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妖精とワイルドな王子様  作者: 爽健茶美
8/35

8 エル神官長①






 ルカに自己紹介を邪魔された超絶美人のエル神官長は、レイ達の属性診断を終えた日以来、何だかソワソワとして気持ちが落ち着かないでいた。

 ある日は気分が異様に高揚していたり、また別の日には妙に落ち込んでしまったり。


 私は一体どうしたというのでしょう

 あれから神官長の仕事にも身が入りません

 こないだなど……



「神官長、それ」


 ノア神官がエル神官長が読んでいた精霊祭の資料を指さした。


「何ですか?逆さまに読んではいませんよ」


 エル神官長はノア神官に指摘される前に、フフンと言い返した。


「いえ、それ去年のやつじゃないですか」


「……」


 ノア神官は


 一体神官長に何があったのだろう?

 最近の神官長はおかしいぞ


 と、いつもは抜け目なく必要以上に仕事をしているエル神官長を心配そうに見つめた。


「あのぅ、今年のやつは昨夜私が手直ししておきましたので、ここに置いておきます」


 エル神官長はノアから資料を預かった。



 神殿ではこのところ聖杯が倒れたり、電気が消えたりと、ソフトなポルターガイストが度々起こっていた。

 神殿内では全ての属性は無効化される。

 訓練していない子供の属性は影響しないのだが、エル神官長のように元々強力な力を持ちながら加えて訓練をしたような大人だと、お心が乱れた時などは多少なりとも支障が出てしまっていた。


 エル神官長はあまり知られていないが、実は元王族だった。

 通常人々は一人につき一つの属性を持っているのだが、王族は二つの属性を持つ。

 そのため彼は、人から嫌われる闇属性を隠し、風属性のみを公表していた。

 甥にあたるアルフレッド王子や同じ属性のフリードリヒ宰相やノア神官など、極身近な人のみがそのことを知っていた。

 ただ、同じ神官同士でもマーガレット神官は知らない、などのバラつきもあった。


 神殿内で起こる、風だけでない電気が消えてしまう現象も、神官長の風が吹き荒れた影響で電気の配線の接触がおかしくなったりしているのだろう、と思う者も多かった。



 そして今日、エル神官長は、レイ達の部屋の前に立っていた。

 ノックをして扉の外から声をかけると、ルカが少しだけ扉を開けて顔を出した。

 ルカは、エル神官長を上から下まで不躾な視線で眺めた。


「あの、少しお時間よろしいでしょうか?」


 エル神官長が居心地悪そうにしていると、ルカが答えた。


「どーも。神官長様がわざわざ何の御用ですかね」


 エル神官長は、いつもはルカの横にいるであろうレイの姿が見えないことにガッカリしていた。

 ルカはエル神官長の目の動きでそれを悟った。


「はい。本日は近々隣国で行われる精霊祭のご案内に伺いました」


「精霊祭ねぇ」  


 ルカは、エル神官長を部屋の中へ入れることを渋っている様子だったが、彼が抱えている精霊祭の資料を見ると仕方なく言った。


「ま、廊下じゃアレなんで。どーぞ」


 ルカは嫌々エル神官長を部屋の中へと招き入れた。

 だがソファーは勧めず、立ち話で終わらせる気満々でだった。


 エル神官長は、ノア神官が届ける筈だった資料をわざわざ自分で届けに来たことに、自分でも訳が分からず動揺していた。

 どうしてもレイが気になったのだ。


 私のような女性に不慣れな者が

 レイ様と話をしたところで

 面白くも無いのでしょうが

 私は一体何がしたいのでしょう?

 自分でもよくわかりません

 


