面会:皇室顧問法務騎士ハフリ
「突然押しかけて申し訳ありません。お加減はいかがでしょうか?」
相変わらずの全身鎧、マントに鉄仮面で鉄格子の向こうに座っていたハフリ法務騎士は穏やかな調子で言った。
「おかげさまですっかり良くなりました。このご恩は忘れません」
「お気になさらず。法務騎士としても、グーセイ殿下の家庭教師としても、あそこまでの不正を黙って見逃すわけには行きませんでしたので」
鎧を鳴らして言ったハフリ法務騎士は、そしてあらためて私に向き直る。
「本日は押し売りに参りました」
「押し売り?」
「はい、ジトーク子爵殺害事件の弁護を、私に引き受けさせていただけないでしょうか?」
「ハフリ先生が私の弁護を?」
「ええ」
ハフリ法務騎士は鎧の胸に手を当てる。
「私は皇帝モフスコ一世陛下より、帝国司法の改革と清浄化を命じられております。ジトーク子爵殺害事件の裁判は、帝国司法の歪みの集大成と言うべき側面を持っています。貴族権力への阿りから来る捜査の不徹底。その帳尻を合わせるために行われる被疑者への暴力、自白の強要、調書捏造。法務貴族による法権力の独占。帝国司法の歪みを正すため、貴女に完璧な無罪判決を勝ち取っていただきたいのです」
「私は無罪だとお考えなのですか?」
それが前提でないと話が成立しないが、確信を持っているのだろうか。
「はい、あの【エプロン】と【鉈】を見たところで貴女が犯人ということはありえないと確信しました」
「【鉈】ですか?」
【エプロン】はわかるが【鉈】は見当がつかない。
私が日用品として使用していた薪割り用の道具で指紋などもべったりついていた。
日用品なので指紋がついていても犯行の決定的証拠とは言えないが、犯行を否定する根拠にもならないだろう。
「貴女が犯人ならば【鉈】を使う必要などなかったはずです。人狼の獣人種である貴女ならジトーク子爵程度は徒手空拳で殺害できますし、血を流さずに首をへし折って殺すと言ったことも可能だったはずです。証拠品となるような【鉈】を使用する合理的な理由が見つかりません」
「合理性がないとしても、不自然なことではないのではないでしょうか。検察側の主張通り薪割りの最中にカッとなって、その時手に持った【鉈】を持ってジトーク子爵を追い回し、殺害に至る。合理的ではありませんが不自然なストーリーではありません」
事実ではないが筋は通る。
「ただの腕力のあるメイドの挙動ならば不自然ではありませんが、幼少時から法務助手として育てられ、法廷に出入りをしていた貴女の挙動としては納得しにくいものがあります。その上【鉈】と【エプロン】を古井戸などというわかりやすい場所に隠し、そのままジトーク家に留まり続けて捕まってしまう。さすがに浅薄に過ぎるというものではないでしょうか? 私が法廷で目にした貴女の姿とはイメージが噛み合いません。【エプロン】の裏面の血痕のことを考え合わせると、貴女を無知なメイドと見くびった別の人間の偽装工作と解釈するべきではないでしょうか」
「別の人間とは、どのような?」
「貴女の【エプロン】を身につけて犯行に及んだことから考えると、ジトーク家内部の人間の計画的犯行とる見るべきでしょう。あとは背格好からある程度絞り込むことができます。裁判所に姿を見せていた人間の中では執事のマーダラー氏が被疑者となるでしょう。彼が【エプロン】をつけて犯行に及べば、ちょうど【エプロン】裏の血痕の位置に血痕が来るはずですし【エプロン】と【鉈】、古井戸の所在も把握していたはずです。真犯人として告発をするにはまだ情報が足りませんし、他に似た背格好の人間がいないとも限りませんが、調べてみる価値はあるのではないかと」
「そうですね」
マーダラー執事。
アリバイの有無などもわからないので断定はできないが、探ってみるべき相手ではあるだろう。
「いかがでしょうか? 私に弁護を引き受けさせていただけないでしょうか?」
「依頼料のほうはどうなるのでしょうか?」
「公選弁護人としてつきますので、そのあたりのご心配は無用です」
このあたりは想像通りだ。
「ひとつ、条件をつけさせていただきたいのですが」
「なんでしょうか」
「次回の公判も、前回と同様、私が立たせていただくことは可能でしょうか? 私に仕掛けられた争いですので私自身で抗弁したいと思うのです」
ハフリ法務騎士に全面的に任せてしまったほうが間違いないのだろうが、ギルティ家は一族総掛かりで濡れ衣を着せにきた。
