聞き込み:錬金術師ケルス・スパーラ
第一回公判から三日後。
私とハフリ先生は帝都の錬金術ギルド『知を愛でる者』を訪れた。
帝都の錬金術師の大半が所属する大ギルドでブタイノ帝国で流通する錬金アイテムの製造、販売のほとんどを請け負っている。
錬金アイテムの製造や販売自体は『知を愛でる者』に所属していなくても可能だが【マイコニドガス】のような犯罪利用の危険のある特定錬金薬の販売を認可されているのは『知を愛でる者』のみとなっている。
『知を愛でる者』訪問の目的はジトーク子爵殺害の殺害現場で発見された【ガラス片】の正体が【マイコニドガス】の瓶かどうかを確かめ、その供給ルートを確かめること。
応対をしてくれたのは『知を愛でる者』のギルドマスター、ケルス・スパーラ師。
面会場所はスパーラ師の執務室。
ハフリ先生とは面識があるようで、すんなりと本題に入った。
昨日乳製品保管庫で見つけた【ガラス片】に鑑定魔法を使ったスパーラ師は「ゲッコー・イカーレル師の錬金工房で使っていたガラスのようだ」と告げた。
「イカーレル師は使用に注意を要するアイテムに自らの手で焼いた色つきガラスを使っていた」
「使っていた、というのは?」
ハフリ先生が問う。
スパーラ師はハフリ先生の正体を知っているとのことで、鉄仮面を取ってカーバンクルの姿を見せている。
「イカーレル師はおよそ2年前に亡くなった」
「【マイコニドガス】の生産は?」
「やっていた。少し待ちたまえ」
スパーラ氏は秘書に台帳を運ばせて、テーブルに広げた。
「【マイコニドガス】の使用保証期限は1年。効果の保証ができないので推奨はしていないが、保存状態が良ければ3年程度は効果を見込める。1021年末の事件に使われた可能性があるのは長くみても1018年以降に生産されたものということになる。イカーレル師は1019年の年末に死亡しているから、ジトーク子爵殺害事件に使用されたとすれば、1018年から1019年までに生産されたものだろう。この期間にイカーレル工房が生産した【マイコニドガス】は60本、そのうち50本は軍や警察組織、10本は冒険者ギルドに提供されている。ガラスの成分から見て冒険者ギルド向けの10本のうちどれかの可能性が高い」
「供給先によってガラスの成分が違うのですか?」
私の問いに、スパーラ師は「ああ」と応じた。
「ゲッコー・イカーレルは錬金薬の犯罪利用や横流しに腹を立て、その抑止に力を入れていた。軍用品は黒、警察用は茶色、冒険者用は緑色と色分けをしていた。冒険者ギルドにおろした10本だが、7本までは問題の無い使用報告が上がってきている」
「問題があるかないかはどう判断を?」
ハフリ先生がたずねる。
「軍や警察については管理は先方任せだが、冒険者ギルドについては使用報告を義務づけている。【マイコニドガス】の場合は瓶の口にある管理番号入りコルクか瓶の口や底の部分に刻印された管理番号のある【ガラス片】を提出をしてもらっている。標的に向けて投げたり、罠に組み込んで使うものだから、うまく回収できないことも多いのだがね。7件まではきちんとコルクと【ガラス片】の両方、またはどちらかの提出があった。今回の事件で使われた可能性は低いだろう」
「残り3本は?」
「残り3本のうち2本については使用報告はあったが、コルクと【ガラス片】のどちらも提出がなかった。最後の1本は紛失報告だ。【マイコニドガス】を購入した冒険者が失踪して所在不明ということだ」
「その3本の供給先を教えていただけますか?」
「全て帝都の冒険者ギルドだ。報告不備は『魔群を断つ剣』『サウザントリーフ』、管理番号GI10181111-2、GI10190505-1、紛失報告は『魂の彩り』GI10190913-1」
覚えのある数字が出てきた。
【ガラス片】から浮かび上がった数字『101』『913-1』。
『101』は三本とも引っかかってしまうが『913-1』は、『魂の彩り』で紛失報告があがった『GI10190913-1』の末尾の番号のようだ。
「ハフリ先生」
私が声をあげると、ハフリ先生は「ええ」と応じた。
「『魂の彩り』というギルドについてお聞かせ願います」
「瓶に番号が残っていたのか?」