 その時、部屋の奥から


「ルカー、誰かいらしたのー?」


 とレイの声がして、エル神官長はその可愛らしく澄んだ声に胸が高鳴った。


「神官長様が精霊祭とやらの資料を自らお持ちくださったとよ」


 とルカが部屋の奥に向かって言った。

 レイは神官長様と聞いて


 「あら、じゃあご挨拶しなきゃ」


 と半袖短パンの部屋着のままでパタパタと出てきてしまった。


「お前、何やってんだよ!」


 ルカは焦ったが、エル神官長はレイの半袖短パンに衝撃を受け、パッと顔を伏せたまま急いで簡単な説明だけすると


「あああとは資料をお読みください」


 とルカに資料を押し付け「失礼します」と伏し目がちなまま去って行ってしまった。


 風魔法で廊下を滑りながら、エル神官長は先程見てしまったレイの部屋着姿を思い出していた。


 困りました

 何と可憐なお姿だったのでしょう

 妖精の愛子という通り名ですが

 本に描かれる妖精そのものでした

 それにしても私は

 こんなにも破廉恥な男だったでしょうか


 エル神官長が神殿へと戻る途中、神殿内では少し前から再びポルターガイストが発生していた。

 新人のイシュメル神官は精霊様のお怒りに触れたのかと怖くなって教壇の下でしゃがみ込み震えていた。

 ポルターガイストの原因を知るノア神官は


「神官長に何があったんですかーっ!?」


 と聖杯を抑えて荒れ狂う風に耐えていた。



 その頃レイは


「何だか神官長様、とっても美人さんだったような気がするんだけど、よくお顔を見せてもらえなかったわ」


 と残念そうにしていて、その横でルカはホッとしながらも悪役顔負けのニヤリ顔をしていた。




 それから数日後の神殿内、エル神官長は年若い神官達が輪になってヒソヒソと話し込んでいる姿を見かけて立ち止まった。


 何を話しているのでしょう


 エル神官長は、神殿内の治安を司る者として時にその膨大な魔力を行使することを許されていた。

 エル神官長は彼らの会話を風に乗せて聞いてみた。


「それにしても今時長髪はないですよね」

「ですよねぇ」

「神官というと何故か短髪はおかしい、みたいな風潮、あれどうにかなりませんかね」

「それ、凄くわかります」

「異世界人の方々だって男性は皆んな短髪だそうじゃないですか」

「そうですよね、最先端って感じでカッコいいですよね」

「特にルカ様なんかいいですよね」

「身体中に入れ墨もされていて耳にピアスの穴も沢山空いていらっしゃるらしいですよ」

「それはお洒落ですねぇ」

「あの妖精の生まれ変わりのようなレイ様も、ルカ様にゾッコンなのでしょうね」

「はぁ、何とも羨ましい限りです」


 彼らは珍しく髪型やお洒落の話をしていた。

 しかも普段はあまり女性にモテたい、などと話さないのに、レイだけは別格のようだった。


 私だけではなかったのですね

 やはり皆レイ様のことが気になっていたようで

 少しホッとしました


 エル神官長は、レイには何かしら神官達の気を引いてしまうような魅力があるのだろう、と結論づけた。

 そうでもしないと、まるで自分が叶わない恋に落ちしてしまったと認めてしまいそうで怖かった。

 エル神官長が自分の気持ちにケリをつけようとしていた時、後ろから可愛らしい声がした。



「もしかして、神官長様?」


 振り向くと、レイが立っていた。

 レイは妖精のようにふんわりとした薄紫色の膝丈マーメイドワンピースを着ていた。

 エル神官長は急に心臓が苦しくなり胸を押さえた。

 エル神官長の顔をマジマジと見つめたレイが「やっぱり超美人さん」と唸った。


「あの、この間は折角お部屋まで来ていただいたのに、キチンとご挨拶ができず、申し訳ございませんでした」


 そう言うとレイは少しだけ頭を下げた。

 エル神官長は驚きで呼吸を忘れていた。

 つい先程まで考えていた人が目の前にいる。

 しかも、こんな近くで自分に話しかけてきている。


「あら?絶対的な美人さんだから、神官長様に間違いないと思ったんですけど……」


 目を見開いたまま返事をしないエル神官長に「人違いだったかしら?」と申し訳なさそうな顔をしたレイに、エル神官長が焦った。


「いえ!そうです私です、私が神官長です!」



 それから二人は神殿内にある美しいハーブガーデンをのんびりと歩きながら、他愛もない話をした。


「まぁ素敵!それじゃあ王都から海まで船で行けるのですね」


「はい。昔は魚の朝市といえば、食堂の主人などが買い付けに行くのが一般的でしたが、近頃は異世界人の方々の希望もございまして、一般の方も買い物ができるようになりました。今では海鮮の屋台なども出ておりますので、そこで軽食もいただけるようです」


 エル神官長は自分は女性を前にしてこんな風にお喋りをすることができるのか、と思っていた。

 今まで神殿や王都で出会った女性達は、皆エル神官長の地位や美貌にやられ、やましい気持ち満載で近づいてくる者ばかりだった。

 外側ではしおらしくとも中身はドロドロで、エル神官長は女性不審に陥ったこともあった。


 レイ様は子供のように素直な方なのですね


 実はレイこそやましい気持ち満載なヤツであったのだが、割と外側を飾る前に声に出てしまっていたので、エル神官長は特に不快に思うことがなかった。


「朝市もあるのですか!もう私、今日神殿に来て本当に良かったです。有名なハーブガーデンがあるから、とアユミに勧められたんですけど、いざ来てみたらこちらにはカフェもないですし、ベンチすらなくて、一体皆様はここで何をして過ごすのかしら?って正直思っていたんです」