可能であるなら、自分自身で立ち向かいたい。
被告人席でおとなしくしているのは性に合わない。
「わかりました」
ハフリ法務騎士はあっさりそう言った。
「よろしいのでしょうか?」
ダメでもともとくらいの気持ちだったのだが。
「貴女以外の人間であれば難しいところですが、先の公判を見ておりましたので。問題はないと思います。ただ、場合によっては、私が出た方が良い局面もあるでしょう。その時には、私の指示に従っていただければ」
「わかりました。ハフリ先生のご指示に従います」
そこまで我を張るつもりもない。
「では、こちらの依頼書にサインをお願いします。また、保釈についてなのですが、ナリアガッタ・ドシンザン伯爵から保釈金の支払いと身元引受人の申し出が来ています」
「ドシンザン提督伯、でしょうか?」
有名な人物なので知ってはいるが、話の脈絡がわからなかった。
ナリアガッタ・ドシンザン伯爵。
あるいはドシンザン提督伯。
かつて帝都を震え上がらせ、割腹して果てた殺人鬼『ヒトキリ』の息子としても知られる人物だ。
殺人鬼の息子という忌むべき立場から身を起こし、ハスムカイ王国との大海戦での武功によって一代で伯爵位に成り上がった当代随一の大富豪にして海運王。
私が雇われていたジトーク子爵家とは別派閥。
銀行業にも力を入れており、昔ながらの貸金業を収入源とするジトーク子爵家の強力な商売敵となっていた。
近年のジトーク子爵家の経営悪化の元凶でもあるが、私個人との接点はなかった。
「どうして、ドシンザン伯爵が私を?」
「ドシンザン伯爵は先の公判を傍聴していました。そこで、貴女はジトーク子爵殺しの犯人ではないと判断したようですね。ドシンザン伯爵はジトーク子爵の商売敵であり、ジトーク子爵家の経営を傾けた張本人でした。それが使用人の減俸や解雇と言った諸問題を引き起こし、ジトーク子爵殺害の遠因となって貴女を無実の罪に問うことになった。そうお考えのようです。罪滅ぼしのため、貴女の保釈に協力したい、と」
「そのお話は、どのような形でハフリ先生のところへ?」
「裁判の後、少し立ち話をしまして。その折りに」
「ハフリ先生から提案をなさったのでしょうか?」
「いえ、気になって探りを入れたのは事実ですが。ここまで踏み込んだ提案を受けるとは、私にとっても意外でした」
「ハフリ先生は、どう思われますか?」
保釈金を払って身元引受人になる。
裁判所に保証金を出して身柄を預かり、保護管理をするということだ。
面識もない相手に突然申し出られても判断材料がない。
「ジトーク子爵に対して、ドシンザン伯爵は商売敵以上の敵意を持っていたように見受けられます。利益追求の結果衝突が生じるのではなく、ジトーク子爵家に打撃を与えるための名分として、経済活動を隠れ蓑のとしている様子が見られます。具体的な内容はわかりませんが、何らかの因縁のようなものがあるのではないかと。その因縁が貴女にどう影響するかはわかりませんが」
「なにかの手駒にされる可能性があるということでしょうか?」
「はい、私もそう考えました。しかしジトーク子爵は既に故人です。今更貴女にどんな利用価値があるのか、という点では疑問が残ります。執事や会計士などであれば、裏帳簿などの情報を暴露させる、と言ったこともできるかも知れませんが、貴女の担当は牧場でしたからね」
「はい」
私が握っているジトーク子爵家の秘密と言えば、チーズやバターの製法くらいだ。
「『お手つき』のようなこともありませんでした」
特になにもなかった。
「そうなりますと、やはり『意図が読めない』というのが結論になってしまいますね」
ハフリ先生は鎧の首をかしゃりと鳴らした。
「まぁ、ここで憶測を巡らせても詮のないことですね。もう1件の支援の申し出の話をさせていただきましょう」
「2件もあったのですか?」
「はい、グーセイ殿下もまた保釈の支援をしたいと仰せです。殿下は御年7歳であらせられますので、実際の身元引受人は私ということになりますが」
「身に余るお申し出ですが、一体どうしてグーセイ殿下が?」
「あの場に居合わせ、あの不正を目にしてしまった以上、知らぬ顔をしているわけには行かぬ、との思し召しです。皇帝陛下のお許しも得ております」
ドシンザン伯爵とグーセイ皇子の申し出が競合してしまったが、一方が第六皇子で皇帝陛下の裁可を得ているとなれば選択の余地はない。
グーセイ皇子の申し出を受け、ドシンザン伯爵の申し出は辞退するということになった。