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事件発生:ジゴー・ジトーク子爵の最後

逆○裁判シリーズに影響された法廷バトルものです。


 何かが割れる音がした。


 ――なんだ?


 暗がりに身を隠していたブタイノ帝国子爵、ジゴー・ジトークは視線を巡らせる。


 時刻は15時を過ぎた頃。


 帝都郊外。


 ジトーク子爵邸内にある乳製品保管庫。


 併設の乳製品工房で作られたチーズやバターを熟成、保存するための建物だ。


 採光用の窓はないが天井近くの通気口からわずかに光が入るため、真っ暗闇というわけではない。


 物音は奥の通気口の方向から聞こえた。


 ガラス瓶の類でも落ちたのか、通気口からの光を受けて白い煙のようなものが舞っているのが見えた。


――不潔な。


 食品を保管する場所にあるまじき埃の立ち具合だ。


 保管庫を管理する酪農デイリーメイドを呼びつけて叱りつけてやりたくなったが、今はそんなことをしている場合ではない。


 苛立ちと緊張を呑み込み、その場で息をつく。


そこで、目眩に見舞われた。


 手足の末端に痺れが走る。


 眼球の筋肉が痙攣し、視界が異様に揺れ動いた。


「……ぁ……ぅ、がぁっ!」


 声にならないうめきをあげて、ジトーク子爵は前のめりに倒れた。


 体のあちこちに痛みが走った。


 小さなガラス片が床に飛び散っていたらしい。


 ――どうなっている。


 体は麻痺して動かないが意識は残っている。


 身動きがとれず、声も出せない。


 そんな状態のまま、どれだけ過ぎただろうか。


 乳製品保管庫の扉が開き、光が差し込んだ。


「ぅ……ぁ……」


 ――たすけてくれ。


 うめき声でそう訴えるジトーク子爵のもとに足音が近づいて来る。


「……ぅ……」


 ――たすけろ。


 風を切る音がした。


 山刀やまがたなのような作りの鉈が躊躇なく振り下ろされ、ジトーク子爵の頭蓋にめりこんだ。





 乳製品保管庫に倒れこんていたジトーク子爵は、鉈の一振りで絶命した。


 ――さて。


 殺人は、後始末が肝要だ。


 保管庫のランプに火をともしたジトーク子爵家執事、クロノ・マーダラーは、乳製品保管庫の備品の箒とちりとりを使い、保管庫の地面に飛び散ったガラス片を掃き集める。


 マーダラー執事は中肉中背の五十男。


 かなり珍妙な出で立ちをしている。


 死体となった主人ジトーク子爵のクローゼットにあった貴族の衣装の上に、メイドが使うエプロンドレスのエプロン部分をつけている。


 フリルのついた白いエプロンはジトーク子爵の頭部から飛び散った返り血で赤い斑点模様になっていた。


 掃き集めたガラス片を持ってきた袋に入れる。


 ジトーク子爵の体を傾けて、その下のガラス片も掃き出した。


 ジトーク子爵の体には微細なガラス片が付着し、ガラス片の上に倒れたことによる傷が残っていたが、暗さと気の焦りから、マーダラー執事はそれを見逃す恰好になった。


 ――こんなところか。


 念のため再度見回すと、小さく光るものが見えた。


 箒で掃き取れなかったガラス片だろう。


 しゃがみこんで拾おうとすると、膝に痛みを感じた。


 地面に膝をつき、別のガラス片を踏んだようだ。


 拾ったガラス片とエプロンに刺さったガラス片を続けて回収し、袋にしまう。


 最後にもう一度箒をかけたマーダラー執事はエプロンを脱ぎ、凶器の鉈と一緒に手にして乳製品保管庫を出た。


 保管庫裏手の古井戸へ足を運び、凶器の鉈とエプロンを投げ込み、乳製品保管庫の裏手に隠れる。


 別に持ってきた執事服に着替え、顔や手をタオルで入念に拭いた。


 乳製品保管庫と、その並びにある乳製品工房は現在無人である。


 普段はギメイと言う名の亜人のメイドが一人で切り盛りをしているが、今は浴場の清掃当番として、ジトーク邸本館近くの浴場に出向いている。


 15時45分頃になると、一人の娘が乳製品工房に戻ってきた。


 歳18、銀色の髪に翠色の瞳、ほっそりした体つきに四角い眼鏡をかけた、涼しげな雰囲気の少女である。


 顔とスタイルだけなら、求婚者が殺到しそうな雰囲気だが、残念ながら亜人であった。


 メイド帽で隠した狼の耳と、長いスカートの下の尻尾のために、男はおろか親しい友人もいない。


 味方のいない、劣等種たる亜人のメイド。


 主人殺しの罪を着せるには恰好の相手だ。


 更に30分待機し、16時15分。


 マーダラー執事は再び動き出し、乳製品工房のドアをノックした。


「ギメイくん、いるかね?」


「はい」


 亜人メイドのギメイは酪農デイリーメイド。


 ジトーク子爵邸で飼育している牛馬の世話、チーズやバターと言った乳製品作りを役目とするメイドだ。


 バターを捏ねていたらしいギメイと顔を合わせたマーダラー執事は、「旦那様を見かけなかっただろうか」と問いかけた。


「いえ、今日はお目に掛かっていませんが」


 ギメイは落ち着いた調子で応じた。


 亜人に学や作法などあるはずもないのだが、眼鏡のせいか妙に知的な雰囲気がある。


「散歩に出て行かれたきり、お帰りになっていないのだ。もし見かけたら、私が探していたとお伝えしてくれ」


「かしこまりました」


 ギメイは静かに首肯する。


 これで、マーダラー執事はジトーク子爵を探して乳製品工房に来たという形が整った。


 そのまま本館の自室に戻り、待機する。


 乳製品保管庫に足を踏み入れたギメイがジトーク子爵の死体を発見したのは、17時過ぎのことだった。


 本館に飛んできたギメイの報告を受けて中央警視庁セントラルヤードに通報。


 殺人事件として動き出した中央警視庁セントラルヤードの貴族部はその翌日、第一発見者である酪農デイリーメイド、ギメイを犯人と断定して逮捕した。


 決め手となったのは、事件現場近くで発見された血まみれの鉈とエプロン。


 どちらもギメイが仕事に使っていたものだった。


中央警視庁セントラルヤードの厳しい取り調べと拷問を受けたギメイは犯行を自供。


 かくしてマーダラー執事の殺人計画は成功をおさめたかに見えた。


 だが、マーダラー執事の計画には複数の誤算があった。


 そのうち最大のものは亜人メイドのギメイの素性。


 マーダラー執事が身代わりに選んだ『愚かな亜人』


 その正体は、法務貴族と呼ばれる法曹界の名門ギルティ子爵家の末娘ノット・ギルティが家を離れ、偽名を名乗ったものだった。


 ノット・ギルティ。


 ギルティの猟犬。


 幼少期より事件現場や法廷に立ち、数多の被告人を処刑台に送り込んだ恐るべき存在である。

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