子の後ろのポールにぶら下がった点滴袋を指でつついた。


「これは、外したままにしておけ」


 青ざめた顔で見ていたワーラー、ウッドの顔が更に緊張したように強張る。


 兄二人が何に反応したのかは見当がついたが、今は知らない顔でいることにした。


 グーセイ皇子はクラレント裁判長に目を向ける。


「邪魔をした。儂はこれで退席するとしよう。裁判を続けるがよい」


 グーセイ殿下とハフリ氏が傍聴席に戻って行く。


「……それでは、審理を再開します。罪状認否の途中でしたね。被告人に再度確認します。起訴事実を認めますか?」


 奪われようとしていた機会が思わぬ形でやって来た。


 間髪入れずに口を開く。


 答えはもちろん、


「無罪を主張します」


 やっていないのだから、これ以外の回答はありえない。


「待て!」


 隣のウッド弁護士が悲鳴のような声をあげた。


「罪を認めろ! ギルティ家の人間が悪あがきをするんじゃない!」


 ウッド弁護士の言葉は聞き流し、クラレント裁判長に目を向ける。


「裁判長」


「な、なんでしょう」


 ギルティ家だらけの法廷に皇子殿下が乱入、とどめに弁護人が認めると言った罪状を被告人が否認する。


 だいぶ混乱しているのだろう。


 クラレント裁判長は目を白黒させていた。


「弁護人ウッド・ギルティは私の意向を無視して私に殺人の罪を認めさせようとしました。弁護人ウッド・ギルティをこの場で解任します」


 弁護人の解任は被告人の権利だ。


 目を丸くしたクラレント裁判長だが、やがて「わかりました」とうなずいた。


「弁護人不在ということになりますが、休廷を希望しますか?」


「いえ、このまま続けていただいて結構です。私もギルティ家の娘です。自分の弁護くらいはこなせます」


「待てと言っているだろうが!」


 ウッド弁護士が怒鳴り声をあげた。


 車椅子に固定されたままの私に顔を近づけると、


「おまえ一人でなにができる。オレの言う通りにしろ」


 と囁いた。


 クラレント裁判長には聞こえない絶妙なボイスコントロール。


 嫌なスキルが高い。


 聞き流し、我が兄ウッドの顔を見上げた。


「退席を」


「考え直せ」


「退席を」


「兄上になぶり殺しにされたいのか!」


 言う通りにしていれば、ひと思いに殺してもらえるということだろう。


「退席を」


 構わずにそう繰り返す。


「ウッド弁護士、そこまでにしてください」


 押し問答に気付いたクラレント裁判長が警告をした。


 これ以上迫ってもどうにもならないと悟ったのだろう。


 ウッドは憤然と私から離れた。


「……後悔するぞ」


 そんな捨て台詞を残し、弁護人席から去って行く。


「お騒がせして申し訳ありません。審理を継続してください」


「では、冒頭陳述に移りましょう。ワーラー検事」


「はい」


 検察席から私とウッドのやり取りを眺めていた長兄ワーラーが改めて立ち上がった。

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