「いえ、削られていましたが、酵素で描いた数字が隠してあり『101』『913-1』という数字を読み取ることが出来ました。肉眼では見えませんが、血痕検出用の鑑定魔法に反応するものです」
スパーラ師は目を丸くしたあと、「なるほど」と笑った。
「ご存じなかったのですか?」
「ああ、今始めて知った。イカーレル師は錬金薬物の流出を憎んでいた。管理番号を入れたところで瓶から削られてしまったらそれで終わりだ。何か新しい方法を考える必要があるとも言っていた。その新しい方法なんだろう。私のところに話が来なかったのは、テスト中だったからか、あるいは情報の漏洩を嫌ってのことだろう」
法曹側から見てもザル法というイメージだったが、錬金術師の側にもなんとかしないとダメという意識があったようだ。
「『魂の彩り』は帝都の西に本拠を置く中堅のギルドだ。20年前の『ヒトキリ最後の事件』で使われた【マイコニドガス】の流出元として疑いをかけられたことがあるが、証拠不十分で摘発には至らなかった」
『ヒトキリ最後の事件』とは中央警視庁の刑事キセラレータ・ヌレギーヌが、自身の家族を惨殺、自分こそ殺人鬼ヒトキリであると告白する遺書を残し、割腹自殺をした事件だ。
妻子の抵抗と逃走を防ぐ為、家の中で【マイコニドガス】を使ったという話である。
「疑いをかけられた理由は?」
「現場で発見されたガラス片が今回と同じイカーレル師の色つきガラスだった。ただ、当時は錬金薬管理法自体がなく管理番号制度もなかった。怪しいギルドが複数浮上したが、そのまま絞りきれず終わった。『魂の彩り』にギルティ家の弁護士がついたこともあって結局真相は掴めず終わった」
変なところで実家の名前が出てきた。
「『魂の彩り』とギルティ家につながりがあったのでしょうか?」
ギルティ家の弁護士が冒険者ギルドにつくなんてケースは聞いた事が無い。
「聞いた話ではジトーク子爵家の紹介のようだ。『魂の彩り』はジトーク子爵家のお抱えギルドのようなもので、盗賊退治や護衛などの依頼をよく出していたそうだ」
ジトーク子爵家と関わりの深いギルドのようだ。
「わかりました。ありがとうございます」
スパーラ師への質問はそれで一段落。
「【マイコニドガス】の実物を見せていただくことは可能でしょうか」
というハフリ先生の希望でスパーラ師が青い瓶の【マイコニドガス】を持ってきてくれた。
故人であるイカーレル師ではなく、また別の工房で作られたものらしい。
掌に収まるサイズ。
コルク栓の部分は密封の為の封蝋で覆われている。
「瓶の色の違いと隠し文字の有無をのぞけば、ほぼ同じ仕様だ。封蝋の下のコルクと瓶の口の部分、それと瓶の底に管理番号が入っている」
スパーラ師はテーブルに置いた瓶の封蝋部分を指さす。
瓶の首の部分には<封蝋を取らないこと! 劣化と漏出の恐れあり!>という注意書きのタグがつけてあった。
「現場で発見された【ガラス片】は、瓶の口の管理番号が削られていたのですが、封蝋を取って削り取ったと言うことになりそうですね」
ハフリ先生の言葉に、スパーラ師は「そうなるな」と同意した。
「封蝋を取った場合、【マイコニドガス】の寿命はどの程度になるのでしょう」
「コルクの品質にもよるが、保存用のガスが抜け、2週程度で使い物にならなくなる」
「そうすると、番号を削ったのは犯行前2週以内と解釈して良いのでしょうか」
「その可能性が高いが、番号を削った後に封蝋をやりなおすという手口もあるので一口には言えないな」
「そのあたりのことを、法廷で証言いただくことは可能でしょうか?」
ハフリ先生の要請に、スパーラ師は「了承する」と応じた。
「錬金薬の不正利用とあれば、痛い目に遭ってもらわなければ困る。『魂の彩り』からの【マイコニドガス】の流出については魔術・錬金術取締局に連絡して調査を進めておこう」
魔術・錬金術取締局は魔術や錬金術に関わる犯罪、魔法薬や錬金薬、マジックアイテム類の取締りを担当する組織だ。
警察庁所管の中央警視庁とは別組織で、魔術・錬金術庁が所管している。
通常の殺人事件などに出てくることはあまりなく、ギルティ家ともあまり関わりがなかったが、錬金薬物やマジックアイテム絡みの事件で証言台に立っている姿を見たことがある。