聞き込み:警察官ガッチー・ガッチ巡査長
ジトーク子爵邸周辺の調査を一区切りした私たちは、中央警視庁の庁舎に向かった。
目的はジトーク子爵邸近くであった『捕り物』の子細を確認すること。
皇室顧問法務騎士ハフリ先生の威光は強力で、あっと言う間に運ばれてきた逮捕記録と捜査資料に応接室で目を通す。
事件当日にジトーク子爵邸前で逮捕されていたのはアーキス・ネラウゼという名の窃盗犯。
前科4犯の常習犯で、質屋に盗品を持ちこもうとしたことがきっかけで警官に追われ、逃走の末にジトーク子爵邸前で御用となったようだ。
「逮捕時刻は15時30分となっていますね。トドケル・テガーミ氏の話とズレています」
テガーミ氏の証言通りなら逮捕時刻は14時30分のはずだ。
「書類の記入時刻を書いてあるのかも知れませんね。実際に逮捕をした方はおいでですか?」
ハフリ先生が応対役のガッチー・ガッチ巡査長に確認した。
「本官であります。書類の記入も本官が」
「逮捕の時、近くに郵便馬車を見かけませんでしたか?」
ハフリ先生が質問を重ねる。
「はい、目にした記憶があります」
「ジトーク子爵邸前を巡回する郵便馬車は14時30分には次の集荷場所に出発することになっています。こちらの書類の逮捕時刻は15時30分となっていますが、この15時30分というのは被疑者を拘束した時間ということで良いのでしょうか、それとも書類の記入時刻などでしょうか」
「本来は拘束時刻を記入しなければならないのですが、ちょうど懐中時計のゼンマイが切れてしまっておりまして。正確な時間がわからなかったのです。あとで書類作りをするときに確か15時頃だったということで15時30分と記入を……」
随分と大雑把なことをしていたようだ。
「その場で時計をお持ちだったのはガッチ巡査長お一人だったのでしょうか?」
「はい、時計を支給されるのは巡査長からとなりますので」
近くにいた郵便局員トドケル・テガーミ氏に聞けば時計を持っていたはずだが、そこまで考えは回らなかったようだ。
「記録上の逮捕時刻は実際の逮捕時刻とズレている可能性がある、ということでよろしいでしょうか」
「はい」
ガッチ巡査長はこわばった表情でうなずいた。
「なにか、問題になるということでしょうか」
「いえ、ジトーク子爵殺害事件についてアーキス・ネラウゼから得られる情報があるのではないかと考えておりまして。逮捕の時刻によって聞けることや聞くべき事が変わって参ります」
「そうですか」
ガッチ巡査長は難しい顔をした。
「アーキス・ネラウゼはジトーク子爵殺害事件に関する証言を条件に司法取引を受けています。検察側の重要証人ということになりますので、弁護側のハフリ先生が面会することは難しいかも知れません」
既に証人登録済み、ということらしい。
最初の証人リストにはなかったがワーラー検事が言っていた『決定的で特殊な証人』というのはアーキス・ネラウゼのことだったのだろう。
見るからに扱いの面倒そうな人間だ。
使わずに済むなら使わずに済ませたかったが、公判初日にして被告人への薬物投与が発覚、公判維持能力を疑われる状況に陥り、出さざるを得ないと判断したのだろう。
私でなくハフリ先生であればアーキス・ネラウゼに面会を申し入れることくらいは可能だが、司法取引をするレベルの証人となると弁護側の人間に接触しないよう言い含められているはずだ。
手は出せないと考えるべきだろう。
オーヒノ離宮へ引き上げると検察側証人の追加を知らせる裁判所からの手紙が届いていた。
新たに加えられた証人の名は、やはりアーキス・ネラウゼとなっていた。