訪問:中央法廷証拠品保管庫
第一回公判より二日後。
私はハフリ先生、グーセイ殿下、ギリー執事官と共に中央法廷の証拠品保管庫を訪れた。
目的は検察提出の証拠品のチェック。
グーセイ殿下が一緒にいるのは社会見学の一環で、ギリー執事官はその護衛役。
道中は他にも十数人の警護官が付き従っているが、さすがに人数が多いので証拠品保管室に入るのは私とハフリ先生、グーセイ殿下、ギリー執事官の四人のみである。
不正防止の為の裁判監視官メヲ・ランラン氏の立ち会いのもと【エプロン】【鉈】【ガラス片】と言った証拠品をチェックし、魔石カメラで撮影していく。
特に気になる証拠品は【ガラス片】だ。
瓶の口の部分らしき大きな【ガラス片】にヤスリで削られたようなあとがあった。
「なにか見つけたか?」
グーセイ皇子が手元をのぞき込んでくる。
「こちらに、ヤスリで削られたような形跡があります」
検察側の鑑定書にも記述があるが、詳細は不明とあった。
鑑定魔法を使いたいところだが保釈中の行動制限で魔法の類は使えない。
ハフリ先生に鑑定魔法を使ってもらうことにした。
「おや」
【ガラス片】に走査光をあてたハフリ先生は、そんな声をあげた。
今は鉄仮面をかぶったフルアーマー状態である。
「なにかあったか?」
「ガラスの表面から血液反応が出ています。可視化してみましょう。ギリー執事官、お手数ですがカーテンをしめていただけますか?」
ギリー執事官がカーテンを閉め、証拠品保管室を暗くする。
ハフリ先生が血痕検出用の鑑定魔法を使うと【ガラス片】に『913-1』という数字が浮かび上がった。
もとはもっと長い数列だったようだが、ガラスが割れて途切れているようだ。
「血文字か。『913-1』?」
グーセイ皇子が怪訝な声を出す。
「こちらにも同様の反応があります」
ハフリ先生はまた別の【ガラス片】に鑑定魔法をかける。
今度は『101』という数字が現れた。
「なんじゃこの数字は?」
「隠し文字の類のようですね。血痕検出用の魔法に反応する物質を筆を使って瓶に書き入れていたようです」
「筆で血文字を書いた? なぜそのような面妖なことを?」
「人の血ではないようです。血痕検出用の魔法は、ある種の酵素に作用して発光現象を起こすものですが、その酵素は人の血液固有のものではありません。実をいいますと、ある種の根菜の汁などにも反応します」
「ほう」
グーセイ殿下は感心した声を出す。
「何者が、何故そのような仕掛けを?」
「そうですね」
少し芝居がかった様子で応じたハフリ先生は立ち上がり、カーテンを開く。
窓の外を見やったまま「ミス・ノットはどうお考えになりますか?」と話を振ってきた。
「次の公判も自分が出る」と言っている私へのテストのようなものだろう。
「特定錬金薬の管理番号ではないでしょうか」
「管理番号?」
グーセイ皇子は首をかしげた。
「錬金薬管理法で指定された特定錬金薬の容器には、生産時に瓶に生産者のイニシャルと製造年月日、その日に何番目に生産したものかを示す管理番号の記載が義務づけられています。たとえば私が今年の1月1日に特定錬金薬を作った場合、イニシャルのNG、年代の1022、日付の0101、その日の何番目に作られたものかを示す1とをつなぎ、NG10220101-1という番号を記載しなければなりません。こちらの『913-1』はおそらく末尾の番号なので9月13日に作られた最初の薬品ということになるかと。『101』のほうは、数字の最初の三文字、1010年代に作られた薬品であることを意味します」
「錬金薬の管理番号と断言して良いのか?」
「この【ガラス片】を見たところ、研磨痕が瓶の口のあたりにあります。これは闇市場などに横流しされた特定錬金薬の流出元を隠すために行われる処理です。錬金薬管理法では瓶の口側と底の部分、コルクとラベルの4カ所に番号を刻印、記載するよう義務づけています。瓶の口側への番号を刻印し、末尾にハイフンを入れるルールがあるのは錬金薬管理法だけと記憶しております。ここ6年の間に新しい法律が出来ていたらわからないのですが」
私が法曹界を離れている間にルールが変わっていると通用しない推理になってしまう。
「ここ6年の新法や法改正で末尾にハイフンを入れる種類の管理番号は増えていませんので、その考えで間違いないでしょう」
ハフリ先生が同意してくれた。
「特定錬金薬が事件に関わっておる、ということになるか。そうすると、錬金術ギルドにでも問い合わせれば良いのか?」
「はい、そうですね」
「よく出来ました」というように、ハフリ先生は首肯した。
「話を聞いてみるべきでしょう」