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人狼メイドはブラック法廷に異議を申し立てる  作者: 今際之
保釈調査編 人狼メイドはキノコの謎に挑む
16/43

調査:ジトーク子爵邸乳製品保管庫

 錬金術ギルドに話を聞くと言ってもアポイントなしでいきなり押しかけるわけにもいかない。


 証拠品保管室の次は、既に連絡済みのジトーク子爵邸へ足を運んだ。


 無罪立証の為の調査が目的だが、ジトーク子爵殺害事件の被告人である私は事件関係者との接触を禁止されている。


 直接接触して証人を脅迫、買収したりしてはいけないということで、検察側が提出した証人リストにある人物と会って話すことはできないルールだ。


 ジトーク子爵家の親族、使用人などは全員リストに載ってしまっているので接触不可能となるが、現場とされている乳製品保管庫などへの立ち入り程度は許されている。


 私は現場検証にのみ参加、関係者からの聞き取りなどは弁護人であるハフリ先生が別途改めて行うことになった。


 引き続きメヲ・ランラン監視官の立会の下、不正防止用の手錠を付けられた恰好で現場の乳製品保管庫に足を踏み入れる。


 乳製品保管庫は私の作業場にあたる乳製品工房に並んで建てられており、出入りをしていたのは私一人。


 私の後釜は決まっていないのか、保管庫にも工房にも人の気配はなかった。


 保管庫に入ると、チーズが傷んだ匂いがした。


 現場検証の後は放置状態になっており、中のチーズ類が痛んでしまったようだ。


 扉を開け放って換気をし、現場を調べていく。


 事件発生から一ヶ月以上過ぎている。


 血痕や遺留品と言ったわかりやすい証拠は残っていなかった。


 ぱっと目につくものと言えばチーズに生えてしまったカビとキノコくらいだ。


「ひどい有様じゃな」


 グーセイ殿下がむぅと唸りつつ、保管庫の棚をのぞき込む。


「この蝋燭はなんじゃ?」


「【バターランプ】です。ロウの代わりにバターに芯を通して火を付けます」


「数が多いですね」


 ハフリ先生もグーセイ殿下の後ろにしゃがみこみ、【バターランプ】の棚をのぞき込む。


「新年の祝祭用に作りためたものです。屋敷の門を装飾するように飾って、一斉に火を付けます」


 ジトーク子爵が年明け前に死んでしまったので、使われないまま放置されたようだ。


「火事の恐れなどはないのですか?」


「爆発的に燃えることはありませんが、一応火気厳禁となっています」


「なるほど、参考までに撮影しておきましょう」


 ハフリ先生は魔石カメラを出して、【バターランプ】が並んだ棚を撮影した。


 さらに保管庫の様子を確かめていくと、気になるものが目に付いた。


「ハフリ先生、鑑定をお願いしたいものがあるのですが」


「なんでしょう」


「このキノコを」


 チーズに生えた白いキノコを示す。


 パッと見ただけで、素性の見当がついたようだった。


 ハフリ先生は「これは」と声をあげた。


「【パラライズ・マイコニド】のようですね」


「はい」


 深い洞窟などに生える、毒性を持つキノコだ。


 刺激を受けると麻痺毒を持った胞子を放出し、近くにいる生き物を動けなくしてしまう。


 念のためグーセイ殿下に避難してもらい、ハフリ先生の鑑定魔法で正体を確認する。


「やはり【パラライズ・マイコニド】ですね。危険ですので処置をしておきましょう」


 ハフリ先生は属性魔法も扱えるようだ。


 低温魔法を使って【パラライズ・マイコニド】を凍結させると、透明の気密袋をかぶせて回収した。


「物騒なものがあるものじゃな。このあたりではよく生えるのか」


 外で待っていたグーセイ殿下の問いに、私は「いえ」と首を横に振る。


「帝都に自生するようなものではありません。外部から入った【パラライズ・マイコニド】の菌がチーズに根付いて、成長してしまったものでしょう。ある未解決事件の資料で似た事例を読んだことがあります」


「どのような事件じゃ?」


「【マイコニドガス】を利用した強盗事件、それにともなう【マイコニドガス】の横流し疑惑です。【パラライズ・マイコニド】の胞子を保存用のガスと一緒にガラス瓶に詰めたものを【マイコニドガス】と呼ぶのですが、これを使って商家の人間を麻痺させ、金品を奪い取る事件がありました」