 レイは正直かつ失礼だった。


「でも、実際に来てみたらお庭も美しいだけじゃなくて、ライラックに似た素敵な香りもしますし、虫も飛んでいなくて、神官長様もお綺麗だし、言うことなかったです。あの、お忙しい神官長様にこんな事を申し上げるのはアレなんですけど、こちらの世界に来てから私、暇を持て余しておりましたので」


 興奮したレイは、エル神官長の手を両手でギュッと握って喜んだので、女慣れしていないエル神官長の魂が半分抜けかかった。

 レイはどさくさに紛れてエル神官長の手を握りながら「想像通り、スベスベね」などと変態オヤジのようになっていた。

 その時、神殿内部では奥の部屋の電気などが全て消え、そこらかしこで突風が巻き起こった。


「神官長!?」


 ノア神官がエル神官長に何かがあったと察して叫んだが、新米のイシュメル神官は激しいポルターガイスト現象体験の恐怖で柱の影に身を寄せ「精霊様!どうかお鎮まりください!!」としゃがみ込み、ブルブルと震えていた。

 

 レイから手を離してもらって少し落ち着いてしたエル神官長は、ふと思いついて聞いてみた。


「レイ様は、私が髪を短く切るのはどう思われますか」


 それを聞いたレイは「何ていうこと!」という驚愕の表情になった。

 そして教育ママ的に眉間の皺を押さえると


「絶対にダメですね」


 と言った。

 エル神官長は驚いた。

 レイの恋人であるルカが短髪なので、レイもてっきり男性の髪型は短い方が好きなのではないか、と思っていたからだ。


「それは何故ですか?神官らしさを失うからでしょうか。神殿の神官達は長い髪を古くさいと考えているようなのですが」


 レイは「なんと嘆かわしい!」といったように手で口を覆って首を振った。


「いいですか。私の世界では神官長様のような長髪さん自体殆どいませんし、たとえいたとしても不潔っぽい方か謎のアーティストさんとかが多いんです。それに例え髪の毛がギリギリ素敵であったとしても、頭頂部が寒そうで将来が心配な方々ばかりなんですよ」

 

 レイは熱弁した。


「神官長様は精霊様より遥かにお顔も御髪もお綺麗なのですから、断髪には私、断固反対です!!」


「そ、そうですか。わかりました、絶対に切りません」


 エル神官長は自身が崇拝する精霊様より美しいと言われたことには喜んでいいのかよくわからなかったが、レイが自分の容姿を褒めてくれたことは純粋に嬉しかった。

 そこへ、レイの美人さんいらっしゃいレーダーが発動したことを察知したのか、慌てたルカが走って現れた。


「あっ!こんなとこにヤベッお前、レイ!!」


 ルカはレイと話し込んでいたらしいエル神官長を見て絶望的な顔をした。


「あらルカ、よくここがわかったわね。そんなに慌てて何かあったの?」


「アユミから聞いたんだよ、何にもねーよ。お前な、俺があれほど神殿行くなって言ったじゃねーか。ハーブガーデンとか虫がいそうなとこ、何でわざわざ来るんだよ」


「別にいいじゃない。遠巻きに眺めているだけなら虫問題も無いし、治安も悪くないわ。大体ライリー(レイの護衛)もついてきてくれるし、危険も無いじゃない」


「そーじゃねぇ、そーじゃねーんだよ」


 何やらグッタリして膝に手をつき前屈みになったルカの頬に手を当て自分の方へ向けたレイが嬉しそうに言った。


「ルカあのね、神官長様から教えていただいたんだけれど、王都から海まで船が出ているんですって!」


「あ?海?」


 神官長の名前すら覚えていなそうなレイにホッとしたルカが身体を起こしてチラリとエル神官長を見た。


「はい。レイ様に朝市のお話などをさせていただきました」


 エル神官長は、ルカの激しい心情に驚いた。


 ルカ様のように魅力的なお方でさえ

 レイ様のお気持ちのご心配をされるのですね


 そして、しょーもないことで対抗した。


 レイ様は私の名前を覚えていないのではなく

 貴方が私の自己紹介の時彼女に話しかけたりして

 単に聞こえていなかっただけなのですが?


 そんなことを知らない二人は、海の話で盛り上がった。


「海ねぇ。暇だし、行ってみるか?まだギリ行けんだろ」


「そうね。あ、でも私はキャリーケースの中に水着入れてるんだけど、ルカはどうするの?」


「んなもん別にいらねーだろ。下だけ履いて濡れたら着替えりゃいーだろが」


「ふふ。ルカらしいわね、わかった行きましょ」


 レイはそう言うと「では神官長様、お約束、お忘れなきよう」と微笑むと「おい、約束って何のことだよ」と煩いルカと腕を組んで去って行った。



 ノア神官は、ボーッと佇むエル神官長を見つけた。


「神官長!一体どうされたんですか」


 少し遠くには、ルカとレイが腕を組んで歩いていた。






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