報告:ジトーク子爵家の聞き込み結果
ナリアガッタ伯爵との会見を終えてしばらくすると、ジトーク家に聞き取り調査に行っていたハフリ先生が戻ってきた。
白いカーバンクルの姿になったハフリ先生にナリアガッタ伯爵からの情報を伝え、ハフリ先生の聞き取り調査の結果を聞く。
ハフリ先生が話を聞いたのは子爵夫人フージン・ジトーク、執事クロイ・マーダラー、メイド長コロンダ・カネデー、それとメイドや従僕たち。
最有力被疑者のマーダラー執事だが、事件当時はアリバイが成立している。
「フージン夫人の居室で14時から16時までジトーク子爵家の養子縁組について話し合っていたそうです」
「養子縁組、ですか?」
ジトーク子爵は45歳半ばだが子供がいなかった。
養子を迎えようとすること自体はわかるのだが。
「当主のジトーク子爵抜きで、でしょうか?」
当主抜きで話し合うようなことではないはずだ。
「閨の話になってしまい恐縮ですが、ジトーク子爵は、いわゆる『種なし』であったそうです。フージン夫人との間に子が出来ないということで若い頃からメイドなどに手を出していたのですが、妊娠に至った事例がひとつもなく。フージン夫人でなくジトーク子爵本人に問題があるということになったようです。もはや養子縁組みの他ないということになったのですが、ジトーク子爵にとっては屈辱以外の何物でも無いということで、フージン夫人やマーダラー執事に丸投げの形になっていたようです」
「そうなんですか……」
なんだかな、と思ったが、既に死んだ人間のことを、わざわざあげつらうこともないだろう。
「アリバイが成立してしまっていますね」
「ええ、フージン夫人が偽証をしていない限り」
「フージン夫人に偽証の動機があるとすると……やっぱり、海外逃亡でしょうか」
「どういう意味でしょう?」
ハフリ先生が突っ込みを入れてくる。
なにが言いたいのかの察しはついていそうだが、きちんと言語化しろと言うことだろう。
「ジトーク子爵はナリアガッタ伯爵の敵意を受けて、海外逃亡を考えるほどに追い込まれていました。ですがフージン夫人やマーダラー執事からすれば、海外逃亡などなんのメリットもありません。異国で財産を食い潰しながら身を潜めて生きていくか、もしくは送還され、罪人として獄につながれるか。いずれにしても、まともな未来は見込めません。いっそのことジトーク子爵に死んでもらい、ナリアガッタ伯爵に慈悲を乞うたほうが良い、と考えてもおかしくはないでしょう」
「そうなるでしょうね」
ハフリ先生は首肯し、再び話を続ける。
「それと事件当日のジトーク子爵の目撃証言ですが、これもマーダラー執事とフージン夫人が最後です。『15時ちょうど、本館から散歩に出ていくところをフージン夫人の居室で目にした』とのことです」
「一番怪しい2人の証言ですか」
こちらから見ると信憑性ゼロだが、検察側から見ると被害者遺族の証言ということになる。
突き崩すには相応の根拠が必要だろう。
「他にジトーク子爵の姿を見かけた方は?」
「遠目にそれらしき人影を見かけた、という証言が3件ありました。また14時頃にメイド長のコロンダ・カネデーさんが、ジトーク子爵の姿を目撃しています。玄関の近くまでやってきたのですが、カネデー女史の顔を見ると「まだ早かった」と引き返して行ったそうです」
「カネデー女史、ですか」
「なにか?」
「先ほど申し上げたドシンザン伯爵の内通者なのですが、カネデー女史だそうです。金を積まれてジトーク家の情報を流していたそうです」
「なるほど」
ハフリ先生は思案するように呟く。
「ここで偽証をするメリットはないと思いますが、一応警戒しておいたほうが良いかも知れませんね」
「はい」
私も首肯する。
「とりあえず『ジトーク子爵は14時頃に出かけようとした』ということになるのでしょうか」
「そうなるかと」
興味深い情報だが、どう解釈すべきかはまだわからなかった。
「またもう一つ興味深い証言がありました。事件前日、ジトーク子爵家には死体が1体運び込まれていたそうです」
「死体、ですか?」
「ええ、例の【マイコニドガス】の件でも名前が挙がった冒険者ギルド『魂の彩り』が討伐した【盗賊の死体】が運び込まれ、ワインセラーに安置してあったそうです」
「【盗賊の死体】をワインセラーに?」
脈絡が全くわからない。
「犯罪抑止のために門前で公開する予定だったそうです。ジトーク子爵の死去で中止となり、今は共同墓地に埋められているそうです」
「唐突な印象を受けますね。今までにそんなことをしたことはなかったはずですが……『魂の彩り』に依頼を出したのは、やはりマーダラー執事でしょうか」
「はい、ジトーク子爵の指図ではあるようですが」
「そうですか」
なんだか妙な手札が手元にやって来た。
ジトーク子爵殺害事件の真相を明かすための手がかりになりそうな気もするが、具体的にどう解釈すべき情報かは、今ひとつピンとこなかった。