「ふむ」


「当初は具体的な手口は不明だったのですが、事件から2週間ほど後、屋根裏から【パラライズ・マイコニド】が生えてきたことで【マイコニドガス】使用の可能性が浮上しました。【マイコニドガス】は冒険者などが採取した【パラライズ・マイコニド】を素材に錬金術ギルドで生産され、軍隊や司法機関、冒険者ギルドなどに供給されている錬金薬で、錬金薬管理法の特定錬金薬として管理番号がつけられ、購入、販売登録と使用報告が義務づけられています。捜査当局は事件に用いられた【マイコニドガス】の供給ルートを通じて犯人を追おうとしたのですが、結局【マイコニドガス】の流出元を特定することはできませんでした」


「番号で管理していたのではないのか?」


「現場から見つかった瓶の破片からは管理番号が削られていたそうです。【マイコニドガス】の横流し元として、地元の冒険者ギルドが捜査線上に浮上したのですが、ダンジョン探索中に使用したとのことで、容疑を詰め切れなかったようです」


「ダンジョンで使った」「ガラス片の回収もできなかった」と言われてしまうと打つ手がないのが実状らしい。


「いかぬな、それは」


 グーセイ殿下はむぅ、と唸る。


「錬金術ギルドも工夫はしているようですが、なかなかうまくは行かないようです」


 ハフリ先生が補足してくれた。


「なんとかせねばならぬな。そうすると、証拠品保管室にあった【ガラス片】は【マイコニドガス】の瓶のかけらということになりそうじゃな」


「はい」


 私は首肯する。


「ジトーク子爵は【マイコニドガス】を吸い込んで麻痺して倒れ、そこを【鉈】で打たれて死亡した。犯人は証拠隠滅のために【マイコニドガス】の【ガラス片】を回収しようとし、そこで膝を負傷。【エプロン】に小さな血痕を残した。その後チーズに付着した胞子が成長し、この【パラライズ・マイコニド】になった、ということになるかと」


「なるほどのう。あとはその【マイコニドガス】がどこからどう流れたかを追えば良さそうじゃな」


「はい、錬金術ギルドで【マイコニドガス】の管理番号を出してもらって、瓶にあった『101』『913-1』の数字にあてはまるものを探せば、該当するものを発見できるでしょう」


 そこから直接犯人につながるかどうかはわからないが、ともかく当たってみるべきだろう。


 さらに保管庫を調べると中央警視庁セントラルヤードの現場検証で見落とされたらしい微細な【ガラス片】が三つ落ちていた。


 ランラン監視官の許可を取って採集し、持ち帰ることにした。


 さらにまた、保管庫の裏手側の通気口の下部に、細い線のようなものが見つかった。


「糸がこすれたあとのようですね。お心当たりはありますか?」


 ハフリ先生の問いに、「いえ」と首を横に振る。


「手を触れることもあまりない場所ですが、もしかすると」


 検察側が提出した中央警視庁セントラルヤードの捜査資料の記憶を探る。


「【マイコニドガス】の瓶に糸をつけ、通気口から吊していたのかも知れません。ジトーク子爵が保管庫に入ったところで糸が切られ、瓶が落下して割れる。音に反応したジトーク子爵が通気口の方向に目をやり、ガスを吸い込んで倒れた。ジトーク子爵の遺体は通気口の方角に向けて倒れていました」


「そういえば、おまえ自身は物音を聞いておらぬのか?」


グーセイ殿下が私を見上げる。


「私は15時から15時40分頃まで本館近くの浴場の清掃と湯浴みをしていて、15時45分頃乳製品工房に戻りました。一人でいたのでアリバイの証明はできないのですが」


「そのあたりを見越して、ここを犯行現場に選んだのでしょう」


 ハフリ先生が言った。


 乳製品保管庫を出て通気口の様子を外から確かめると、外側にも糸でこすれたような形跡が残っていた。


「やはり糸を張って【マイコニドガス】の瓶を吊していたようです」


 そう呟いたハフリ先生が地面に走査光を走らせる。


「足跡などは残っていないようですね」


 事件から1ヶ月、雨風などで痕跡は消えてしまったようだ。


 続けて【鉈】【エプロン】が落ちていた古井戸も探ってみたが新しい発見はなかった。


 残るは聞き取り調査ということになるが、私はジトーク子爵家の人間とは接触禁止の身の上だ。


 今日のところは引き上げ、聞き取り調査は後日改めて、ハフリ先生主導で進めてもらうことになった。


 ジトーク子爵家の敷地を出ると、子爵家向かいにあるポストの前に郵便馬車が停車しているのが目に入った。


「少し話を聞いてみましょう」


 と言ったハフリ先生の提案で、話を聞いてみることにした。

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2025/02/28からリメイク版はじめました
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